24.亀甲乙女

「すいませーん!!」


 道場の扉を開け三人の女子生徒が飛び込んでくる。

 彼女等は押し合い、お互いを邪魔しながら桜の元へ一直線へ向かっていく。


「一色さん! あなたが果たし愛で負けたというのは本当でしょうか!?」


 それが彼女等の目的、手帳を引っ提げて情報収集に余念が無い。

 桜は溜め息を吐きつつ強の方を見る。


「ええ、負けたわ。そこの男にね」


 その発言で三人の顔がグリンと強へと向けられた。

 それはまるで獲物を見つけた虎、鋭い眼光で強へと歩み寄る。

 顔が触れる間近まで身を寄せ、眼鏡を掛けた三人は強へと順番に自己紹介を始めた。


「金敷高校新聞部部長の朝日です。桜さんの敗北を聞いてすっ飛んできました」


 三つ編みを二つぶら下げた大きい丸眼鏡の彼女はレンズの厚さが原因か、その瞳の奥までは覗けない。

 分厚いノートを広げそこには綺麗な字でびっしりといろいろな情報が書き込まれていた。


「金敷高校ゴシップ部部長の春井出はるいでです。いろいろな噂や情報を面白可笑しく捻じ曲げ……ゴホン、もとい皆さんへ届けるのが我が部の活動です!」


 大きい赤リボンで後ろ髪を束ねたミディアムヘアの彼女、赤いフォックス眼鏡を掛けその目は一際鋭い、彼女もまた分厚い手帳を広げていた。

 そこには乱雑に情報が書き殴りされ、所々に付箋が貼られている。


「金敷高校SNS広報部部長の篠瀬しのせです。是非この快挙を学校中に広めさせて下さい」


 髪をお団子一つで纏めた彼女、黄色のおしゃれな眼鏡がキラリと光る。彼女は他二人と違ってスマホ一つの軽装だった。SNS広報部との事なのでメモも電子機器で行うのだろう。

 一際癖のある三人はぶつかり押し退け我先にと強へ詰め寄る。


「ちょっと新聞部退きなさいよ!」

「煩いわよゴシップ部! あなたなんてどうせ話半分であとは捏造するんだから端っこで聞いてればいいじゃない!」

「まあまあ二人共、今更紙なんて誰も読まないって」

「あんた喧嘩売ってる? 売ってるわよね?」


 彼女等の熱意は本物だ。あの強が圧されているのだから。

 それを傍目で見ながら皆人達は呆れた顔を浮かべていた。


「この事件であいつも一躍有名になるな」

「僕も鼻が高いよ」

「お前はどういう立場なんだよ」

「けど、結局強さんはどうするんでしょう? 桜さんとお付き合いなさるんでしょうか?」

「あっ……」


 ローズの発言は主に二人を中心に場を凍り付かせる。

 今その話題は絶対に口に出してはならない筈なのに有能はお嬢様は先の戦いにお疲れなのか空気を読めない無能へと転落していた。

 それか恋路には疎いのかもしれない、本人は口を滑らせた事に気づいていない。


「ご、強君も言ってたよね。に欲しいって! だから男女の関係とかは無いんじゃないかなぁ~~?」


 桐人はいつもより上げた声量で皆人へ話しかける。

 彼なりのフォローみたいだがどうにも棒読みが目立つ。

 未だ杏子と先輩が無言なのがこれまた怖い。

 皆人もフォローに回ろうとしたがそれよりも先に新聞部部長が他二人を押し退け、強へと問題の爆弾を落とした。


「果たし愛で勝ったという事はもちろん二人はお付き合いなさると言うことでよろしいでしょうか?」


 朝日の質問に群衆もざわつく、やはり今のトレンドはそこらしい。

 その為の果たし愛なのだが本人達の口から聞くまではというところだろう。

 強は皆が固唾を飲んで見守る中、肩を浮かして桜の方へ顔を向けた。


「いや、俺は――!」


 その途中で強の首に腕が回され口を塞がれる。

 犯人は一色桜、彼女は言葉を中断させるとメモしている彼女等にこう言い放った。


「もちろん、あたし達は今日から交際を始めます! その為の取り決めです。あたしも彼の良いところを見つけ、二人で幸せな道を歩こうと思います」


 桜のこの言葉に色恋に敏感な女子は熱狂、半分の男子はカップル成立に賛辞を送り、もう半分は泣きながら発狂し膝から崩れていく。

 まるで地獄絵図だ。


 皆人達も開いた口が塞がらない、あの流れで桜からそんな事を言うとは思ってもみなかったからだ。


 更に記者からの質問は続く。


「じゃあえ~と……」

「求平強です」


 口を塞がれた強の代わりに桜が答える。

 強は桜の腕を強引に引き剥がすと何かを喋ろうとしたその刹那、次に目に映ったのは体を縄で縛り上げられた姿であった。

 御丁寧に猿轡まで噛まされ地面に転がっている。


【亀甲乙女】の本領発揮と言ったところか、その動きは構えてなかったとはいえ桐人も見逃すスピードであった。


「んんーー!! うーーーーん!!」


 何か呻き蠢いているが言葉にならない本音は誰の耳にも届かない。


「えぇ……良いんですか? 彼氏さんが――」

「大丈夫です! これも愛情の一環なんで」

「な、なるほど……やはりそういうプレイがお好みなんですね」


 何を納得しているのか、このままでは変態カップルとして卒業まで語り継がれそうな予感がある。

 だけど皆人は相手が強なので特に何もしない事にした。薄情な友人であった。


「ちっ! 一色さんと毎日束縛プレイできるのかよ!」

「う、羨ましい……」

「お金払うから俺も縛って欲しい」


 前言撤回、強と桜が変態カップルと晒されようがそこまで話題にはならないだろう。

 それほどこの学校の人間はおかしい。

 あまりにも聞こえてくる嫉妬混じりの変態共の声が多い事にうんざりする皆人であった。

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