29.鍵盤奏でる呪言
放課後、強達は再度集合していた。一向に来ない桐人を叩き起こし、今はテラスで話し合いの最中だ。
桐人はあの桜との一件以来、やる気無しモードに入っている。スイッチが入らなければてんで駄目なようだ。
と言ってもムックは相変わらず食べ続けているし、桜も縄を弄りながら何か思案している。
ちゃんと話をしてるのは強と皆人とローズだけだ。
「妙案があるって結局何ですの?」
「ふっ、よくぞ聞いてくれた。見返してみな! 鍵盤奏でるとは……こいつはピアノを弾いている!」
「だろうな」
「ということは星は音楽室だ!」
この場合の星とは警察用語で犯人を指す。今日のおちゃらけ劇団は刑事役らしい。
「じゃあ【鍵盤奏でる呪言】は吹奏楽部の誰かだと?」
「可能性はあるな」
強はこの謎も人為的な物だと決め付けているようだ。今までの流れを読み解くとその通りなのだが誰も怪異的な物だとは微塵も思っていない。
最早謎探し改め人探しに成り下がっていた。
「どうすんだ? さすがに桜の時とは訳が違うぞ。部活の邪魔をしてまではやらないよな?」
「その通りだ。だから今すぐ行こう」
部員が集まる前に、部活が始まる前に、強達は聞き込みに行くことにした。
北校舎最上階の片隅に防音が優れたその教室はある。
乗り気では無い残りを引き連れて先頭の強はその扉を開けた。
「すいませーん、呪言師居ますかー?」
「巨傲チョークスリーパー」
「ぐぇぇ!!」
第一印象から会話の場をぶち壊す強を押さえ付けローズが首に腕を回す。
引き倒れる強と入れ替わりに皆人が音楽室に入っていく。
「あら? 何かご用?」
おっとりとした白髪の女性が皆人を迎えた。
おそらく吹奏楽部の顧問であろう。
初手を盛大にミスっているせいで部員の目が痛い。警戒度が上がっている。
皆人は少ない時間で思考を巡らせる。
ここは時間を掛ければ掛ける程悪手。
「新聞部の者なんですけど、只今摩訶不思議な噂を集めてまして~けんば……ピアノに関する事なんですけど……」
嘘八百を並べその場を偽る事にした。
皆人はそう語りながらグランドピアノに目を向ける。その目線の先に部員が注目する。
「このピアノは誰が弾きますか?」
皆人の質問に手を上げたのは女生徒3人と顧問の先生。
皆人は頷くと続ける。
「ピアノから変な音、もしくは……声みたいなものが聞こえたりしませんか?」
「それって怪談的な事?」
「まぁそんな所です。弾いてたら何か違和感を感じるとか……他の人から見ておかしいと思う事とかも無いですか?」
答えはノー、皆揃って首を振る。
これ以上下手に踏み込んでも無駄に不安を煽るだけ、どうするか頭を悩ませている皆人を前に顧問の先生が口を開いた。
「ピアノって音楽室のピアノの事なの?」
「……と、言いますと?」
「体育館にもグランドピアノは置いてあるし、倉庫にも古いピアノを仕舞ってるわ」
皆人はその言葉でハッとなる。盲点だった。
確かにそれなら吹奏楽部でなくとも弾けるし、今思えば今回の七不思議は場所も時間指定も無い。
音楽室の防音設備なら朝こっそり弾いてもバレない可能性もある。
もちろん、目の前の人物達が何か隠している可能性も否定はできない。
ピアノと勝手に思い込んでいるが実際は『鍵盤』だ。そう考えると選択肢は他にも生まれる。
安易に思考を緩めてはいけない。
【眠る男】と同列に考えていたら痛い目を見るかもしれない。
皆人は心の帯を締める。
そうしていると一人の女生徒が思い出したかのように手を上げた。
「そういえば
その発言に呼応するかのように次々と声が上がる。
「確かに綺麗な音色に隠れてるけど何か聴こえる……気がする」
「僕は通りかかった時、はっきり聴いたよ。
ここへ来て状況が一変する。この有力な情報を逃すわけにはいかない。
皆人は即座に食らい付いた。
「ちょっと待って! その妬根さんって?」
「妬根さんは吹奏楽部じゃないんだけど凄くピアノが上手なの! たまに吹奏楽部の折り畳み電子ピアノを借りて何処かで弾いているみたい……ね? 先生」
「確かにあれもピアノね。彼女の腕前は素晴らしいから是非入部してほしいのだけどね」
吹奏楽部の話で急浮上する妬根という女生徒。
まだ確信までは至らないが確かめる価値はあるようだ。
「妬根さんって何処に居るか分かりますか?」
「妬根さんなら今日偶然電子ピアノを借りてったわ。何処で弾いているかは分からないけど人があまり来ない場所を探せば見つかるんじゃないかしら」
「ありがとうございます! 探してみます」
皆人は頭を下げ、音楽室を後にした。
扉の前で待機していた強達、強自身は突入しようとしていたらしいがローズが懸命に止めていた。
下手に横槍を入れられると話が破綻する恐れがあるしまだ話題の中心にいる強がいるとややこしくなるので大正解だ。
皆人達は持ち帰った情報を手に【鍵盤奏でる呪言】の捜索に乗り出すのだった。
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