ホテル

 ホテルの部屋に入ると、少女は青年を中に促した。青年が入っていくの見つめてから、少女は後ろの手でドアの自動ロックを確認した。

 青年は部屋の中央で、棒立ちになり、ただ床の一点を見つめていた。


「ねえ君、何か見た?」


 少女は徐々に距離をつめ、すぐに首をつかめる位置まできた。


「見たよ」


 青年はぽつりとつぶやいた。少女は青年を消すために腕を振り上げようとしたとき、


「コンビニで万引きしてたでしょ。それと、よく新●●駅前で立っているよね、あれ、ってやつでしょ」


 少女が手を下ろした。

 確かにいくつか備品はコンビニから盗んだことはある。それを万引きというかはまだ自信が持てなかったが、おそらくそうだろうと認識した。

 どうするか、見ていなければいますぐ始末する必要はないが——思考を巡らせていると青年が続けた。


捨てられたの?」


 君も? この言葉が正しければ、自分も捨てられたということになる。これはどういう意味だろうか。少女は同胞の中でも一番優秀だった。だからこそこのミッションを託されたのだ。地球侵略のための、最も重要な任務に。

 捨てられたなんてとんでもない。

 少女がその意味を理解できないでいると、青年は続けた。


「お世話になったおじさんとおばさんだったのに……。お金のために。殺しちゃったんだ——」


 青年は固まっていた。硬い表情から、涙がこぼれていた。少女にとって初めて見る青年の表情の変化だった。


 生きるために殺すのに何が悪い。今この瞬間にも地球人は大量の動物を殺しているじゃないか。なぜ金を手に入れるために他の地球人を殺してはいけない? 少女は相変わらず地球人の思考は理解できないと思いながらも、ミッションを進ることにした。


 少女はふう、とため息をつき、ワイシャツを脱いだ。豊満な胸とブラジャーが姿を現した。


「わたし、万引きがバレたら大変なことになるの。だから黙っててほしいの、それにあなたと会ったことも絶対に誰にも話さない、その代わり——」


 少女はブラを外した。二つの乳房がぶらん、と弾力を持って弾かれた。


「そのためにはなんでもするから……」


 少女はじりじりと距離を詰めると、豊満な乳房を青年の手で触らせた。柔らかい感触が青年の手に伝わったはずであった。


「ねえ、お願い——抱いて。あなたの精子が欲しいの」


 ワイシャツを脱ぎ、裸をなすりつけてくる少女の目を、青年はじっと見つめた。少女が青年をベッドに押し倒しTシャツを脱がすと、上半身をさらけさせた。そして青年の乳首をなめようとするときだった。


「俺は、しないよ。君とは」


 少女の頭に一筋の閃光が走った。自分の寿命が近い、というサインだと悟った。急がなければ——もし性交でのミッションを達成できないのであれば、殺して切除してでも精子を持ち帰らなければならない。この部屋であれば人に見られる心配も少ない。

 少女は上半身を起こすと、青年の首に両手をかけた。青年の首がぎゅっとしまった。


「なんで……このままだと私、あなたを殺さないといけない」


 少女の手からすさまじいほどの力が青年の首に入り始めた。突然首を絞められた青年は、顔面が紅潮し始めた。苦しみで顔が歪み始めた。

 その中で、青年の言葉がやっと少しだけ聞き取れた。


「——いいよ、それで君が救われるなら」


 少女の動きが一瞬止まった。しかし止まったのは一瞬だけで、再び青年の首には、そのまま折れてしまうのではと思われるほど力が入り始めた。


 閃光が走った。今度は二筋だった。

 おかしい、力が入らない、いつもならこんな首ごときすぐにへし折れるのに——。必死に力を入れる少女の前で、青年は目を閉じ、涙をこぼした。そして口を開いた。


「捨てられたくなかったんだ。母さんからお金を借りてこいって言われて、おじさんからはダメだったって言われた、いったんだ。そうしたら、殺してでも取ってこいって。どうしたらいいかわからなくなって……」


 少女の手が震えていた。それが初めて経験する寿命、というものによる影響なのか、違うのか、わからなかった。もっとわからなかったのは、目と呼ばれる部位からこぼれ落ちた液体が、青年の体に落ちていったことだ。

 青年の目は閉じられていたが、表情は澄んでいた。


「君も誰かに指示されてるんだろ? 僕なら君の痛みがわかると思うんだ、僕はもう命は惜しくない、君が助かるならそれでいい」


 少女の顔がもみくちゃになってきた。最後の力を振り絞ると、その腕に再び岩をも砕くほどの力が戻ってきた。


 ちょうどその頃、目撃情報を聞いた数人の警察官がホテルのロビーに到着したところだった。合鍵を受け取り、少女たちの部屋のドアの前に陣取った。刑事たちは拳銃を用意し、ドアをトントンと叩いた。

 中から返事はなかった。

 それを確認してから、合鍵でドアを開け、中に突入した。


 室内に拳銃を向ける警察官。

 中には人の気配はなかった。ベッドに一人の青年が横たわり、ぐったりしていた。それ以外は人の姿はなく窓が開いていた。カーテンが風でゆらゆらしている。一人の警察官が窓に駆け寄り、外を見た。下は繁華街の喧騒の波、多数の人が行き来していた。


 ふとベッドを振り返ると、別の警察官が青年を「おい、大丈夫か」と揺さぶっていた。

 窓際にいた警察官はその様子を見つめた。


「どうだ?」


 青年を揺さぶっていた警察官はゆっくりと首を横に振った。それを聞いて「遅かったか」と大きなため息をついた。

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