ヒロインが強すぎて全然バトルものにならないけど、彼女は可愛いのでラブコメを受け入れます

結城勇気

第1話【再会とキスと、コンクリート】




『――約束、だよ。わたしのことを、ずっと守ってくれるよね』


『ああ、約束だ。なにがあっても俺が、きみを守ってみせる』



 それは、かつて幼馴染の少女と交わした約束だった。


 幼い日の、たわいのない誓い。


 それでも、俺たちはきっと本気だったと思う。


 学校に通い、勉強や運動をして、恋愛をして、なんでもない日常を送る。


 この子のそんな日々を守るためなら、俺はなんだってできる気がした。



 そんな約束をしたのが、八年ほど前の話。


 俺はその誓いを果たすために、幼馴染の元へ戻って来た。


 どんな困難からも、どんな脅威からも、彼女を守ってみせる。


 もしも彼女が俺のことを忘れていたとしても、俺は約束を守り切るつもりでいた。


 けれど。



「……リュウくん? リュウくんだよね?」



 これから通うことになる高等学校の校門前。


 桜の花びらが舞うなかに、幼馴染の少女は立っていた。


 顔つきも体型も、当然ながら大人になっていたが。


 幼い日の面影があり、お互いにそれを確かめ合うことができていた。


 そのことが無性に嬉しく、俺は彼女に駆け寄る。


「久しぶり。サツキ」


 俺が名前を呼ぶと、彼女はわずかに潤んだ目でこちらを見つめてくる。


 きめ細やかな長いまつ毛、こちらを包み込むような優しい瞳。


 ふわふわの綿毛のような髪が、軽く風になびく様子は美しい絵画のようだった。


「……可愛い」


 心に思っただけのつもりが、口に出してしまっていた。


 当然ながら聞かれてしまい、彼女は顔を真っ赤にするが。


「嬉しい。リュウくんも、かっこよくなったね」

 

