第4話 『 確認不足 』
このところ仕事でよく確認ミスをする。主に書類上の数字についてだが、後で見返すと「何でこんなミスを?」と自分でも首を傾げてしまう。
確かに元々私には雑なところがあって、よく上司からは確認不足を指摘されていた。しかし、今は自分が管理職だ。相手に指摘する立場だ。この状態ではマズい。なんとか今の内に手を打たなければならない。
月末が近くなると、部下から報告書が上がってくる。私はその一つ一つに目を通し、まとめたものを更に上へと報告しなければならない。今度の統括部長は数字にうるさい人で、内容に一つでも曖昧もしくはズレがあると確実に突っ込みを入れてくる。幸い今のところその被害には遭っていないが、このままでは遅かれ早かれ、それも手厳しい追及を受けることは間違いないだろう。
私は家では仕事の話を一切しない分、仕事そのものはよく持ち帰る。最近会社で残業できない都合もあるが、殺伐とした職場より自宅の方がリラックスして仕事ができそうな気になるのは私だけだろうか。
しかしいざ仕事を仕掛けると、自分の集中が如何に続かないかを思い知ることになる。携帯、パソコン、トイレ…しょっちゅう横道に逸れ、気がつくと仕事の手が止まっている。これじゃあ確認不足、単純ミスも出るわけだ。私は一人で毒ついている。
いつの頃からだろう。こんなに集中力が落ちたのは。以前は一度興が乗ると1、2時間は休みなしで仕事に没頭できた。周りの事も気にならなかった。それが今は下手したら「ながら仕事」そのものだ。ちっとも身が入っていかない。
「年齢のせいじゃない?」
食卓で女房に愚痴ると、半分からかい混じりの答えが返ってきた。
「そうかな。でもまだ僕は…」
言いかけて止まった。そうか、自分は先月の誕生日で四十七になったのだ。どこをどうみても立派なド中年。中身もそれに伴ってきたと云うことか。
「まあ昔から僕は、『落ち着きのない子』って云われ続けてたからな」
それは事実だ。雑な反面、私には変に神経質なところがあった。小さい頃は学校の先生に怒られるのが嫌で、忘れ物確認を異常に繰り返す時期すらあった。私はそんな自分が当時は嫌いだった。端的に変だと思い、「僕はノイローゼになった」と密かに恐怖した。実際その傾向は、程度の差こそあれ30代まで続いたと思う。だから昔から知る人間は今の自分を見たら意外に思うに違いない。「あのチマチマした奴が随分図太くなったものだ」と。それを私は単純に「成長」と捉えていた。
確認不足だったのかも知れない。僕はただ単に年を取り、一歩一歩老いに近づきつつあるだけなのだろう。少なくとも今はそう思える。
さてさて、これからどうしようか。これまで大した能力も才覚もなく、地道な努力だけで愚鈍に生き続けてきたプレ老人に、これからのデジタル社会を生き残る余地は残されているのか。考え出すと目の前が霞んでくる…。
冗談を言ってる場合ではないのだが、とにもかくにも考えがまとまらない。だとしたら今はただこの現状を受容するしかない。受容してなるべく落ち着きを持続させるのだ。気が動転すれば尚更ミスを頻発する。それだけは食い止めなければならない。
気がつけば昼過ぎだ。調子に乗って今日は盛りソバを二人分食べてしまった。何だか眠い。現を抜かれるとはまさにこんな事を指すのではなかろうか。
自分が自分で無くなっていくような。いや、現実が現実で無くなっていくような、そんな感覚。
私は何回、これから自分の現状を確認していかなければならないのだろうか?
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