第5話 桐谷さんとのデート①

ゴールデンウィーク初日。

天気は快晴。

朝から容赦なく照りつける太陽が、まるで俺の体力を削り取るかのように輝いていた。


「玲くん、準備できた?」


桐谷さんがポニーテールを揺らしながら、玄関先で俺を待っていた。

スポーティーなショートパンツに白いパーカーを羽織り、キャップを逆さにかぶる姿は、まるで雑誌のモデルみたいだ。


「おはよ、玲くん。」

「お、おはよう……。」


目のやり場に困る。

普段バスケ部のユニフォーム姿は見慣れているけど、私服の桐谷さんはなんだか……眩しい。


「なんか変?」

「いや、似合ってる……っていうか。」

「ふふ、ありがとう。玲くんもスポーティーでいいじゃん!」


そう言って、俺の胸元を軽く小突く。

普段は動きやすい服装なんてしないから、無理してそれっぽくしただけなんだけど……。


「じゃ、行こっか!」


桐谷さんの笑顔が眩しい。

そのエネルギッシュな雰囲気に引っ張られるように、俺はゆっくりと足を踏み出した。


──が。


「……はぁ、はぁ。」

「玲くん、大丈夫?」


ジョギングを始めて15分。

すでに俺の体力は限界を迎えつつあった。


「だ、大丈夫……のはず……。」

「全然大丈夫じゃないじゃん!」


桐谷さんが俺の隣でピタッと足を止める。

彼女はというと、まったく息が乱れていない。むしろ涼しい顔で俺を見つめているのが、なんか悔しい。


「ほら、もう少しで折り返し地点だよ!あとちょっと!」

「いや、これ以上走ったら戻れなくなりそう……。」

「じゃあ、ゆっくり歩こうか。」


桐谷さんがクルッと方向転換する。


「ほら、手。」

「え?」

「ほらほら、手出して。」


言われるがままに手を差し出すと、桐谷さんがそのまま俺の手を握った。


──手をつなぐ、というよりも、引っ張られる感じだ。


「子供みたいだな……。」

「いいじゃん、それもデートっぽくて。」


少し振り返って笑う顔が、すごく楽しそうで。

不思議と俺の胸の奥がじんわりと温かくなる。


「玲くんさ、普段あんまり運動しないの?」

「うん。部活も帰宅部だし、ゲームとかアニメばっかり……。」

「ふーん。」


桐谷さんがポケットに手を突っ込みながら、軽やかに歩く。


「でもさ、玲くんは頭いいし、知識豊富だから、運動できなくてもすごいと思う。」

「……なんかそれ、フォローされてるようで微妙に傷つくんだけど。」

「えへへ。」


茶化しているようだけど、桐谷さんの言葉には不思議な説得力がある。


「でも……玲くんが一緒にこうやって出かけてくれるの、嬉しいよ。」


そう言って、彼女がふと立ち止まった。


「ん?」

「見て。あそこ。」


指差す先には、広々としたバスケットコート。

数人の子供たちが楽しそうにボールを追いかけていた。


「行くよ。」

「えっ?」

「デートプランに入ってたでしょ?」


俺の腕を引っ張る桐谷さん。

あっという間にコートの中央まで連れて行かれる。


「じゃあ、私が教えるね!」

「教えるって……俺、バスケとかやったことないんだけど。」

「だから教えるんだよ。」


ボールを拾って、桐谷さんがドリブルを始める。

その姿があまりにも自然で、見惚れてしまいそうになる。


「玲くん、構えて。」

「え、こう?」

「そうそう。」


俺の背後に立った桐谷さんが、そっと手を添える。

背中に伝わる体温が、じわりと心臓を直撃する。


「ボール持って、ここから投げて。」

「お、重い……。」

「ほら、投げて!」


えいっとばかりにシュートしてみるが、当然のように届かない。


「あはは!玲くん、力なさすぎ!」

「う、うるさいな……。」


それでも桐谷さんは、どこか楽しそうだった。


「じゃあ、私がやってみせる。」


そう言って、桐谷さんは軽くジャンプしながらシュートを決めた。

ボールは綺麗な弧を描き、見事にリングを通過する。


「……すげぇ。」


無意識に呟いた言葉に、桐谷さんが振り向く。


「かっこよかった?」

「うん、普通にかっこいい。」


ポニーテールを軽く揺らしながら、桐谷さんが小さく笑う。


「玲くんにかっこいいって言われるの、ちょっと嬉しいかも。」

「え、そうなの?」

「うん。」


ぽつりと返される言葉が、意外とストレートで。

また心臓が跳ねる。


「じゃあ、もう少しだけ付き合ってね。」

「……うん。」


桐谷さんの強引さが、ちょっとだけ心地よく感じた。

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