19.亀甲乙女
「あんたは何の為に挑むの? 富? 名声?」
そんな大それたものではない。ただの野試合に何を求めているのか。
ローズは含み笑う。
「わたくしの誇りの為に」
お嬢様も大馬鹿者だった。
本筋から外れすぎて皆人も何の為に試合を申し込んだのか分からなくなってきている。
「確か一色を倒して仲間に引き入れるって話だったよな?」
「そうだけど、もうこれは女同士の引けない戦いへと代わったんだ!」
「お前も大概だな……」
もう彼の周りに味方はいなかった。
皆人は辺りを見回す。先程までそこにいた筈のムックの姿がない。
皆人の異変を察した桐人は少し前にムックから受け取ったジェスチャーの内容を伝える。
「糖分切れたから菓子食ってくるって」
「そんなヤニ切れたからタバコ吸ってくるみたいに言われても……」
再認識するがここには自由人しかいなかった。
「ルールはどうしますの?」
そんな事している間にも試合の方は進んでいく。
ローズの言葉に桜は回して遊んでいた縄を引き寄せ、
「バーリトゥード」
「ばーり……何だって?」
「何でもありって事ですわね。禁止技は?」
「なし、武器は何を使ってもOK」
「あら? じゃあ貴方の縄を絶ち切る刃物でもよろしいって事ですの?」
「別に構わないわ」
「俺の知らない言葉で喋ってんのか?」
桜のぶれない自信、だがハッタリや慢心などではない。
彼女にはそれ相応の凄みを感じる。
皆人はずっと付いていけてない。
「わたくしは何もいりません」
ローズも自信家だ。その気持ちも相手に負けていない。
「勝敗はどうしますの?」
「戦闘不能になるまで」
その言葉を皮切りに場の空気が一変する。
桜は右手に縄を握り、対するローズは背筋を伸ばし左足を下げ、手刀にした手を前方へ置く。
「桜選手は必殺ロープに適した構えなのでしょうか? 対するローズ選手は半身の構え」
「半身の構え?」
「使う武術は合気道という所でしょうか?」
桐人は何でそんな知識を持っているのか、問い質したいが実況に熱が入りすぎて話を聞いてくれない。
審判はいない、完全な野試合、心でゴングは鳴っている。
じりじりとすり足で距離を縮めるローズに対して手始めにと、桜は地面を蹴り、跳んだ。
左で拳を打ち込む、だがそれはブラフ、本命は当然縄を持った右手。
ローズは体捌きだけでそれを躱すと死角から来る右のフックに順応する。
拳を受け止め後から付いてくる縄はスウェーで躱す。
そして捕らえた獲物は離さない、桜の手首を曲げると関節を極めて投げた。
「小手返し! 決まったぁ!」
桐人も野次馬も熱気が上昇していく。
ローズはそのまま地面に押さえ付けようと体を入れるが桜は追撃が来る前に転がり強引に腕を外す。
おそらく本能で身体が動いている。強と同じタイプだ。
「あのまま極っていれば終わりまで見えてましたね。普済さん」
「やっぱりローズの勝ち方は関節を極めての抑え込みってところか?」
「戦闘不能までって曖昧ですよね。あとは絞め落とすとかですかね」
「合気道に絞め技ってあるのか?」
「私も差して詳しくないのでどうにも……それとは逆に桜選手は分かりやすいですね。縛り上げさえすれば勝ちです。あっ! 動きますよ!」
桜は両手で張った縄をローズの首に回す。いち早く察知したお嬢様は頭を下げ、そこへ桜の膝が飛ぶ。
「入った!?」
「いや、受け止めてます」
ローズは掌底でそれを流し距離を取る。
だが左手首に違和感、真っ赤な縄が繋がれている。
どんな縛り方をしているのかどれだけ手を入れても一向に解ける気配すらない。
「いつの間に!?」
「二重のブラフ、本命は受け止めたその手って事ですね。それにしても一瞬の出来事でした」
「桐人には見えたのか?」
「残像だったけどなんとか」
皆人にはその影すら捉えられていない。
横で腕を組んで突っ立っている強はどうであろうか、皆人の視線を感じたのか強は開口する。だが決してローズから目を外さない。
「ローズは負けるぞ……」
「小野さんに言われた言葉の意趣返しか?」
「違う、あいつは……」
群衆から声が上がる。
桜は縄を引っ張り引き寄せる。
ローズは堪えきれなくなりバランスを崩し前方向に倒れていく。
「まずい!」
「いや違う!」
ダンッ! と畳を踏み抜く音が響いたと思ったらローズはそのまま前に跳んだ。
その瞬間ローズの顔が歪んだ。ように皆人には見えた。
桜から迎撃の手刀が下ろされる。
ローズはそれを受けるがそれもまたブラフ、上空から円を描いた縄がローズの首を狙う。
「見えてますわよ!」
もう一方の手でそれを跳ね除けると桜の側面へと回り込み首に手を掛け懐へ引き寄せる。
バランスを崩したところへ顎をかち上げ、吹っ飛ばした。
「これは入り身投げが決まって……いや、お互いを繋いだロープが張っている!」
桜は倒れながらも次の一手を打っていた。
縄を手繰り寄せローズを道連れにする。
畳を背中で受け、その上にローズが落ちてくる形。
誰もが苦肉の策だと思った。追撃を貰わないように苦し紛れで出した一手だと、だがこれは桜の流れ技。
倒れ込むローズ、その下腹には桜の足が添えてある。
そしてローズが乗ると同時に押し上げた。
「巴投げ! あそこから!?」
ローズは宙を舞う、背中を叩き付け動かない。
対する桜も仰向けのまま動こうとしない。
「終わったな」
ぼそり、強が呟く。
皆人は納得ができていない。
「終わったって……まだ!」
これは柔道ではないので一本敗けはない。背中から落ちたローズだがあれだけでもう終わりだとは思わない。
それとも皆人にはそう見えただけで深いダメージを負ってしまったのか、最後の巴投げで頭でも打ち付けてしまったのか。
「見ろ」
強が指す先を追う。
よく見るとローズの左手首を繋いでいた縄は右手も巻き込み両手を縛り上げている。
「投げた瞬間だね。一瞬の早業、目で追うのがやっとのレベルだ」
「けど両手が縛られたから終わりってそんなの!」
「それだけじゃない」
熱くなっている皆人を諭すように肩に手を置く強、その手は力加減ができないのか皆人の顔が少し歪む。
強もこの状況に納得できていない、心が煮えたぎって仕方がない。
「何か知ってんだろ。話せよ」
「……あいつは怪我をしている」
強の言葉で確信した。ローズの踏み込んだあの一瞬、痛みを堪えたあの顔。
そんな怪我を負ってまでこの戦いに挑む意味などあるのか。
皆人は戦士ではないので分からない。
ローズやそれを知って送り出した強の気持ちが微塵も分からない。
「どこが悪いんだ?」
気持ちに整理が付かない、震える言葉を押し殺し強に尋ねる。
「……俺とふざけてる時に足を挫いた」
「お前等二人大馬鹿だよ!!」
短い人生で一番声を上げた瞬間だった。
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