第3話 門出というより破門
「採算が……俺はもう駄目かもしれん…」
「私はベンディーさんが悪いと思いますけどね。
むやみやたらに口約束はするものじゃないです」
何やら算盤のようなモノを取り出してパチパチしているベンディーさんを尻目に、私は夕食をご馳走させてもらっていた。
グリーンピース?が入ったコンソメ風なスープと
パサパサなパン。けれど数々の不可思議な現象で疲れ果てていた私の身体にはそれはそれは極上のご馳走だった。
私はようやくひと段落して、これまでの事を思い返す。
この世界は地球じゃなくて、ここにいる誰かが私をここに招き入れた。…理由は分からないけど。
帰るためには私も魔法を使う必要がある。
でも私の体の中にある魔力?はこのお店の杖では到底扱えないほどの代物らしい。杖が使う人を選ぶ事はありそうだけど、まさか私が杖を選ぶ側だなんて……
それに考えれば考えるほど謎は増えていく。
なんで言葉が通じるのだとか。言葉は通じるのに文字があまりに壁画すぎて読めないとか。
見た目のこととか…なんか……
……ねむたくなってきたなぁ
お腹が膨れたからか、副交感神経が働き始めてきた。ここに来てから一度も落ち着けなかったし……眠気が限界突破してる。
そうだ…大事な事を伝え忘れていた
「ベンディーさん…ありがとう…ございま…ぅ」
感謝の言葉を述べると共に私は
深い深い眠りの底へと落ちていった。
何かが聞こえる。
これは…泣き声?
前…いや後ろから?何も見えない暗闇に
ただそれだけがこだまする。
"だれか、そこにいるの?"
わたしの口から言葉がつぐまれる。
わたしから?どうして?
わたしは何も喋ろうとしていないのに
わたしの後ろから声がする
"なみだが、ぼくのなみだが。かのじょに
とどいたんだ。おくって。おくって。
おくっておくっておくってあげてあげてあげて
ぼくは、なにひとつわたさなかった
だからこれは、あがない。
きみはかたちをうしなってしまった。
だからずっとずっとおくってきた。
やっと。やっと。きみにとどいた
だから──────
「……ぅ…ん」
鳥のさえずりが、聞こえる。私は気がつくとベッドの上にいた。窓から漏れる光が今が朝だと告げている。
「…へんな夢」
私はベッドから抜け出して、寝室を出た。
おそらく私が寝落ちした後ベンディーさんがここに
運んでくれたんだろう。お礼を言わなくては。
部屋を出て突き当たりに下りの階段が見えた。
ここはどうやら二階らしい、下ろうとして、止まる。
下の方から何やら喧騒が聞こえる。
一人の声はベンディーさんの声。
じゃああと1人は誰?
恐る恐る階段を下ると剣を携え甲冑にその身を包んだ男の人がベンディーさんの正面に立っていた。
顔は甲冑で見えないが、その重厚さからは威圧感を感じる。
「だからその杖はもう無いと言ってるだろう!
だいたいあんたのとこのお抱えは魔法が
使えねぇじゃねーか!杖なんて必要ないだろ!」
「ベンディー殿。誤解のないよう伝えるが
杖を欲しているのは彼女ではない。
彼女は魔法使いではなく刻印師だ。そして買い手
の付いた杖を受け取るための遣いとして私はここ
に赴いた。
…しかしその杖を紛失したというのであれば
ベンディー殿、それは貴方の過失ではないか?」
ど、どうしよう。盗み聞きしてしまったけど。
たぶん悪いのはベンディーさんな気がする!
というか全然大丈夫じゃないじゃん!?
買い手の付いた杖を私に粉砕させてたの!?
「それは…」
ベンディーさんが口ごもる。
図星というか後先知らずというか…
「待ってください!!」
このままいけばどうしようもなくなりそうなので
私は2人の会話を遮った。
「…ベンディー殿。彼女は?」
甲冑の男の人はどこか気まずそうに、まるで
他人の修羅場に紛れこんでしまったかのような神妙な声音でベンディーさんに問いかけた。
「客だよ。邪推すんじゃねぇ!」
「……………して、貴女はいったい?」
たぶんかなりの言葉を飲み込んで男はそれだけを口にした。
「私はエクラです。このお店にある殆どの杖を破壊
したのは私です!ですから、ベンディーさんに
罪はありません!」
…いや、自分で言っててそりゃないだろと思った。
十割ベンディーさんが悪いと思う。だって
壊していいって言ったのはベンディーさんだし。
それでも一宿一飯の恩があることも確かなので、
私はベンディーさんの顔を立てることにした。
「エクラ!何言うんだ!こんな野郎の言う事
間に受ける必要なんかねぇんだぞ!」
とベンディーさんが告げると同時
「へぇあなた、エクラさんって言うんですね」
「「!?」」
突然虚空から女の人の声が聞こえて私とベンディーさんは甲冑の男の人を見やる。
よく聞くと、声の方向は甲冑の彼が胸元につけているブローチから聞こえている。
「エクラさん。あなたが杖を破壊したというので
あれば私は杖の買い手の方に謝罪をしなくては
なりません。どのような経緯であれ仕事に
支障をきたせば責任は取るのはそれを手掛ける
私たちです」
「うっ……」
何も言えない。名前も、何なら顔すら知らない人からのガチ説教が始まってしまった。
おそらくこの声の主が、さっきの会話で出ていた
"刻印師"という人なのだろう。
しかしこの人の言うことは至極当然の事だった。
ベンディーさんはどこかおかしい。人様に売りつけた杖は取っておいてよ。私に破壊さすなよ。
「ですが」
とブローチの人は告げる。
「あなたの内に秘めるその魔力。それに魅了されて
しまったベンディーさんの気持ちも分からなくは
ありません。正直、今あなたを目の前にして
私も垂涎しています。食べちゃいたいくらいで
す。ふふ、ふー………
………………失礼」
前言撤回。この人もヤバい人だ。なんならベンディーさんよりもヤバいかもしれない。
「杖の事については私が買い手の方と話しをつけて
おきます。
なのでその代わりに…エクラさん。
私のところに来てくださいませんか?
悪いようには致しませんので♡」
私の頬に冷や汗が流れる。甲冑の人もどこか憐憫を
帯びた瞳で私を見ている、気がする。
「あの…ちなみにそれ、断る事って…」
「当然断ってくださってくれても構いません。
しかしもうベンディーさんのお店とは
友好的な関係は結べないやも……?」
私はベンディーさんの方に目をやる。
ベンディーさんはサムズアップのジェスチャーをした。おそらく、行けと。私は首を思いっきり横に振り泣きの懇願をする。
無理だよ!あの人絶対生者の魂を喰らうタイプの人じゃん!!行きたくない!!
「───では、道中の警護は彼にお任せします。
険しい道のりやもしれませんがどうかお気を
つけて。…生エクラさん。楽しみにしています」
「ははは、はは……はぃ。よろしくお願いします」
死んだ目でそう答える私と隣にいる甲冑の彼。
二人を乗せて、店の前で停められていた馬車が動き出す。
あのあと私は結局。場の流れに流されて、出荷されることになった。
ベンディーさんには私特性のパンチを入れておいた。それでも、これからの私の末路に比べれば足りないぐらいだ。許せない。
こうして私の旅路は、ドナドナから始まった。
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