第5話 歩仁通り
それから2人。
手をつないだまま歩くこと数十分。
軽く1山超えた先に、目的地『歩仁通り』は存在した。
なんかずっと右耳が痛むし、流石に疲れたし、知らない女の子と並んで歩いているしで、
ストレスがかなりヤバい。
爆発しそう。
大きく『歩仁通り』と色薄く書かれた看板の付いた大きな門。その奥に、先の見えない
道が続いている。左右には、数えきれない程の店が並んでいたが、その殆どがシャッター
を締め切っており、更に、明かり1つも、人っ子一人も見えない。
モノクロの商店街。
寂れているというか、陰気臭いというか......。
とにかく、第一印象は。
「......なにこれ」
だった。
つい、口からこぼれだすくらい、心の底からの感想。
色で例えると灰色って感じの雰囲気なのだが......全体を通して、遠目で薄目に見ると、
降る雪が少しだけ積もっているおかげで、なんとか儚い雰囲気も繕っている。
無意識に、繋ぐ手の力がキュッと強くなる。
正直、少し怖い。
「ふふっ――怖い?」
それが顔に出ていたのか、身体が震えていたのか、恐怖が伝わったのか。
隣に立つ音葉が、私を少し見上げて笑っている。
「......ううん」
「怖かったら――ほらっ。私の腕に抱き着いてもいいよ?」
「......しない」
「そう? いつでも抱き着いていいからね!」
「..................」
「さ、行こっか!」
元気良い返事。直後に、私の腕に音葉が抱き着いてくる。
......なんで?
改めて、なに? この、状況......。
これを昨日の私が見たら、どう思うんだろう。
歩仁通りに入り、2人。くっついて歩く。
体温は感じないのに、暑苦しい。鬱陶しい。邪魔くさい。
でも、甘ったるくていい匂いが音葉から漂っているせいで、頭が上手く働かない。
サウナに入っているみたいだ。雰囲気と匂いとのギャップで勝手に整う......サウナ、入
ったことないけれど。
歩仁通りに入ってから、かなり進んで来ている筈だが、開いているお店は1つもない。
どころか、人の気配が、そもそもしない。
歩いている人は勿論、声1つ、明かり1つ存在せず、この歩仁通りに居るのは、私たち
2人と、風と、吹き付ける雪だけだ。
見上げると、申し訳程度の穴だらけの屋根があり、積もる程の雪は落ちて来ていない。
「......ここって、商店街、なんだよね?」
「う~ん......一応? ね」
「一応って......」
てっきり、買い物か何かに来たものだと思っていた。
だとしたら。
「何をしにきたの?」
「......それは――」
音葉はパッと私の腕から離れ、数歩先に進んで、振り返り、
「いずれ、分かるよ」
ニコッと微笑みかけてくる。
制服も相まって、幼い女の子みたいなあざとさ。
それでもつい。
可愛いって思うよ。
......死神とは、別の種類の可愛さだ。
守ってあげたいって、無理やりにでも思わされる。そんな感じ。
とか、考えていると。
右耳がボッと熱くなる。
私は右耳を押さえ。
さっきから、ムカつく......。
すると直ぐに、さっきまでのチクチクした痛みが戻ってくる。
あぁ......鬱陶しい。
死神の七色の感情が、私の痛覚を通して伝わってくる感じ。
「大丈夫?」
気が付くと、目を瞑っていたようで。
目を開いた時、音葉が私の顔を覗き込んできていた。
綺麗な碧眼の中に私が映っているのが見え、目を逸らす。
「うん......大丈夫」
そして、誰かに見せつけるみたいに、音葉の手を取る。
「ごめん......行こう」
「ハッ――うん!」
一体全体、何処に向かっているのかは分からないけれど。
その、いずれ分かる何かを見るために。
私は、音葉と2人並んで、何もない歩仁通りをまた。
歩き出す。
響き渡り続ける2人分の足音。
結局あれから、10分は歩き続けている。
それなのに、歩仁通りの終わりは見えないし、いずれ分かる何かも現れない。
最早、いつ目的地に着くのか、聞くこともない。
面倒だし、聞いても意味無いし......なにより、時間は無限にある。
1回、死んだような人生なのだ。
それに、寒くもないし、お腹も空かないし......強いて言うなら、ちょっと疲れたくらい。
......ブーツって人生で初めて履いたけど、凄く良い。
なんていうか......疲れづらい、気がする。ちょっとだけ体が浮いている、というか、ふ
わふわしている感じ。
夜に邦楽聞きながらコンビニに行くときみたいに、足取りが軽い。
そんなこと、したことないけれど。
というより、許されないんだけれど。
......とか、そんなことを考えながら歩く。
とにかく、暇だった。
心に余裕があって、身体も軽い。凄くリラックスできる環境。
死神と一緒にいた時は無かったもの。
なのに、どこか空っぽ。
「――っか――りっか!」
「ん......あ」
気が付くと。
音葉を引きずりながら、前に進み続けていた。
散らばる雪に、音葉が踏ん張った跡がある。
相当な距離進んでいたようで、
「はぁ、はぁ......」
と、音葉は息を切らせていた。
「ごめん......大丈夫?」
