28.鍵盤奏でる呪言
「次の目的だがーー」
「くうちゃん、クリーム付いてますわよ」
「僕はご飯食べた後は夢力溜めなきゃだから、おやすみー」
「相手を詰める新しい一手思い付いたんだけど試してみて良い? ねぇ? 良い?」
「皆人助けてくれ」
「お前が集めたんだろが、自分で何とかしろ」
強を含め自由人な連中だ。
我が強すぎて一纏めにするのも苦労するだろう。
強が振り回される側に立つのは珍しいので皆人は傍観することにする。
たまには俺の気持ちも思い知れと私怨も含めて。
「よし、灯に杏子よ。次の目的はなーー」
「そっちに逃げるな。帰ってこい」
「分かった。じゃあ次の目標を発表します!」
「いたーい!」
「痛いですわー!」
強はローズと桜の頭を小脇に抱え戻ってきた。
ただでさえ目立つ面子にこの騒ぎようでは注目してくれと言わんばかりだ。
周りの「あれが例のカップルよ」とか「人前でイチャイチャしやがって……」なんて声がちらほら上がり出す。
端から見ればこれが桜とイチャイチャしてるように見えるらしい、そこに関してはどうでもいいが早くこの場から去りたいので強が指した巻物に目を移す。
「次の七不思議は【鍵盤奏でる呪言】だ!」
【鍵盤奏でる呪言】美しい音色に誘われたが最後、聴いてはいけない呪いの言葉。それを唱え終わる前にその場から離れることだ。アナタが呪われる前に……。
「初めて怪談っぽいのが出ましたわね。今までのはやれ【亀甲乙女】だのやれ【眠る男】だの、何だかネタに走った感じでしたのに」
それは【放課後の哄笑】にも言えるわけだがローズは見て見ぬふりするようだ。
「ローズ、あんたまたあたしと戦いたいようね?」
「あら? 良い食後の運動になりますかしら?」
「そういうのはいいから」
強は二人の間に割って入ると、
「今回のは俺に妙案ありだ! と言うわけで放課後ここに集合な!」
話をそれだけでぶった切ってそそくさとその場を後にするのだった。
ギャラリーが鬱陶しくなったのだろう。脱兎のごとく去っていく。
「俺ももう教室に戻るよ。皆は?」
「わたくしはくうちゃんが食べ終わるまで待ちますわ」
「私達も久美ちゃんを待ちます」
「あたしはあいつを追い掛けて技かけてくる」
「お、おう。桐人は?」
「………………」
「……死んでる!」
「寝てるだけだよ」
予鈴が鳴れば起きるだろう。その場はローズ達へ任せて皆人は席を立つ事にし、その横を颯爽と桜が通り抜ける。
閃いたら試してみないと気が済まない。そんな性分の彼女は強の後ろ姿を見つけると一気に床を踏み抜いた。
「殺気!?」
震え上がる寒気に強のセンサーが反応する。
バタバタと追って来る桜が目に入ると強はスピードを上げ中庭へ飛び出した。
「逃げるなぁ!!」
「何で追って来るんだよ!」
「愛ゆえに」
「やかましい!!」
このまま捕まると尊厳を破壊され民衆に晒される事は必至。
絶対に捕まるわけにはいかない。
(くそ! イチャイチャしやがって……)
(見せつけてんじゃねーよ)
(間に飛び出したら咄嗟に縛られないかな……)
周りの目なんて気にしてられない、助けは来ない、自分の力で逃げきるしかない。
「あいつ速いわね! 仕方ない!」
少しずつだが距離が離れていく。追い付けないと判断した桜は急ブレーキを踏むように足を止めた。
諦めた訳ではない。強は後ろを振り返る。
そこには重りを先端に付け、縄を振り回している桜、あれは強に敗れた技の一つ。
「敗北から学んでちゃんと吸収するあたし偉いでしょ!」
瞬き一つ許されない状況、もちろん強は目線を全く外さない。
そのせいで強は走りながらも前を確認していない。前方に人が居る事に気付いていない。
「くらいなさい!」
桜の手からそれは放たれた。強の首に向かって。
強は反射的にダッキング、頭を下げてそれを躱す。
「おまっ! 殺す気か」
「まだ練習中なの!」
「嘘つけ! 首狙ってただろ!」
強は足を止め、縄の先を目で追う。
間一髪、そのお陰で真後ろにまで迫った人物に飛び込まなくて済んだ。
その代わりに縄の魔の手がそこに居た巨人へと迫る。
その巨人は咄嗟に右手で重りを受け止めた。
「チャンス!」
桜は腰を落とす。そして一気に縄を引いた。
「お前はあの時の!」
「お前等周り見て遊べよ。すげぇ迷惑だぞ」
そこに居たのは図書室で強に助太刀したモヒカンの巨人。
男は強の顔を覗くとそこで気付いたようだ。露骨に顔を歪ませる。
「げっ! お前求平強か!」
「おっ? 俺の名前わざわざ覚えてんのか? 記憶力が良いのか? それとも俺に惚れたんか~?」
「ぶっとばすぞ! お前はそこの女含めて有名人だろうが! 嫌でも名前を聞くんだよ」
巨人が凄むが強は軽くそれを躱す。彼の優しさにはもう触れているのでなんてことはない。
強は首を振って彼に歩み寄っていく。
「仕方ないなぁ。今度こそお前の名前を聞いといてやるよ」
「お前は話を聞けよ」
「いいから教えてくれよぉ」
「鬱陶しい……鉄将だ。
「おぉ、教えてくれんだな」
「お前がしつこく聞いてきたんだろ。もう俺に絡むなよ」
「鉄将から来たんだけどな」
「うるさい、馴れ馴れしく呼ぶな」
鉄将は持っていた縄を捨てると踵を返した。
「てっしょーう! また今度なーー」
振り返らず鉄将は校舎へと戻っていく。
それを見送る強の横から縄を回収しながら桜が顔を出した。
「ねぇあいつ何者?」
「よく知らんが優しい奴だよ。怖そうに見えるけど」
「あいつ……ヤバイわよ」
桜の険しい顔を見て、強は首を傾げた。
「何が?」
「私はあの男に縄が掛かった時引き倒そうと思ったの。あんたを捲き込む為にね」
「お前そんなイカれた事考えてたのかよ!?」
「……けどね。1㎜も動かなかったの。本気で引いたのに」
あの状態の桜が負けた事など今まで一度も無い。
善戦した奴はいてもあそこまで完全に負かされた事など初めての経験だった。
鉄将が少しでも引けば自分が前にすっ飛ぶ事は想像に難くない。
「悔しいわね。この学校にはまだあんな化物が居るのね」
「そうだな。面白い男だよな」
「そうね……まぁ良いわ。捕まえた」
「……お手柔らかに?」
この後、身を翻した強は反撃虚しく吊られてしまうのだった。
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