26.亀甲乙女
胃もたれしそうな程の濃い一日を終え、何故世の中はまだ休日ではないのか。
昨日の疲れを引き摺りながら皆人は金曜日を迎えていた。強やローズに比べれば自分などまだマシだとも思うのだが捲き込まれている側なのでここはトントンとしておく事にする。
「おう、普済! これ見たか?」
「おはよう秋山」
席に座るなり、秋山が出してきたのは二枚の紙とスマホに映った金敷高校のホームページだ。
「見たも何も当事者の一人だ」
「じゃあこれは本当のあった話か」
「所々改変はしてるけどな」
そう語りつつ皆人は紙に目を落とす。
紙はゴシップ部の号外と新聞部の定期新聞だった。
朝、校門前でゴシップ部と新聞部がいがみ合いながら配っていたものだろう。
当然どちらとも昨日の事件についての詳細が書かれていた。
ゴシップ部は号外として突発的に生徒に記事を配っている。
新聞部は月に一回、集めた情報を一つの新聞に纏めて配っているのだが今回の新聞は少し特殊らしい、強の事がでかでかと載っているのだが逆にそれ以外の情報が少なすぎる。
新聞部はメインも立てつつ他もバランス良く仕上げているらしいのだがどうにもいつもより早出ししたせいか上手いこと纏まっていない。
「まぁ多分ゴシップ部に先越されたくないからこうなったんだろうな」
「秋山は何でそんな事分かるんだよ?」
秋山も皆人と同じ新入生の筈なのだがこの学校の情報に関して一つも二つも先を行かれていた。
皆人は「情報戦を制した者がこの世を制するんだぜ」と情報屋気分に酔いしれている彼を宥め、答えを早めた。
「図書室にさ、新聞部とゴシップ部が今まで出した記事が纏められている冊子があるんだよ。結構面白いぜ。ネタ被りすると新聞部の内容がガッタガタになるんだ」
一部一部にフットワークが軽いゴシップ部とは違って新聞部はどっしりと構え丁寧に細かく纏めて掲示するのを得意としているらしい。
だが情報は鮮度が命、特に世俗的なネタなぞ若者の格好の的だ。
細かく確実に情報を書く新聞部の利を捨ててでもゴシップ部には負けたくないのだろう。
昨日の彼女等のやりとりで負けん気が充分に伺えた。
逆に言えばそうなる程の事件だったと言う訳だ。
一色桜が入学からどれだけ注目されていたのかが良く分かる。
新聞部の見出しはこうだ。
『あの一色桜敗れる』
入学当時から金敷高校を騒がせた美少女こと一色桜、彼女との試合に勝てばお付き合いが認められる通称『果たし愛』幾人も失敗してきたこの恋愛試合にとうとう土をつける猛者が現れた。
それは名がある格闘家ではなく無所属の一年坊であった。
一年B組求平強、彼の名はこの日に刻まれた。
彼は一目惚れからの一心で我武者羅に勝負を挑み、その栄誉を勝ち取った。
彼の趣味は自販機の下の小銭漁り、初デートは町中の道場に喧嘩を売りに行くそうだ。
このカップルの行く末が楽しみである。
との文章と共に縛られた強の盗撮写真が掲載されていた。
目立ちたいという彼の目的は望んだ形ではないが果たされたようだ。
恐らく訴えたら勝てるだろう。
「求平の趣味いかついな」
「捏造だぞそれ」
次にゴシップ部の記事に目を落とす。
写真は撮る位置が違えどまったく同じ写真が使われていた。
『一色桜畳に沈む』
入学式から数日、突如呼ばれ出した知る人ぞ知る『果たし愛』この突発的に生まれたイベントはある界隈では賭けの対象になっているとかいないとか。
そんな学生の本分を忘れさせてくれる一代イベントに早くも終止符が打たれた。
彼は「お前に一目惚れした。俺と勝負しろ!」といきなり試合を仕掛け襲い掛かった。
一色桜はこの日調子が悪かった訳ではない。だが彼女は敗れた。
そこに居合わせた男子生徒はこう語ってくれた。
「あいつは人造人間だ。いきなり左腕が飛んで一色桜をぶっ飛ばしたんだ」
彼が本当に人間じゃないかは定かではないが彼のいろいろな奇術によって一色桜は遅れを取り、最後はジャーマンスープレックスで畳に沈む事となった。
彼女のファンは未だ多くいるだろう。
だが勝者こと求平強はルールの中でしっかり戦い勝利を納めた。
嫉妬に狂う男子諸君もいるだろう。だが我々は非難ではなく称賛と祝福を送ろうではないか。
それが見守るだけしかできない私達に唯一できる事なのだから。
「さすがにこの記事は捏造って分かるぜ。腕が飛ぶとか女子にジャーマンとか盛り過ぎて笑うわ」
「いや、だいたい合ってる」
「えぇ……」
大まかに目を通した皆人はそれを秋山へ返す。他にも桜が代返した質問集が載っているが見るだけ時間の無駄だ。
最後は金敷高校ホームページだ。これに載ったリンクから広報部の記事に飛べる。
広報部の記事は他二つと違って謙虚であった。
名前もイニシャルだけだし、そんな過激な事も書いてない。
内容も学園のアイドルを一人の男が落としたと綴られていた。
ホームページは外部もアクセス可能なのでその配慮なのだろう。
「そういえば秋山って噂好きだよな」
「何だよ藪から棒に」
「いや、そんな秋山から一色桜の話を聞いてないなって」
思い返せばそんな秋山から【亀甲乙女】の話を聞かないのはおかしい。
いつもなら美少女がいるらしいと真っ先に持って来る話題だ。
その話を振ると秋山ははにかみながら少し俯いた。
「興味本位で首突っ込んだら火傷じゃ済まなかったんだよ……」
「あっ……なんかすまん」
それは秋山にとってとうに終わった話らしい。
皆人は下僕としてこき使われる友を見ないで済んだ幸運に感謝するのだった。
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