家主
僕が小学生だったころのことです。確か五年生だったと思います。当時のクラスメイトと、夏休みに肝試しをしました。
僕にはよく一緒に遊ぶ仲間が五人いて、僕を入れた六人で、公園でサッカーやドロケイをしたり、誰かの家に集まって一緒にプレステをやって遊んでいました。
その日も、本当は六人で集まって、いつもの公園でサッカーをすることになってました。僕は買ってもらったばかりの新しいサッカーボールを持って、自転車で公園に向かったのですが、まだ誰もいません。
5分くらいすると、友達が二人、連れ立ってやってきました。しばらく三人で遊んで、あんまり遅いので残りの三人の家を尋ねてみたのですが、宿題やら習い事やらがあって、結局その日は無理と言われてしまいました。
元々サッカーをするつもりだったので、三人で何する?という話になり、そのうちの一人が、「肝試しをしよう。」と言ったのです。
僕の町には、子供たちの間で幽霊屋敷として有名な空き家があります。そこを探検しようというのです。
詳しくは知らないのですが、もともと中年の夫婦が住んでいたが、旦那の方が病気か何かで頭がおかしくなってしまい、妊娠していた妻を殺して、自分もそのあと自殺したとか、そんな噂のある家でした。学校では、夜に女の鳴き声がするとか、妻の霊が子供欲しさに町を徘徊していて遅くまで遊んでいると連れ去られるとか、そういう怪談が流行っていたと記憶しています。
せっかくの夏休みだから冒険しようぜ!といったノリと、単純に暇だったので面白そうという思いから、三人で自転車を飛ばしてその空き家に向かいました。大人にバレないように自転車を近くの団地の駐輪場に停めて、家の前に立つと、小ぢんまりとした2階建ての家に本当に何かが潜んでいるような気がしてぞっとしました。
門の鍵は壊れていたのかすんなり開いたのですが、玄関は閉まっており、周りをぐるっと一周して鍵のかかっていない窓をたまたま見つけました。
そこから中に入って、まず一階を、そのあと二階を探検することになりました。
家の中は案外片付いており、これと言って珍しいものは無かったです。私は少しがっかりしたような、安心したような気持ちになり、多分他の二人も同じような気持ちだったと思います。
ただ、家に入るまでは、全然怖くねーと言っていた友人も、途端に口数が少なくなり、全員が少なからず怖がっていたのは事実です。家の中で覚えている唯一の会話は、床のしみを見て、
「これ、血痕じゃね?」
と言ったことくらいでしょうか。
一階を見終わって二階に上がって、8畳ほどの部屋に入ったときでした。下の階からどすっという音がして、飛び上がるほど驚きました。
「今のって足音?」
「バカ、声出すなよ。バレんだろ。」
急いで僕たちは部屋のドアを閉め、聞き耳を立てました。
どすっ、どすっ、と確かに足音のような音がします。それは少しずつ近づいているように思えました。
やがて、ぱた、ぱた、と階段を上る足音が確かに聞こえ、僕たちは顔を見合わせました。全員血の気が引いた、真っ青な顔で、手はかすかに震えていました。誰も一言も声を出しませんでしたが、頭の中では旦那に殺された女が子供を求めてさまよっていると言うあの怪談が脳裏をよぎり、血だらけの女が階段を上っている様が目に浮かんできます。
ふと後ろをみると押入れがあり、僕は震える声で
「あそこ。」
と指をさし、みんなでそこに隠れました。
足音の主は階段を上がり切り、どしっ、どしっ、と廊下を進み、やがてドアが開く音がしました。
畳の上をひし、ひし、と歩く音がして、どれくらい経ったか、音が止みました。
僕はそっと、息を殺して襖をほんの少し開けて、部屋をのぞいてみました。
白っぽい、棒のようなものが見えました。何だろうとよくみてみると、うっすらと産毛のようなものが生えていました。人間の足でした。細い、骨ばった足が押し入れの前に立っていたのです。
足はゆっくりと膝をつき、痩せた手が隙間に差し込まれ、ずずずい、と押入れが開かれました。
襖の向こうから背の高い全裸の老人が、こちらを覗き込んでおり、僕らを見て、にぃと笑いました。
「うわぁぁああ!」
僕は抱えていたサッカーボールを無意識に投げつけ、老人が後退りした隙に駆け出しました。あとの二人もそれに続き、三人で一目散に空き家から逃げ出しました。
途中、後ろから足音が追いかけてきているのが聞こえましたが、振り返れませんでした。
外にでるとあたりは日が暮れており、急いで自転車に乗って家に帰りました。親からは帰りが遅くなったことを叱られましたが、あの家に行ったことだけは一言も言いませんでした。サッカーボールは、遊んでいるうちに無くしてしまったと嘘をつきました。
それからも僕たちは一緒に遊んでいましたが、学校でも卒業してからも、このことは今まで誰にも話していません。特に約束をしたわけではないですが、誰も話そうとはしませんでした。
不思議なのは、噂ではあの家には殺された女の幽霊が住んでいるはずなのに、出てきたのは老人だったことです。自殺した旦那もあんなに歳をとっているとは思えませんし、服を着ていなかった理由もわかりません。
あれは一体誰だったのでしょうか。
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