第26話 グランド領の屯田兵の日常

★☆


朝日が昇る前、薄暗い空の下で、リオンは目を覚ました。

「ふぅ、今日も始まるか…」


リオンは他領地から流れてきた屯田兵であった・この開拓村において、比較的古株であり、周りから頼られる存在であった。


狭いが整った兵舎の中で、毛布をたたみ、簡素な木のベッドから立ち上がる。周りでは他の屯田兵たちも次々に起き上がり、それぞれの日課を始める音がする。




★☆ 朝の準備


まずは水桶の冷たい水で顔を洗う。寒さが頭をシャキッとさせてくれる。

「おい、リオン、朝飯の準備は終わったか?」

「今運ぶとこだ!」

隣の部屋から声が返ってくる。


朝食は軍の厨房で用意されたものが運ばれてくる。粗末なものかと思いきや、これが意外と悪くない。パン、スープ、それから卵焼きと少しの野菜がついている。農地を自分たちで耕し、収穫した作物がふんだんに使われているおかげだ。


「いただきます。」

仲間たちと簡単な挨拶を交わして食事を済ませると、さっそく仕事が始まる。




★☆ 午前:農作業


オレたち屯田兵は、軍人であると同時に農民だ。朝食を終えると、まずは畑に向かう。

「今日の作業は南の小麦畑だぞ!」

班長が声を張り上げ、全員が鍬や鎌を手に畑へ向かう。


農作業は決して楽ではないが、慣れてくるとリズムがつかめてくる。

鍬を振り下ろし、土を耕し、作物の様子を確認する。作物の世話をする時間は、兵士としての厳しい訓練とは違い、心を落ち着ける時間でもある。


「おい、リオン、その苗、植え方が甘いぞ。」

「わかってるよ、今直す!」

同僚と冗談を言い合いながら作業を進める。




★☆ 昼食と休憩


午前中の農作業が終わると、食堂で昼食を取る。昼飯は朝より少し豪華で、焼いた肉やスープ、パン。それに米の飯がつくこともある。


米とはグランド子爵が信念で生産を成功させた作物だ。大量の水と温暖な気温、確かな農業技術が必要であるが、グランド領は水に恵まれ温暖な気候であるし、積極的に農業技術者を派遣してくれているので、今ではグランド領の特産物の一つとなっている。


