25.亀甲乙女
「彼氏さんは桜さんのどこに惚れたのでしょう?」
「そりゃああたし可愛いんで! 一目惚れってやつですよ」
「なるほど、ちなみに初デートはどこへとかはもうあるんですか?」
「そうですねぇ、道場破りがしたいって言ってます」
「なるほどやはりそっちですか」
「もがーーー!!!」
全て桜の代弁である。ゴシップ部はともかく新聞部、お前はそれで良いのかという疑問が残るが皆人には関係ないので知らんぷりだ。
そこからいくつか質問を終え、部長達は満足そうにノートを閉じた。
強からの発言は一言も無かったがネタになるなら何でも良いのだろう。いくら部活名を変えようがマスコミはマスコミなんだなと改めて感じた出来事であった。
もし自分が何かしでかしても絶対に彼女等の取材には応じない。
皆人はそう心に誓うのであった。
「良い記事が書けそうです。強さんも桜さんもありがとうございました。では失礼します。お幸せに!」
三人の会釈に手を振って応える桜、その微笑は善か悪か、どちらとも取れる。
マスコミを追い返した桜は一段落ついたかのように息を吐いた。
周りを見れば彼女等と共に解散する者もいれば恋話に花を咲かせる女生徒、泣き崩れる男子生徒、男泣きして地面を転がる柔道部。
「オーホホホホホ! どうですか強さん、その芋虫のような無力なお姿で足蹴にされる気分は?」
そして何もできない事を良いことに調子に乗るお嬢様の姿があった。まさにこの世の終わり。
そんなことをしていると杏子とチビでか先輩が黙っていないと思うのだが、皆人はチラリと恐る恐る様子を伺う。
そこには意識が半分飛んで立ち尽くす二人の姿があった。
少し開いた口から魂が抜け出ている錯覚さえ見える。
そんな二人を心配してムックが口の中にゼリーを流し込もうとしていた。
彼なりの優しさなのだろうが二人が溺れ死ぬ前に皆人は止めておく。
皆人達がそんなこんなしている間、桜は悲観している男達の許へ歩みを進める。
「男がぐだぐだ泣かない!!」
一喝、先程までが嘘のように場は静まり返る。
「あたしは負けた! だからといってあたしはもう試合をしない訳じゃない、戦いたい奴はいつでもかかってきなさい!」
「い、一色! それって……!」
「果たし愛はもう無いけど……あたしにやられたい奴はいつでも縛ってあげるわ!」
桜のウィンクが男共のハートを撃ち抜いた。
一転、悲しみの涙は一瞬で喜びの涙へと変貌する。
今日一番の変態共の歓声が道場内に木霊するのだった。
「と言う訳で場所を変えましょうか」
「どういう訳だ。話をはしょるな」
戻って来て開口一番これだった。もう一人強が増えた気分に皆人の顔が少し引き攣る。
「おい桜よ。もう一回叩きのめしてやるから面貸せよ」
皆人の横から強がヌルっと顔を出した。
いつの間に、と転がされていた場所を見ると丁寧に縄を巻く桐人と頭を抑えるローズ、それだけで何が起きたか想像に難くない。
「再戦は望む所だけど今日はもう疲れたわ」
「俺の怒りが収まらないんだが?」
非人道的な行いに当然強は憤慨していた。強は顔に出やすいタイプなので意図しない限り感情が分かりやすい。
桜は身をくねらせ下から強を見上げると、
「ねぇ、ゆ・る・し・て?」
少し胸元を下げ片目を瞑った。
次の瞬間、ゴンッと鈍い音が響く。強の拳骨が桜に落ちていた。
相変わらず女にも容赦が無い男だった。
「いたーい! 普通女の子を殴る!?」
「お前を普通に女の子扱いしたら普通の女の子に失礼だろうが!」
「何ですって!? ……まぁいいわ」
一触即発手前、桜は肩を落とすと本当にお疲れのようだ。
怒りを投げ捨て、真面目な面持ちで強へ言った。
「お願いがあるの、話を聞いて欲しい」
その素直な態度に強も毒気を抜かれたようだ。
どちらにせよ先程の一発でけじめは終わっている。彼女の言うように強達は場所を変えることにした。
彼等が移動した先は食堂のテラス席であった。
時間外の食堂は生徒の皆が自由に自習やお喋りができるように常時開放されている。
四人用の丸テーブルに強、桜、ローズ、桐人が座り、隣のテーブルに皆人、ムック、杏子、先輩が別れて座っている。
生気が抜けた二人はムックに手を引かれ、ここまでやって来たが未だ心ここにあらずだ。目が死んでいる。
「さて、話って何だよ?」
「単刀直入に言うわ。あたしと付き合ってほしいの、表面上だけで良いから」
「それってどういう事ですか!?」
「あっ、帰ってきた」
桜の言葉に真っ先に反応したのは杏子であった。テーブルを叩き椅子を吹き飛ばし立ち上がる。
よく見るとチビでか先輩も戻ってきていた。
あたかも平静に話を聞いていたような顔をしているが足先から震えている。誰も騙されやしないだろう。
「勢いに任せた結果、果たし愛なんてのが生まれちゃって……あんたも感情に流されたら駄目よ。お姉さんとの約束ね?」
「お前と一緒にするな」
「お前は同類だよ」
ツッコミにツッコミで返し、流れを1度断ち切る。このままではあらぬ方向に脱線しかねない。
「要するに果たし愛を止めたいからこの俺に偽物の恋人役になれと?」
「その通り、そういう目的であたしに挑んだ訳じゃないんでしょ? なら丁度良いじゃない! 弾除けになりなさいよ。その代わりあんた等の謎探しってのに付き合ってあげるから。……あっ! もしかして彼女とかいる?」
「いや、いないが――」
「じゃあ決まりね!」
勢いで押し通すように我が強い女がまた加わってきた。皆人はムックの口を拭きながらこっそりと杏子達へ小声で話し掛ける。
「疑似恋愛みたいですがお二人的には……」
「まぁ、お互いに愛情が無ければ許容かな……?」
「私も表面上だけなら……って、何を言ってるんです!? 別に私は!」
「そそそそうだよ!? 普済君は何を言ってるんだい!?」
「二人共どうしたー?」
少し熱くなってきた二人の声を聞き付け強がこちらに視線を向ける。
二人は慌てて口元を隠し皆人は「何でもない」と話を切った。
一時はどうなる事かと思ったが何とか平和に終わりそうだ。
あとは強の返事次第な所はあるが……。
「まぁ、良いか……あと三つの謎探し、協力してくれ」
「よし、契約成立ね」
強の方針は決まった。二人は握手を交わしこのお互いの利の為の契約は成されたのだった。
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