「うん、わたしは......りっかこそ、どうかしたの?」
「いや、なんでも」と。そう言おうと口を開いたその時。
音葉が何かを思い出したかのように「あ!」と大きい声を出して私の手を掴み、走り出
す。
絡まる足を何とか動かして、地面を蹴り上げる。
タンという音と足裏の衝撃。それと同時に、世界が早送りで動き出す。
その直前。不思議な景色で、今考えても自分を疑うものを見た。
エレベーターと薄暗い照明が点滅しているだけの、変な建物だった。
この商店街で初めて見る、人の居た証。
だが、それをよく見る時間も、考える時間も無く。
ゆっくり歩いてきた景色が、風切り音と共に光の束になって通り過ぎる。
唯一、はっきり認識できる音葉の後頭部を見つめながら、何で急に走り出したか考えて
みる。
そんな時だった。
ふわりと優しい香りを残しながら、人の形をした残像が、私の傍を通り過ぎて行くのが
見えた。そんな気がする。
だから。
一心不乱に走る音葉の後頭部から背後へと視線を映す――
「ちょっ――」
まるで何かに気が付いて欲しくないみたいに、音葉が走る速度を上げ始める。
視線と同時に意識も無理やり引っ張られ、足を一生懸命に動かす以外、何も考えられな
くなってしまった。
あれは、一体。
「はぁ......はぁ――」
「っ――はぁ、はぁ......」
帰り道は、不思議な事に、とても短く感じた。
今、私たちは。大きな門の前で息を切らしている。
膝に手をついたままで、私は背後を振り返る。が、やはり見えるのは、永遠に続く商店
街だと。そう思ったのだが。
人影の様な蜃気楼が、2つ。
空と地面とが重なって1つになっている、そこに、立っていた。
「......あれ」
前後にぴったりと。奥の方が頭1つ抜けて大きい。
「――え? 何が?」
「......見えない?」
「んん?」
「......見えて――」
ないのか。
さっき、女性とすれ違ったかもしれない時も、音葉は何にも気が付いてない様子だった
し。
「何でもない。多分、気のせい」
そう、嘘を吐いた。
「ふ~ん」
訝しむ音葉と少しの間見つめ合い、そして再び、歩仁通りの奥へと視線を動かす。
人影は1つだけになっていた。
そしてその1つの人影は、それこそ、まるで蜃気楼のように。ふらふら、ふらふらと。
歩仁通りの左側へ、その姿を消していった。
......それは、エレベーターが見えた方向だった。
「......ところで」
「ん?」
「何で、急に走りだしたの?」
「あぁ......それは――」
音葉は大きな門の柱に手を置き、虚ろな目で歩仁通りの奥を見つめながら続ける。
「りっかは、エレベーターが見えた?」
「うん」
「そっか......私は見えなかったんだ......けど、何回も来ているから、大体の位置は分か
ってたの」
「............」
音葉がゆっくり顔を動かし、私と目を合わせくる。
その瞳に見つめられると、何も喋れない。
死神のような冷たさは無く。ただ、虚無のみを含んだ瞳に、私が反射している。
酷い顔だ。
「歩仁通りはね。死にたいって思ってる人がそのエレベーターの前を通った時、そこで
ようやく――通り魔が見えるようになるんだよ」
「と、通り魔?」
「うん」
突飛な単語に驚いたが、聞き間違いではないらしく。
「その通り魔の目的は、歩仁通りにいる、死にたいって思っている人を殺すこと」
「っ............」
ということは、さっきの人影......。
「目的を果たした通り魔は、エレベーターに乗って、姿を消すの」
「......そんなことが――」
「あり得るのが、この町だから......」
その言葉を聞いて、息を呑んだ。
確かにこの町ならありえると。そう思わされたから。
非現実的で、今までの人生を否定されるような。
そんな体験を強要させられている。
「それで、なんだけど――りっか」
いつの間にか私の目の前にいた音葉が、私の手を掴んで続ける。
「死にたいの?」
「いや、それは......」
自分でも分からないから、答えられない。
でも、音葉の言う通りなのだとすれば。
私は、深層心理では、死にたいと。
そう思っているのかもしれない。
でも、やっぱり。
「分からない」
と、そう答えるしかない。
「そっか。じゃ―」
「歩仁通りに来たのは、それが確かめたかったから?」
「......え? えっと......ううん。りっかが、というよりは。私がどうかを、ね。確かめ
に来たの」
でも、音葉はエレベーターも通り魔も、見えていなかった。
ということは、死にたいとは思っていないってこと......。
内心、安堵しているのか......正直言って、複雑だった。
今、私自身は死にかけた訳だし......それに――
「逃げる途中、女の人が見えた? よね。あれって――」
「見えなかった」
「......え?」
「見えなかった。だから――」
音葉は私の手を掴んだまま、来た道の方へと足を向ける。
「帰ろう」
「えっ? ちょ――」
そして、まるで隠し事から逃げるかのように、走り出す。
急に走り出されることに慣れてきた私も、負けじと足を動かすんですが......
