【5】 個々の人々をよく観察し、その人に合ったサポートを
【牧口】 それで、その後、順調に継続して働いておられましたか?
【林】 そうですねぇ、最初のうちは、意外とうまくいっていまして、
「単調だけど、内職の仕事も悪くないなぁ」
と思っていました。週3日までは伸ばすことができていたんですが、途中から怪しくなってきました。
どうしても体調の不安定さゆえに、⾏き詰ってしまうんですね。結局、出勤すれば、メンバーやスタッフさんとの関わりの中で、無理をして「躁状態」をキープしてしまうことになるんです。その反動で、⼤きな「うつ状態」を引き起こしてしまい、それが⻑引いてしまうわけです。
【牧口】 なるほど。そうなりますと、林先⽣の場合、出勤して多くの⼈と関わって仕事をするというスタイルには、限界があるのでしょうか?
【林】 残念ながら、普通の職場ではそうだと、認めざるを得ませんね。実は、2カ⽉間だけ、A型事業所の管轄(かんかつ)のもとで、「在宅勤務」をしていたことがあるのですが、その時は、ほとんどフルタイムでの勤務ができていたんです。
⼈との関わりがほとんどなく、「躁状態」を作り出さなくても、僕は、そのままの⾃分で、仕事ができていたからだと思います。
【牧口】 なるほど。そうしますと、仮に出勤というスタイルで、双極性障害の⼈を雇⽤するにしましても、その⼈に「躁状態」を強(し)いないような、体制づくりが必要になってくるわけですね。
【林】 そうですね。それをうまくやってくださっていたのが、居酒屋の元⼤将だったんだと思います。
元⼤将は、僕の採⽤後は、本当に丁寧にサポートしてくださいました。詳しいことは省略しますが、
「いざというときは、俺がシフトの⽳を埋めてやるよ」
という覚悟のあった⼈だったと申し上げれば、その⼈柄がよくお分かりだと思います。
仕事にも完璧を求めることは決してなく、個⼈や個性を⼤事にしてくださる⼈でした。おかげで、僕は、あまり無理して「躁状態」を作らなくても、仕事に専念することができていました。
【牧口】 なるほど。その元⼤将さんのサポートの内容を、少しだけ具体的に、お話しくださいませんか?
【林】 そうですね。例えば、シフトは、1⽇全体としては6時間~8時間くらいのものだったんですが、必ず最⼤3時間までごとに、たっぷり休憩をくださっていました。
「躁状態」が進みすぎるのを防ぐために、こちらからお願いしていたことでもあります。おかげで、フルタイムに近いシフトでの仕事が可能になっていたんですよ。
【牧口】 そうなんですね。林先⽣の障がいのことを、よく理解されていたならではの、⼯夫のこもったシフトづくりを、元⼤将さんはされていたんですね。
⼈間関係の⽅はどうでしたか? 気を使って、「躁状態」は招きませんでしたか?
【林】 そうですね、そもそも同僚がみんな健常者でしたので、ピアほどには気を使わなくて済みました。「A型事業所」では、メンバーはみんなピアでしたので、かなり気を使ってしまうんですね。
【牧口】 なるほど。ピアが相⼿だと、傷つけないように、とか考えてしまいますもんね。
【林】 はい。ただ、当然、働いていれば、不平・不満・苦情が出てくるものですが、居酒屋勤務時においては、それを元⼤将がいったん、すべて吸収して、消化してから、僕に伝えるというシステムを、作ってくださっていたんですね。
ですので、同僚から直接攻撃されて、ひどく傷つくということはなかったですね。
【牧口】 なるほど。⼤将さんが⾏き届いたサポートをしてくださっていたおかげで、林先⽣の障がいによるデメリットは、あまり出て来ずに、フルタイムに近い勤務ができていたんですね。
しかし、そうなりますと、「就労のピラミッド」に基づいた就労サポートだと、かなり機械的なサポートになってしまう可能性がありますね。
【林】 そう⾔えると思います。「就労のピラミッド」を満たしている⼈を使うのは、簡単なことなんです。でも、僕らはそれを満たせないからこそ、障がい者をやっているんだ、という⾯があるんです。
本来は、満たせない部分を⽀援するからこそ、「障がい者雇⽤」と⾔えるのではないのでしょうか?
【牧口】 なるほど。初めから完成された⼈を雇うのなら、別に「障がい者雇⽤」という形態をとる必要がないわけですね。
【林】 そうです。本来は、個々の障がい者をよく観察して、その障がいに応じた個々の⽀援を⾏っていく、という⼿間が必要なんだと思うんです。ちょうど居酒屋の元⼤将が、そうしてくださったように。
⼿間を惜しもうと思うと、どうしても「就労のピラミッド」を打ち⽴てよう、というような発想が出てきてしまうんですね。
【牧口】 なるほど。その問題提起を林先⽣は、作品においてだけでなく、⾝をもって世に⽰そうとしておられていたわけですね。
【林】 そうですね。急にこの体制が変わることはないでしょうし、おそらく僕が⽣きているうちには、この問題は解決されないと思っていますが、せめて僕とご縁のあった⽅たちだけにでも、伝わればいいなと思って働いていましたね。
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