23.亀甲乙女
「やりやがった!!」
「まじかよやべえなあいつ!」
「あの人誰なの!?」
「一色……嘘だろ?」
野次馬は未だに目の前の事を信じられない。夢だと思いたいのは男達ばかりだ。
桜ファンの女子も現実を受け止めてはいるが大半が言葉を失っている。
「押忍! ありがとうございました」
「えっ? あ……ああ……」
現実を受け入れられない男はここにも居た。
強は呆けた主将に挨拶をして道着を返却する。それを生返事で受け取るも目の焦点は強に合っていない。
心ここに有らずという状態である。
強は義手とブレザーを肩に帰還した。
仲間からの手厚い歓迎が強に襲い掛かる。
実況、解説、両手が自由になったお嬢様、大食らいが矢継ぎ早に強の背中に平手打ちを浴びせる。
「いってぇなおい!」
両手を上げ熊のように威嚇すると仲間達は蜘蛛の子を散らすように笑いながら逃げていった。
「桐人」
そんな中で強は彼の名を呼んだ。
この戦いの要、惰性桐人の名を。
桐人は足を止めゆっくりと振り返る。
「……何?」
「お前が居てくれたから勝てた。ありがとう」
「けど僕は作戦を考えただけ――」
「誇れ!」
強はくしゃっとした笑顔で迎える。
「俺達二人の勝利だ」
「……まったく君達二人は」
皆人と同じ事を言う強、二人の長い付き合いを感じさせる。桐人にはそれが何故か羨ましくあった。
刺激される涙腺を無理矢理止め、強へと右手を差し出す。
「ありがとう」
「どういたしまして」
それに握手で応えた辺りで後ろからお嬢様が飛び掛かった。
「強さんよくやりましたわね! いくらわたくしが桜さんの手の内を明かさせたからと言ってここまでやるとは思わなかったですわ! 後日貴方が桜さんの犬に成り下がった所を三時間程撮影して皆さんの前で上映会しようと思っていたのにその計画が台無しですわ。どうしてくれますの!?」
言われたい放題である。いつもの強ならそのまま前に投げ飛ばすのだが満身創痍、力はもう使いきっている。
跳ねっ返りが無いのでお嬢様は若干不満そうに強の背中にそのままぶら下がっていた。
皆人とムックも再度合流、これからの話に入ろうとしたところで道場に飛び込んできたのはチビでか先輩だ。
「求平君が一色君を手篭めにしたって!?」
「確かに間違ってない」
皆人がツッコミを入れた所で天丼かのように次は岡屋杏子が飛び込んでくる。
「求平君が一色さんを押し倒したって聞いて!!?」
「あながち間違ってない」
正確には引き倒していたが、どちらにせよ端からすれば酷い話である。
この話もどこまで拡がっているのか、情報は鮮度が命とは聞くが余りにも早すぎてびっくりする。
「杏子はおっちょこちょいですわね」
強の後ろから見知った声を聞き杏子は半歩横にずれる。
「……久美子ちゃん、あなた何してるんですか?」
一瞬、ほんの一瞬だが杏子の表情に般若のお面が張り付いたような錯覚を起こす。
それを見てローズは凍り付いた。
親友が見たこともない殺気を放っている。
戦闘タイプでは無い彼女なのに桜と対峙するより冷や汗が止まらない。
「求平君も困ってるじゃないですか」
「いや、俺は別に……」
「何ですか?」
「何でもないです」
先程まで死闘を繰り広げた強ですら気圧されている。
ローズはすぐに背中から降りると杏子の中から殺気が消え、いつもの彼女に戻った。
「女って怖いな」
「彼女もだけど最初に入ってきた人の殺気もなかなかだったよ」
「えっ?」
桐人の言葉を聞き皆人はチビでか先輩に目を向ける。
そこにいる彼女は何の事はないいつもの先輩であった。
だが桐人曰く影に隠れて一番殺気を放っていたのは彼女らしい。
強とローズの強者二人はいくら目の前の杏子にいっぱいいっぱいだったとはいえ、そいつ等が気付かない殺気を感じ取る桐人もまた異常な存在である。
「私を置いて話をしてんじゃないわよ」
ローズと強の間を縫って出てきたのは一色桜であった。
鼻にティッシュを詰め首を抑えている。まだ強から受けたダメージが抜けてないらしい。
「完全にやられたわ。動きは読まれるし、手品みたいにいろいろ出てくるし……あんた一体何者?」
その問いに強と桐人が見合って「にしし」と笑う。二人の反応に解せないと肩を竦める桜であった。
「まぁいいわ、で? 強って言ったわね。あんたはあたしが欲しいんだっけ?」
「ああ! 仲間としてな」
「はぁ?」
桜の頭に?が浮かぶ。チビでか先輩は何か考えた後で何となく流れを読み解いていた。
一考しても分からない杏子はローズに全容を教えてもらっている。
桜に説明するのは皆人の仕事だろう。このまま強に任せたのでは更に拗れる恐れがある。
それによって強に厄災が降り掛かるかも知れないが自業自得だ。皆人の知る所ではない。
皆人はこれまでの経緯を桜に説明した。
七不思議を探している事。
【亀甲乙女】がそれに入っている事。
あんな言い回しをしたのは強という愚か者がただアホだったという事を。
桜は口を挟まず最後まで聞いていた。
そして全ての情報を聞き終えると少し考えて頷いた。
「なるほどなるほど……逆に好都合だわ」
「えっ?」
何か良からぬ発言が聞こえたような気がしたが桜は「こっちの話だから」と一刀両断、流れを絶ち切る。
「その七不思議ってのを探して何するか知らないけど別にわざわざ勝負を挑まなくても話くらいなら聞いてあげたのに」
「……誰がこの状況に導いたんだっけ?」
一斉に視線を集めたのはローズであった。
確かに桜を仲間にしたいなら戦って勝てば良い、そう言っていたのは彼女だ。
ローズはその流れ弾を目一杯首を振って抗う。
「わたくしが言う前から戦う流れでしたでしょ!?」
「かもしれないがとりあえず
「痛いですわ~~!!」
とりあえず、とお嬢様は強にヘッドロックで吊し上げられるのだった。
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