21.亀甲乙女
「あんたは何の為に私に挑むの?」
桜の大切な問答、彼女には相手の意図とそれを受け止める為の心構えとして聞いておく大事な儀式だ。
それに対して強は少し臆するような表情を取る。
あの嘘くさい油っこい顔、もちろん演技だ。
その演技に何の意味などあるのか、強はどうすれば面白おかしくなるか、それしか考えていない。天性のトラブルメーカーだ。
強は少し溜めて言った。
「お前が欲しい」
場内が一気に静まり返る。
あれだけのブーイングなんて最初から起きてなかったかのような静けさ、桜の目が据わる。
当然わざとこういう言い回しにしたと皆人は確信を持っている。
要約するに『お前が
わざと勘違いさせるような事を言って楽しんでいる。
それに周りは驚いている。そんな所であろうと皆人は安易に思っていた。
「んっ? 二人共どうしたんだ?」
両隣を見るとローズと桐人が頭を抱えていた。
それは強が阿呆な事を言ったから、だけではないようだ。
「あーあ、やっちゃった……」
桐人から漏れる言葉、どうやらちょっと冗談でしたで済まされる雰囲気では無い。
「果たし愛だ……」
ギャラリーから不意に声が上がる。
それに呼応するかのように次々と、その声は歓声へと変わっていく。
「確かに果たし合いだけどこの盛り上がりはなんだよ!」
もはや耳を覆うレベルにまで育ったそれに、皆人は体を丸めながら怒鳴り付けた。だが一人の声など弾かれるように消え失せる。
「果たし愛だよ……愛情の愛、愛してるの愛さ。……嫌な予感はしてたけどまさか強君があんな言い回しをするとは……」
「今思えば強さんならああいう言い方してもおかしくないと思いますわ」
「強君の性格ならそうか……事前に言わなかった僕のミスだね」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 話が見えないんだが、つまりあいつは何をしたんだ!?」
「……告白だよ。この戦いのトリガーを引いたのさ」
「桜さんを一躍有名にした出来事ですわ。ご存じの通り彼女は非常にモテてらしたの、そしてあまりにも告白されるので――」
「私に勝ったら付き合ってあげるって言った……その話が巡り巡って――」
その名を誰が呼んだか『果たし愛』と呼ばれるようになり一つのイベントみたく扱われるようになったらしい。
どうりでギャラリーが増え続けている訳だ。
人伝にこの話は構内を巡っているのだ。
「勝ったら付き合う……負けたらそれで終わりなのか?」
「いや、ちゃんとルールが存在するよ」
1.果たし愛は一度だけ、負けたらその時点で一色桜に色恋を交えて関わる事を禁ず。
2.一色桜に敗北後は翌日、一日下僕とし絶対服従を誓うこと。
3.勝負の形式は一色桜が決めること。
これが彼女から放たれた絶対ルールらしい。
「勝負は一度だけってのは分かるけど、罰が手緩くないか? 一日だけで済むんだろ?」
「それにも理由があってね。毎日告白されるからブッキングが激しかったんだよ。一日で五人抜きをした翌日は凄かったね……彼女の下僕を五人が奪い合う様は正にこの世の地獄かと思ったね」
何とも考えたくない光景を浮かんでくる。なまじ愛情があるせいか最後の彼女との触れ合いに躍起になるのだろう。
恋とは人を狂わせる。全く持って恐ろしい。
「今回の問題は一の方ですわ」
「簡単に言うと強君が負けたら桜君は一生仲間にできない、何故なら――」
「関われなくなるからか」
自分で自分の首を絞めるのは強らしいっちゃあ強らしい。
強が顔を吊り上げながら一日下僕になるのも見てはみたいがそれで終わるのは話が違う。
(ここで折れてチビでか先輩との約束を違えるなよ)
皆人の拳に力が籠る。
実況席二人と転がっているお嬢様、胃袋が空いていくのを抑える少年、皆が見守る中、強と桜の会話は進んでいく。
「ルールは巨傲さんと同じで、負けたら二度とあたしに関わらない事! 良いわね?」
「……ああ」
強はいつもふざけちゃいるが馬鹿ではない。果たし愛は知らないがこの雰囲気をそれとなく察しているだろう。
だが、もう後には退けない。
元より退路なぞ無し、突き進むのが彼のモットー。
「いろいろ着込んでアクセサリーまで着けて何を隠してるのかしら……ね!!」
戦闘経験がいくらかある桜は強が何か仕込んでいると感じていた。
だが、敢えてそこは攻める。彼の狙いを知る為にも牽制から入る。
桜は跳躍、強は目線を上げる。
首に掛かろうとする赤い縄を数歩下がって躱す。
ここまでは桐人の言った通り、強は彼との会話を思い出す。
「桜君との戦いで一番に気を付けるのは首だよ」
「首?」
「さっき調べたんだけど亀甲縛りの始まりって首から掛けるみたいなんだ。彼女の性格的に――」
「完璧な勝利を飾りたい」
「御名答……だから作戦はこうさ――」
桐人の策が伝えられる。ローズと桜の戦いの中で桐人は彼女の癖、動きを分析していた。
戦闘中無意識に漏れていたそれを強は聞き逃さなかった。だから参謀に彼は選ばれたのだ。
「……できるかい?」
そんな挑発をされて強は黙っちゃいない。
フッと笑い、彼に答える。
「俺を誰だと思ってんだ」
「君ならそう言うと思ったよ」
お互いが拳を合わせる。
この作戦を伝えた所で強の勝算は100%ではない。
あとは強のポテンシャルに任せるしかない。
それを分かっていて桐人は託すしかなかった。
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