サンプル

 少女は白い液体の入った袋を見つめながら、交信を開始した。


『本日は精子サンプルを3体分入手しました。

 地球を侵略する際、人間は確かに手強いですが、対応は簡単です。見た目と感触さえ許せば、性的刺激に対し平気で全てを投げ出す、お金や命さえも。

 彼らは自分を優秀と思っているようですが、他の生物となんら変わりはありません。私は河原で死んだ魚に興奮して体をなすりつける犬をみました。それを人間は下等な行為と見下しているようですが、私の体を見て興奮して腰を振っている男たちは河原の犬となんら変わりません。

 この星を支配するのは簡単でしょう、少なくとも男は簡単に懐柔できます。戦わずして勝てるでしょう』

『そうか、そのためにはもっと多くの精子サンプルが必要だ。引き続き頼むよ』


 ラジャと呟きながら、少女は続けた。


『ただ隊長、私の寿命があと数時間です。どうかバージョンアップを』

『通常ならそのようなコストがかかることはしない。ただお前は優秀だ、次のミッションをクリアしたら、バージョンアップも考えよう。そうすればまたしばらく活動を続けられるだろう』

『どのような?』

『若者の精子サンプルだ。いまだに確保に成功した同胞はいない』


 少女は一瞬止まった。


『若者……ですか。そもそも若者は性行為自体をまだ知らない場合が多いです。ですから……』


 背後でがさっと音が鳴った。少女はざっと振り返り、暗闇を睨みつけた。


「誰か、そこにいるの?」


 誰もいないと思っていた路地裏の奥に、人影が見えた。持っていたスマホのライトで照らすとその姿ははっきりと映し出された。

 青年だった。Tシャツにジーパンで目はうつろ。じっとこちらを見つめていた。


少女は自分の星の言葉で交信を再開した。

『緊急事態です、近くにいた青年に見られたかもしれません』

『サンプルの確認をしているところをか?』

『わかりません、今ならエラジケイト可能です。やっていいですか』

『待て、殺しすぎると後始末が大変だ、それに……』


 少女は青年の首を絞めるべく、手を伸ばし始めていた。


『人が数人、そちらに向かっている』

『目的は私ですか? 証拠を残すような失態はしていないはずですが』

『わからない、ただそちらに来ていることだけは確かだ』


 眩しい光が大通りから差し込み、少女ははっとそちらを見た。懐中電灯の眩しい光が、少女を刺した。


「そこに誰かいるのか」


 少女は目を細め、声の方を見た。

 よくみると、スーツ姿の男がライトを少女に照らしていた。男はそこに足を広げて座っているのが、少女だということを確認してから、内ポケットにある手帳を取り出した。


「私は警察だ、今殺人犯を追っている」


 警察官はライトで少女の顔を照らしながら、一歩一歩とゆっくり近づいた。少女はぴくりともせず、向かってくる男を見つめた。

 2メートル、1メートルと近づき、あと少しで警察官が少女に手が届くところまで来た。少女は右手をじりじりと準備し、いつでも首をつかめるように位置どりをした。


 警察官が歩みを止めた。

 少女の前でしゃがみこみ、ライトで顔をじっくり見つめる。そして手を伸ばした。

 少女があと少しでその腕を動かそうとして、思わず引っ込めた。警察官の手は少女の開いていた股を閉じた。そして、スカートを覆わせる。


「犯人は青年で、Tシャツとジーンズを履いている。返り血を浴びている可能性がある、着替えていなければね。見つけても絶対に話しかけないで、すぐ警察に連絡するように。いいね?」


 少女はうつむいて、こくりとうなずいた。


 警察官が去ったのを確認してから少女が振り返ると、青年は同じ場所に立っていた。あらためてスマホのライトで照らしてみると、Tシャツ、手と顔は大量の返り血らしきもので真っ赤に染まっていた。

 少女は青年をじっと見つめた。


『この者をどうしますか』

『まずは見られたかどうか確認だ、もし可能性があれば始末しろ。それと……』


 少女はじっと指示を待っていた。


『青年といったな、もしうまくやれば精子サンプルも回収できるかもしれない。若者の精子サンプルは貴重なんだ。何としても確保したい』


 少女は指示をじっと聞いてから、ラジャ、と短く答えた。

 少女は立ち上がると、スカートをぱんぱんと直した。それから青年を見つめた。


「君、とりあえず私の泊まってるホテルに来ない?」


 青年は何も答えなかった。答えはイエスだと少女は認識した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る