「ふぅ、この米の炊き具合、絶妙だな。」

「お前、食べ物のことになると急に饒舌になるよな。」

仲間たちのからかいを受け流しつつ、食事を楽しむ。


昼食後の短い休憩時間には、木陰で仮眠を取る者もいれば、雑談を楽しむ者もいる。オレはいつも、遠くの山々を眺めながら、静かに過ごす。




★☆ 午後:訓練


午後は軍人としての訓練だ。訓練場に集まり、武器の扱い方や戦術の基礎を学ぶ。

「剣術の基本を忘れるな!フォームを固めろ!」

教官の怒鳴り声が響く中、オレたちは剣を振るい、盾を構える。


訓練の後半では班ごとに模擬戦も行われる。

「リオン、左側を固めろ!」

「了解!」

模擬戦では日頃の農作業で鍛えた体が生きる。泥だらけになりながらも全力で戦い抜く。




★☆ 夕食と自由時間


夕食の後は自由時間だ。大浴場で体を洗い流し、湯船に浸かると、疲れがじわりと癒えていく。


「この瞬間のために頑張れるよな。」

隣で湯に浸かる仲間が笑う。


屯田兵の宿舎には生活のための様々な施設がある。この大浴場もその一つだ。

他の貴族家では兵士の生活水準を気にすることはほぼない。しかし、グランド子爵は数少ない例外らしい。常に兵士の快適な生活を心がけている有難い貴族様だ。


風呂上がりには集会所で他の兵士たちと雑談をすることが多い。カードゲームをしたり、酒を飲んだりと、気の合う仲間たちと笑い合う時間は何よりも大切だ。




★☆ 夜:見回りと就寝


夜になると、日替わりで見回りの任務が回ってくる。この日はオレの担当だ。

「見回り行ってくる。」

「気をつけろよ、最近魔物の目撃情報があるらしいからな。」


ランタンを手に持ち、領地の周囲を歩く。静まり返った夜の空気の中、星空が広がる景色を眺めながら、心を落ち着ける。


見回りを終えると、自室に戻り、ベッドに倒れ込む。

「ふぅ……今日も充実してたな。」

明日も同じように、農作業と訓練の日々が続くのだろう。それでも、この生活には不思議な満足感がある。守るべき土地があり、仲間がいる。そのために全力を尽くす毎日だ。


目を閉じると、すぐに深い眠りが訪れた。


★☆ リオンの決断とプロポーズ


訓練を終えて屯田兵の宿舎に戻る途中、リオンはふと考え込んでいた。

最近、ある娘のことが頭から離れない。彼女の名はマリア。魔物に襲われた村の生き残りで、父親が最近屯田兵になった縁でこの領地に移り住んできた。


「リオンさん、いつもありがとうございます。」

マリアは明るく、前向きに振る舞おうと努力していたが、どこか影を感じさせる微笑みを浮かべていた。それは、自分もかつて経験したものだとリオンは知っていた。




★☆ 苦労を分かち合う


リオンは若いころ、家族を失い、自分の力だけで生き抜いてきた。最初は仕事もなく、食べるものにも困り、何度も心が折れそうになった。それでも、運よくグランド領の屯田兵に採用され、今の安定した生活を手に入れることができたのだ。


「マリアの姿、昔の自分みたいだな……。」

その日も宿舎の一角で彼女と話をする時間があった。


「リオンさんって、本当に優しいんですね。」

「いや、そんなことはない。ただ、オレも昔はひどい生活をしてたんだ。だから、誰かが苦労しているのを見ると、つい手を差し伸べたくなるだけさ。」


マリアは静かに頷き、何かを言いたそうにしていた。


「私、リオンさんみたいに立派に働いて、自分で生活を立てられるようになりたいんです。」

その言葉に、リオンは心を打たれた。彼女の中に、かつての自分と同じ強い意志を見た気がした。




★☆ 決意の瞬間


それから数週間、リオンは自分の心と向き合った。マリアに惹かれているのは明らかだったが、自分に家庭を持つ資格があるのかと迷う日々が続いた。


ある晩、訓練が終わり、仲間たちと酒を飲んでいると、ふとマリアのことを思い出した。

「オレはもう十分な生活を手に入れた。でも、それを守っていくためには、誰かと支え合うことが必要なんじゃないか……。」


その晩、リオンは決意した。




★☆ プロポーズ


翌朝、リオンは訓練の合間を縫ってマリアを呼び出した。静かな田園地帯を二人で歩きながら、彼は勇気を振り絞って言葉を紡ぎ出した。


「マリア、少し話を聞いてくれ。」


「ええ、もちろんです。」


「オレは昔、本当にひどい生活をしてた。だけど、このグランド領で働けるようになって、ようやく今の安定した生活を手に入れたんだ。オレはこの生活を守りたい。いや、もっと幸せにしていきたい。」


マリアは少し驚いたようにリオンを見上げた。


「それで……マリア、お前と一緒にその幸せを築いていきたいんだ。オレと結婚してくれないか?」


一瞬、マリアの目に涙が浮かんだ。そして、震える声で答えた。

「……リオンさん、こんな私でいいんですか?」


「いいも何も、オレはお前が必要なんだ。」


マリアは涙を流しながら笑い、リオンの手を握り返した。


「私でよければ、ぜひ……よろしくお願いします。」




★☆領主への感謝


その晩、リオンは仲間たちに報告した後、一人静かに夜空を見上げた。

「グランド子爵様のおかげで、オレたちはこうして暮らせている……。」


かつては孤独と苦労の日々だったが、今では生活が安定し、未来を築ける仲間や愛する人もいる。それがどれほど幸運なことか、リオンにはよく分かっていた。


「必ずや、この領地のために尽くしていきます……。」


夜風に誓いを込めながら、リオンは新しい未来への一歩を踏み出した。

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