 返って来た言葉に、俺の頬まで熱を帯びてくる。


 さすがに社交辞令だろうか、それとも思い出補正の成せる業か。


 なんにせよ、そんなことはどうでもよかった。


「そりゃあ、けっこう鍛えてるからな」


「そうなんだ。やっぱり、約束……覚えていてくれたんだね」


 その言葉に、心臓が早鐘を打ってくる。落ち着け。落ち着け俺。


 彼女が約束を覚えていてくれたことに、予想以上に舞い上がっている自分がいた。


 しかしそれも無理からぬことだと思う。


 ここまで可愛いらしくなった彼女が、こんな俺とのことを記憶に留めていてくれたことが、早くも理解できてしまったのだから。


 ここだけの話、昔のことを持ち出してキモがられないかと心配したりもした。


 それが完全に思い過ごしだったことが、この上なく嬉しかった。


「えっと、その。リュウくんは今日、どうしてここに?」


「転校の手続きに来たんだよ。そういうサツキは? 始業式は明日だろ」


 サツキは学校指定のブレザーを着ており、それもまた似合っていて可愛かった。


「あ、うん。新入生挨拶の打ち合わせがあって。ちょうど帰るところ」


「そうなんだ」


 そうして、しばし沈黙が訪れる。


 彼女の目を改めて見つめる。


 そうして互いに見つめ合ううち、悩んでいた自分がとても滑稽に思えてきた。


 思考にもやがかかったように、 すべてがどうでもよくなっていき。


 俺はそのまま、頭に浮かんだ言葉を口にする――



「――好きだ」



 告白だった。


 今までの人生、女性にほぼ免疫のない筈なのに。


 俺はおさえようのない心の内を、気づけば吐き出していた。


 言ってから、さすがに早まったという思いが浮かんでくる。


 再会を喜ぶ間もなく、いきなり告白されて戸惑わない人などまずいない。


 事実、彼女は口元を手で押さえ、顔全体を真っ赤に染めて絶句している。


 まずい。さすがにどうにか誤魔化すか、という軟弱な思考が頭をよぎったが。


 長年思い続けた自分の心が、それをさせなかった。


 彼女を守ると決めておいて、格好の悪いところはみせられない。


「その、いきなりで、驚かせたかもしれないけど。俺の気持ちは、今も変わらない。サツキのことが、好きだ」


 だからこそ、改めてそう告げる。


 変に噛んだりすることもなく、自然に言葉が出てくれたのは、それが紛れもない本心だったからだろうか。 


 我ながら、急転直下の事態に頭が混乱しかけているが。もう後には引けない。


 これからはじまる、幼馴染との学生生活が下手をすると速攻終わりかねない行為。


 それを終えた俺は、そのまま彼女から下される判決を待つ。


 頭に浮かぶ返事が「ごめんなさい」「友達でいましょう」「さすがに引くわ」など。


 ネガティブなものばかりであるのが、なんとも情けなかった。


 けれど。


「――うれしい」


 幼馴染の彼女は、両目いっぱいに涙を溜めて。


 こくん、と小さく頷きを返してくれていた。


「私も、ずっと、ずっと好きだった。あなたのこと、忘れたことなんてなかった」


 このときの俺の気持ちを、どう表現したらいいだろう。


 頭に天使のラッパが鳴り響き、そのまま天にも昇る心地だった。


 告白の返事は、俺の期待したものだったという実感がじわじわと湧いてくる。


 長年の思いが報われたことで、俺は踊りだしたい気分にかられた。


「これから、よろしくお願いします」


 彼女は、そう付け加えると。


 もう我慢できないとばかりに、こちらへ駆け寄ってきて抱き着いてくる。


 花のような香りが鼻腔をくすぐり、身体に彼女の柔らかさを感じる。


 まだ寒さの感じられる春先だというのに、体温が急上昇し心臓が早鐘を打ちまくるのがわかる。


 触れあっている彼女に、その動悸が聞こえてしまうのではないかとすら思えた。


 わずかに視線を下ろすだけで見ることのできる彼女の顔は、まだうっすら目元を潤ませていたが。


 やがてその両目を閉じ、とても小さなその桃色の唇をこちらに向けてくる。


 それがなにを意味するのか、わからない俺ではなかったが。


 さすがに思考がバーストしかけた。


 いろいろな手順などをすっとばして告白した俺が言えたことではないが、再会してからまだ五分と経っていないのに、いきなりそれは早すぎないだろうか。


 咄嗟に周りを見渡すと、通行人が何人か冷やかしの目でこちらを見ているのがわかった。


「さ、サツキ」


 情けなくも、声が上擦ってしまう。


 一旦距離を置こうかとも考えるが、彼女の腕ががっちりと俺の身体をホールドしているため逃れようがない。


 なにより、彼女のほうからそうしてくれているのに、男の俺がしり込みしていては彼女に恥をかかせてしまう。


 いやだが、さすがに心の準備ができていないのも事実。当然ながら今までの人生、誰かとキスをするような経験は皆無であり。


 こういうのは、やはりシチュエーションが大事なのではないだろうか。


 いやいやこの空気でしないのとかあり得ないだろう。


 などと頭のなかが絶賛パニックになっていると。


 いつの間にか目の前の彼女が、やや不満げにこちらを見上げてきていた。


 だがそんな顔も可愛い、などと考えてしまう俺は馬鹿なのだろうか。


「しょうがないなぁ」


 彼女はそう言うと、俺から身体を離そうとする。


 それを受けて、俺の顔は明らかに残念そうに曇ったことだろう。


 いきなりのことで戸惑っておいて、やめるとなったら惜しくなる。


