31.鍵盤奏でる呪言

「あいつ妬根じゃないってよ」

「そりゃあお前みたいな奴が飛び込んで来たら拒絶するわ。バーカ」


 皆人の罵倒を口火に皆から蹴りがお見舞いされる。


「あはははは! もうっ、あんたほんとに最高!」


 皆人は涙を流す程笑う桜を促し、強を縛り上げさせた。

 猿轡を嵌め、それを椅子代わりに第2の会議が始まる。


「さて、あほのせいでいろいろと面倒な事になった訳だが?」

「強君が初手から転ぶなんて今に始まった事じゃないでしょ?」

「むしろ最初に足を引っ張られる所からが始まりみたいなものですわよね」


 仲間が揃えてうんうんと頷く。

 それが強という男の共通認識であった。

 早くもここまで皆から理解をされている事に感銘すら覚える。

 それを聞いていた桜は可哀想な者を見る目で皆人達へと語りかける。


「あんた等苦労してんのね」

「君ももうその一員なんだけどね……」


 なんて喋っていると先程来た道から扉が開く音、桜はすかさず鞄からコンパクトミラーを取り出すと廊下を映し出す。

 そこには顔だけ出して辺りを見回す彼女の姿があった。


 しばらくして彼女は引っ込むと同時に桜はミラーを閉じた。


「吹奏楽部の話を聞くに相手は十中八九妬根さん。あほのせいで当然警戒心は強い、普通に聞き込みに行っても他人のふりをされるだけか」

「もう普通に吹奏楽部連れてきて聞いた方が早くない?」

「なるほどね。……ちょっと待って、それを最終手段としてその前に一つ試していいかしら?」

「良いけどどうするんだ?」

「こっちも他人のふりをするの」


 桜はそれだけ言い残して扉の前まで歩みを進め、皆人達はそれを見守る。


 演奏はもう再開されていた。軽やかなタッチで弾かれるそれはさながら草原を風が揺らす明るくも少し寂しげなモチーフ、桜は一通りそれを聴くと自分のタイミングで扉を叩いた。


「はい」


 淡白な返事だけが返ってくる。先程の事があったせいで当然警戒されている。


 桜は扉を少し開けると相手の発言を許す前に頭を下げた。


「ごめんなさい。どうしても吹奏楽部で電子ピアノが必要で! 申し訳ないんだけど妬根さんに貸してるそれ返してもらって良い?」

「えっ? あ、私こそ吹奏楽部でも無いのに借りちゃって……どうぞ持ってってーー」


 彼女の言葉は途中で止まる。不穏な空気を感じたからだ。だが時既に遅し、作戦通りと桜の口角が上がる。

 それに気付いた彼女はしまったと顔を歪ませた。

 同時に桜はタックルを受け、吹き飛んでいった。代わりに再登場したのは求平強である。


「やっぱりお前が妬根じゃねーか!」


 もう自由になった強は止まらない。逆上した桜を右へ左へ、捌きながら教室へ入っていく。

 勢い付いた強に皆人達も続いていった。


「な、何々!? そんな大人数で私に何の用!?」

「何で妬根じゃないって嘘ついたんだ?」

「そりゃあ、あなたみたいな怪しい人が来たら関わりたくないでしょうが!」

「それはそう」


 皆人はツッコミを入れつつ彼女を見る。

 下ろした前髪を右に流し、キュートなおでこがトレードマーク、ブラウンカラーのロングヘアーで少しつり上がった目つきが特徴、それが妬根だった。

 妬根は強一派を訝しんでいる。それも当然である。

 警戒心は強く、まるで人間嫌いの子猫のよう、まずは彼女の警戒心を解かなければならない。


「妬根さん」


 ローズが満を持して前に出た。確かに下手に皆人が行くより同じ女性の方が良いだろう。

 桜はもう妬根に仕掛けた側なので論外だ。何か策があるローズに任せるしかない。

 皆人は彼女に絶大な信頼を置いている。状況次第では彼女のサポートに全力で回る覚悟だ。

 ローズの出方を伺っていると彼女は胸元に手を入れ、大量の札束を取り出した。


「お金なら有りますわよ」

「お前はもう帰れ」


 無かった事になれと一縷の望みを乗せてローズを外に放り投げる。

 こうなったら自分でやるしかないと皆人は腹を括った。


「ごめんな。こいつらまともじゃないんだ」


 少しずつ対話でその凍った心を溶かしていくしかない。

 それが皆人にできる唯一の道。


「何で私を探してたの?」

「そりゃあお前が面白いと思ったからだよ」

「このバカ……!」


 地道に攻略を計る皆人を強が横から打ち砕く。

 強が表に出ることで妬根の目つきが更に鋭くなった。


「面白い? 私が?」

「俺は特別な人間を集めている。妬根もそこに入れる逸材だ!」


 相変わらずの上から目線、普通に聞いていれば不快度が増すだけのこのスピーチ、だが強の口からと聞いた一瞬、妬根が反応したのが皆人からは見えた。


「特別って何よ。あなた達の何が特別なのよ!?」


 それを聞いて強が皆を一列に並べる。そして一番端のムックの肩に手を置いた。


「ムックは無限の胃袋を持っている」


 何かが勝手に始まった。途中で途絶えたそれに続けろと強がウィンクで合図する。

 次の桜は少し考え、発言するとそれを皮切りに流れが作られていく。


「秒で縛れる」

「夢力を溜めれる」

「……ツッコミができる」

「金がありますわ!」


 こう聞くと特別集団である。

 そして最後に強は前に出るとその言葉で締め括られる。


「皆を統率するリーダーシップがある」

「どこがじゃああ!!」


 総ツッコミである。

 怒りが籠った蹴りは強をノックダウンするのに二秒とかからなかった。

 このオチまでの一連に妬根はクスッと笑う。

 時にはゆっくり溶かすよりも早く割る方が正解な事もある。

 結果的に正解を引いただけだが強の無鉄砲さには敵わないと皆人は感じさせられるのだった。

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2025年1月10日 17:00
2025年1月11日 17:00
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そしてB型の世界が始まる ぞっぴー @zokubutup

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