30.鍵盤奏でる呪言

「ピアノ弾いてるなら適当に歩いてれば聞こえるんじゃないか?」


 強のなげやりな言葉に直ぐ様反応したのは桐人だった。

 彼は溜め込んでいたものを吐き出すかのように伸びをする。


「電子ピアノでしょ? 音量調節もできるだろうし、充電式だったら外でも使える。折り畳みだから持ち運びも容易ってこと考えると、この学校内で探し回るのは骨が折れるかもね」


 ただでさえこの学校は大きい、桐人の考察は完璧であった。誰も口を挟む事ができない。


「一番確実なのは返却に来る所を出待ちする事だけどーー」

「それは却下だ」

「だよね。現行犯じゃないと【鍵盤奏でる呪言】か分からないもんね」

「じゃあ人海戦術が一番じゃないんですの?」

「いや待って、少し予想してみるよ。もし僕が人気のない所で演奏するならーー」


 覚醒した桐人は星に自分を当て嵌め、思考を巡らせる。

 ここは桐人に任せよう。そう思った仲間達は静かに答えを待った。

 そんな中ただ一人、ムックが皆人の袖を引く。

 皆人は目線を合わせつつ静かに彼に話しかけた。


「どうしたムック? 今桐人が考えてるから静かにな」


 そう語りかけるがムックは首を横に振った。皆人はその真意を読み取ろうとするが一向に分からない。

 それを傍目で見ていた桜は何かに感づいたようだ。膝を折りムックに目を合わす。


「もしかして見つけた?」

「えっ?」


 ムックが首を縦に振る。そして指した先は音楽室とは真反対の廊下の先。

 そこにあるのは多目的室、確かにこの時間なら使う人はいない。


「行ってみよう!」


 ムックに続いて強達は駆け出した。

 取り残された桐人の肩を皆人が叩いて慰める。


「ドンマイ」

「べ、別に悲しくないもん……」


 やる気が空回りに終わるなんて良くある事、桐人は精一杯強がるのだった。


 最初の距離からは微塵も聞こえてこなかった音が少しずつ音量を上げていく。

 多目的室の前まで行くとそれはハッキリとしたメロディーで奏でられた。

 ソフトタッチの優しい、川のせせらぎを現したかのような曲調。

 これが【鍵盤奏でる呪言】かは分からないが誰かが鍵盤を弾いてるのは確かだ。


「ここにピアノは置いてないよな?」

「多分ね」


 二部屋ぶち抜いた多目的室の扉の前で聞き耳を立てるがそのメロディーライン以外は何も聴こえない。

 だがこのまま突入しても証拠も何も無ければ意味がない。


 どうするか頭を悩ませているとその癒しのメロディーが徐々に不穏な方面へ寄っていく。

 あれだけ優しかった川がだんだん濁流へ呑まれていく。

 一転、それは激しさを増し魂を燃やすかのように鍵盤を叩き始めた。

 と、同時に声が上がる。


「ふっざけんなぁ!」


 一瞬、ピアノの音量が跳ね上がり怒声が掻き消される。

 鬼気迫るその迫力に強達は揃って扉から跳ね退けた。


「あれだな」

「あれね」

「あれですわ」


 疑心が確信へと変わる瞬間であった。

 尚も激しい曲、下がった音量に合わせて何かが唱えられる。


「だいたい脳死で強い技だけ擦って勝とうってのが甘いのよ! 反射と思考を合わせなきゃ上には上がれないっての!」

「……何の話だ?」

「さぁ?」

「勝ちを確信した時だけ煽ってくんな! 性格捻じ曲がってんのかぁ!」

「何かすげぇ盛り上がってるぞ」


 確信したのは良いが入るタイミングが見あたらない。

 下手な出方をすれば地雷を踏みかねないだろう。


「まぁとりあえず行ってくるわ」

「待て待て!」


 扉に手を掛ける強を皆が一斉に押さえ付ける。

 慎重にならねばいけない時、行かせてはならない筆頭が自ら動こうとしてくるのは厄介極まりない。

 じたばたする強を扉から引き離す。


「大丈夫だって、二度も同じ轍は踏まんさ」


 そう言っている強を信じきれる奴など仲間内にはもう居ない。

 ここは無害そうな皆人や桐人が行くのが無難だがいかんせん攻め方が分からないので動きようがない。

 まず前提として彼女はその言葉を誰にも聴かれたくない筈だ。

 明確な攻略法が無い以上どんな方法をとっても失敗する未来しか見えない。


「まぁ任せろ! 見事に奴の心を開いてやるよ。お前等みたいにな!」


 強は振りほどくとそう言い放った。

 誰が強に心を開いたか、誰もその感覚が無いので頭に?を浮かべている。

 けどそこまで言うならと、皆は送り出す事にした。もう自棄である。

 勝率は10%以下、相変わらずリーダーに信用は無い。


 強は扉を少し開け中を確かめる。

 そこには胡座を掻いて前のめりに電子ピアノを打ち込む女子高生が居た。

 心の中で数を数える。強は覚悟を決めると一気に扉を開いた。


「あと勝率下がるし、ペナルティ負うのにーー」

「たのもーーう! お主が妬根だな!」


 そんな第一声に桜は笑い、皆人は外で頭を抱えていた。


「……いえ、違います」


 キッパリと言い切られるが尚も強は食い付く。


「……お主が妬根さんだな!」

「……いえ、違います」


 時が止まる。ピアノも奏でるのを止め先程までと打ってかわっての静寂。

 強は少しばかり考えた後、


「こりゃあ失礼しました」


 そう言って扉を閉めると先に皆が退避した階段の踊り場まで後退するのだった。

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