第6話 「セバスを呼べ」
★☆ 「セバスを呼べ」
俺は執務室の椅子に深く座りながら声をあげた。
「セバスを呼べ」
すぐさま扉が開き、執事のセバスチャンが姿を現した。白髪混じりの髪に整えられた髭、何事にも動じないその態度は、長年グランド家を支えてきた重みを感じさせる。
「ご主人様、またスタンビートでございますか?」
「そうだ。またスタンビートが起きそうだ。詳細はここに書いてある」
俺は用意していた地図と報告書を彼に手渡した。その地図には、スタンビート発生の兆候が見られる地点がいくつか記されている。
セバスはそれを一瞥し、うなずいた。
「かしこまりました。早速、冒険者たちと領軍に通達を」
「それと、もう一つだ」
俺は言葉を切り、セバスをじっと見た。「婚姻を進める。正妻ではない、側室のほうだ」
一瞬、セバスの表情が固まる。だが、すぐに冷静さを取り戻し、問いかけてきた。
「は…はは。して、お相手は?」
「これから考える」
その言葉を聞いた瞬間、執務室の隅から怒号が飛んできた。
「私はいやよ!!」
メイド服を着たアニーが、腕を組んで椅子にふんぞり返っていた。
「ふざけるな。誰が5歳児と婚姻するか」
俺は呆れ顔で返した。
「5歳児じゃないわよ!もっと年上だもん!」
アニーは頬を膨らませながら反論するが、俺は軽くため息をつくだけだ。彼女はいつものようにメイドの仕事を放り出し、執務室に入り浸っている。
俺としては彼女の機嫌を取りながら、重要な「ゲームの知識」を引き出す必要がある。アニーの情報は、この世界で俺が生き抜くための生命線と言っても過言ではないのだ。
★☆ 婚姻の理由
「婚姻を急ぐ理由は学園に入る準備のためだ」
俺の言葉に、セバスの眉がわずかに動く。
「学園でございますか…」
(ローラ様の断罪は学園でのパーティで行われる。それを止めるには、俺自身も学園に入学する必要がある)
俺が学園に入るのは自然なことだ。この身体は若いし、貴族の子弟が学園で教育を受けるのは当然だからだ。ただ、俺の前世は社会人として働いていた。だから基礎教育はすでに十分に身についているし、正直、学園で学ぶ必要はない。だが――。
「俺はローラ様の近くで、彼女を守りたい。そのためには学園に行かなければならない」
そして、その準備の一環が婚姻だ。
貴族の奥方には多くの仕事がある。
当主が留守の間、客人の対応や行政書類への署名など、日々の業務を代行する役割を担う。それには一定の格と能力が求められる。俺が学園に通う間、領地を預けられる相手が必要だ。だからこその婚姻だ。
★☆ 婚姻候補
「それでも、候補ぐらいは教えていただきたく存じます」
セバスは慎重に問いかける。
「第一候補は…ナナ姫だ」
俺が答えると、セバスの顔が一瞬強張った。だが、すぐに笑みを浮かべ、「はは」と一礼した。
セバスがこの提案を快く思わないのは分かっている。ナナ姫――俺の妹だ。しかし、そこには事情がある。
ナナ姫と俺は血が繋がっていない。
俺はグランド家の分家出身であり、特能魔法が隔世遺伝で発現したため、本家に引き取られた。
ナナ姫は本家の生まれであり、俺の「妹」とは名ばかりの義理の関係だ。血の繋がりがない以上、道徳的な問題はない。
だが、それでも妹との婚姻には外聞が悪い。
特に正妻ではなく側室とすることに、長年グランド家に仕えているセバスが不満を抱いているのも理解できた。
「おそらく、セバスはナナ姫を正妻とすべきだと思っているのだろう」
俺は少し皮肉っぽく考えた。
しかし、正妻となるのはビルディン大公家の姫だ。
それは分家出身の俺が家格を上げるための必然的な決定であり、避けられない。
ナナ姫を側室とするのは、領地運営に必要な人材を確保するための現実的な選択だった。
★☆ 学園の従者
「あと、学園に連れていく従者を選定しろ。準備を進めておけ」
「はは!」
セバスは即座に答え、一礼して部屋を出ていった。
俺は静かに頷きながら、机の上の書類に目を移した。
ナナ姫との婚姻、学園への準備、そしてローラ様の断罪阻止――すべては繋がっている。この複雑な状況をどう切り抜けるか、俺の覚悟と行動力が試されるときだった。
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