今日、走ってばかりだよ。
流石に疲れた。
それから、いくばかりの時間が過ぎたのだろうか。
音葉が疲れて足を止め、私が話の途中で誤魔化したことに対して追及するのを諦めた頃。
見覚えのある海沿いの道を、2人並んで歩いている。
宿舎へと続く、あの道だ。
音葉は制服をパタパタと動かして風を体に送っているが、一方の私は暑くも何ともない
し、汗一滴すら肌を伝ってこないので、そんな音葉を横目に眺めながら、無言で歩き続け
るだけ。
海からの風が、服が流して通り抜けていくのが心地いい。
ただ、音葉の甘い匂いがきつくて、頭がくらくらするけれど。
真冬に春の心地。
ぽかぽかと、暖かい。そんな気がする。
そんなまどろみの中。
ふとした時に襲ってくる右耳の痛みが、今回に限って更なる鋭さを増して襲ってきた。
耳が割れたかと錯覚するほどの痛みを抑えるために、耳たぶを2本の指で抓る。
硬いピアスに触れる。
やはり、痛みはそこから蜘蛛の巣の様に広がっている。
抓った所で、そんな程度で治まるような痛みではなかった。
むしろ、今自分が触れているのかどうか、指を伝う感触からしか判断できない。
「――そういえばさー」
「............」
「あれ――りっか? りっか!」
「ん? あぁ、えっと......なに?」
「右耳、どうかしたの?」
「ううん。別に......ごめん」
「ふ~ん......ちょっと――」
音葉が私の肩を掴んで軽く背伸びをし、そして口を寄せ、囁く。
「もう少し借りるね」
言葉の意味は良く分からない。
ただ、明らかに挑発的な声色だったし、それに――右耳が痛い。
ちょっと、吐き気がするくらい。
私は音葉を優しく引き剥がし、右耳を押さえる。
そんな私の様子を、音葉はニコリと微笑みながら見つめてくる。
「りっかは、死神と仲がいいんだね」
右耳の痛みが引いていく。
私は手を降ろし、音葉と目を合わせる。
「......どうだろ、別に――」
と、言ったところで。
また、痛みが襲ってきたので、ムスッと黙っておいた。
そんな私の様子を見て、音葉は満足したような顔になって、再び歩き出す。
それに少し遅れるようにして、私はその背中を追いかける。
追いつこうとは、思わなかった。
マイペースな音葉に合わせるのは、とても難しいから。
追いかけるくらいが、ちょうどいいと思った。
そういう相手には、いつもそうしてきたし。
「――そういえば、りっか」
「えっ――と。ごめん」
いつの間に立ち止まっていたのか。気がつくと音葉が目の前に居て。
「そんなにくっついてたかったの?」
「や、そうじゃなくって――」
「なら、言ってくれればいいのに!」
無意識に音葉に抱き着くようにして何とか立ち止まれたが、そんなあらぬ誤解を招いた。
どころか、腕に巻き付いてきて物凄く鬱陶しい。
右耳も痛いし......。
私から進んでくっついている訳じゃないのに......。
私の心が読めるなら、それも分かるだろうに......。
「で、りっか」
「......なに?」
「りっかはさ。どこで寝泊まりしているの?」
「釣厶っていう宿舎」
「ちょう――あぁ、あそこなんだ」
含みある言い方をするなぁ。
「どう?」
「......どうって?」
「そっか......ううん。何でもない」
「何でもないって......」
......そうなんだ。ってならないよ。
音葉はこういう会話の終わらせ方が多い。
こっちが怖くなるからやめて欲しい。
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