先輩に花束を
黒丸
感謝
その車はある場所へ向かっていた。
道なき道を進み、エンジンをかける。
その、道とも言いにくい道にようやく車が止まった。
中からは、優しげな顔をした青年が降りてきた。
花束とライターを抱え、胸ポケットにはタバコが入っていた。
「…先輩。遅くなりました」
青年の言う先輩の前に来るなり、いきなり頭を下げた。
「先輩、失礼します」
そう言って先輩の前の地面に
相手の前に花束を置いてから、青年は話始める。
「…先輩、俺。殺しから足、洗いました」
「先輩が、お前は幸せになれって言ったから…」
青年は照れながら左手を肩の高さまで上げて、指輪を見せる。
「俺、結婚して、もうすぐ子供も生まれるんです。…先輩には絶対報告したいって思ったら、つい来ちゃいました」
「式は、上げれなかったけど…ウエディングドレスとタキシード着て、写真だけ撮ったんですよ…」
青年はホラと言って、スマホにある写真を見せる。
「…先輩には、たくさん世話になりました。先輩がいなかったら、俺はいなかったと思います。…任務で死んでるかもってのもありますけど。今、結婚できて、子供もできて、こんな幸せな生活ができてるのは先輩のおかげなんです。ありがとうございました」
再び頭を下げる。
今度は先ほどより深く下げた。
「…俺、ずっと後悔してます」
「……俺は今、先輩のおかげで生きてます。先輩のおかげで家族ができます。全部、…全部先輩のおかげなんです。…だから、先輩が言った、最期の言葉を否定できなかった俺が、悔しいんです…」
青年は悔しそうに口を歪め、下を向く。
「俺、心のどこかで先輩のせいにしようとして、先輩が最期に『責任は自分にある』って俺の失敗被ってくれたのに…俺は、責任なすりつけて、逃げて…」
青年は、膝に置いていた拳を強く握り締める。
「…先輩。俺、あの時の謝罪はしません」
「だから、代わりに死ぬまで感謝し続けます」
その表情は、殺し屋としての顔つきが似ても似つかないほど清々しい笑顔だった。
****
青年は、夕暮れ時になるまで思い出話を語った。
「もう、時間ですね…」
そう言って、青年はおもむろに胸元からタバコを出す。
箱の中から2本のタバコを出し、火をつける。
「…これで、先輩と吸う最後のタバコになりますね」
1本を自分の口に咥え、もう1本を墓の前に置く。
「先輩。ずっと尊敬してました!…多分、これからもずっと、世界で1番尊敬してます!……親のいない俺に文字の読み書き、計算、善悪の区別、タバコの吸い方…生きるために必要なことも、必要ないこともあわせて、全部…教わりました」
「俺は先輩にとって、世話の焼ける後輩だったかもしれません。けど…もし。もし!先輩にとって、頼れる後輩…いや、家族みたいな存在になれていたらいいなって、思います」
青年はタバコを手に持ちながら、今日初めて大きな声で話した。
「…先輩の答えが聞かない時に聞いちゃ、ズルですよね……」
今度は落ち着いたようで、タバコを持ってない方の手で頭を
その時、強風が吹いた。
砂埃から目を守るため、視線を
青年が持ってきた花束の中にあった、その花だけが青年の前に飛んだ。
「これって…」
そこにあったのは、マリーゴールド。
「…ずっと、あの知識は必要ないって思ってたのに……」
マリーゴールドの花言葉は「気品」「変わらぬ愛」そして、「信頼」。
「…先輩は、俺を信じて、くれてたんですね。…なのに、俺は……」
嬉しいはずなのに、青年の声色は落ち込んだままだった。
「…先輩、すみま——ッ!」
もう1度強風が吹き、青年はハッとする。
「すぅ……。先輩、ありがとうございました!」
大きく息を吸い、ハッキリとした声で感謝を告げる。
深く、深く頭を下げながら。
その表情は、全て吹っ切れたような表情だった。
「あっ…」
青年の前には、いつのまにかもうひとつ花があった。
「スイートピー?確か意味は、永遠の…別れ…」
その瞬間、青年の表情が大きく変わった。
口の中心と、目が持ち上がり、
青年は顔を上げ、タバコを咥えてから呟いた。
「…先輩、このタバコ、目に沁みますね」
鼻を
「…先輩。天国…いや、地獄でお土産話を待っててくださいね!」
青年は、泣き笑いのような表情でその墓から去っていった。
****
ある丘の上。
町から遠く離れ、人が寄りつかないような場所にその墓はあった。
石が立てられただけの墓。
名前も貼られていない。
墓だと言われるまで気づかないようなものだ。
おそらく遺骨も埋まっていない。
ただ、その周りには死者を
先輩に花束を 黒丸 @kuromaru0522
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