 そんなあまりの女々しさに、自分で自分を殴りたくなった。


 しかし。


 そんな俺の様子に、彼女はクスッと笑みを作ると。


 彼女の両手が俺の頬にかけられ、その顔がこちらに近づく。


 油断していたところへの不意打ちで、俺はまるで身動きとれなかった。


 ちゅっ、という音が彼女の唇から響いた。


「……!!」


 身体に電撃が走った。


 一瞬のことで脳が処理をしきれないでいたが。


 俺の唇には、確かに柔らかい感触があった。


 触ってみると、わずかに湿っているような。


 などということを確認している間に、彼女は既に身体を離していた。


 触れ合っていた時間は、ものの数秒で。


 本当に今のは現実だったのか、あれは都合のいい妄想だったのでは。


 そんな思考が駆け巡るが。


 目の前の彼女の気恥ずかしそうな様子が、これは現実だと訴えていた。


「キス、しちゃったね」


「あ、ああ、うん」


 おまけに明確に言葉にされ、俺はうっかり鼻血が出ていないかを確認してしまう。


 彼女は昔から、少々おませなところはあったと記憶していたが。


 まさかこうもあっさりとキスを許してくれるとは思っていなかった。


「もしかして、初めてだった?」


「あ、あたり、まえだろ」


「あはは。いっしょだ」


 そう言う彼女は、子供の頃の様に屈託のない笑みを見せる。


 そういえば、昔もこうして彼女に何度もやり込められては、この笑顔を見ていたなと思い出す。


 つくづく、俺は彼女には叶わないと実感する。



 そんななか、唐突に敵意のような視線を感じた。


「ん……?」


 そちらを向くと、ギラギラした金髪をしたホスト風の男が、あからさまに舌打ちしながらこちらに近づいてきていた。


「ケッ、最近の学生はどいつもコイツも色ボケしやがって。あーあ、やってらんねえ」


 その金髪男は、現在進行形で酔っぱらっているようで。手には缶ビールが握られていた。


「なあなあ、お嬢ちゃんよぉ。おにーさんにも、色々サービスしてくれねえ? ブスばっか相手にして疲れてんだよ」


 下卑た発言をするその金髪男が、サツキをターゲットにしているのを察して俺はとっさに彼女を庇うように前に出る。


「すみません、やめてもらえますか」


「なんだよ小僧。テメーに用はねぇんだ、どっかへ消えやがれ!」


 不愉快そうに顔を歪めながら、金髪男はおもむろに缶ビールの缶を投げつけてきた。


 だが、俺は慌ててはいなかった。


 数多の修行をこなしてきた俺に、こんな缶なんて小指で弾き返せるからだ。


 そしてそれを実行しようとした直後。


 パン、と飛んできた缶がなぜか一瞬で地面(コンクリート)にめり込んだ。


 金髪男も俺も、なにが起きたのかわからず目が点になる。


「そこのひと」


 そうして呆然となるなか。


 サツキの可愛いらしい声が背後から聞こえる。


 なぜだろう。声自体は鈴の音のようなのに、そこに込められたプレッシャーが周囲の温度を何度か下げているように感じた。


「わたしとリュウくんの感動の再会と、最高の告白と、ドキドキのファーストキスに、よくも水をさしてくれたわね?」


 近くにいた小鳥が我先にと慌てて飛び去り、車の上で寝息を立てていた猫が飛び起きて脱兎の如く走り去るのが見える。


「この缶とおなじ目に遭いたくないなら、五秒以内に、消えて?」


「な、なんだ。お前、女のくせに、その態度は」


「ご、よん、さん」


 高圧的な態度をとろうとした金髪男だが、身体は正直なようで、既に数歩後退り、顔には冷や汗がにじませている。


「に、いち」


 金髪男はすっかり酔いが冷めた様子で顔を蒼白にさせ、捨て台詞を吐く余裕もなく踵を返し、何度も転びそうになりながら逃げていった。


 そして訪れる沈黙。


 と思ったら、俺はぐるりとサツキによって彼女の方へ強制的に振り向かされた。


「リュウくん、大丈夫だった? 怪我とかしてない?」


「あ、う、うん。サツキこそ、大丈夫か?」


「うん。だいじょうぶだよ。びっくりしたねえ」


 うん、びっくりしたよ。色んな意味で。


「あーあ。せっかくのイイ雰囲気が台無しだよぉ。ま、いっか。これからもっともっと、楽しいことが待ってるんだもんね!」


「あ、う、うん。ソウダネ」


「あ、ごめんね引き止めちゃって。それじゃ、明日からよろしくね!」


 先程までの緊迫した空気が嘘のような笑顔で彼女は手を振り。


 そのままぱたぱたと軽やかな足取りで去っていく。


「いっしょのクラスになれるといーねー!」


 去り際に、大きな声でなんとも可愛らしいことを言ってくれていて。


 もしやさっきの出来事は夢か幻だったのではと思えるほどだったが。


 幻でない証に、缶ビールの缶はやはり地面にめり込んでいる。


 それを拾い上げ、近くのゴミ箱に捨てた後。


 俺は決めた。


「うん。まあ、いいか! 細かいことは!」


 深く考えないようにして、俺は明日から通う高校の校門をくぐり。


 転校の手続きを済ませることにしたのだった。

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ヒロインが強すぎて全然バトルものにならないけど、彼女は可愛いのでラブコメを受け入れます 結城勇気 @takahashi0822

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