18.亀甲乙女
皆人はかわいそうなものを者を見る目で老人を見つめていた。
視界に入るたんびに彼の話が台無しになっていく。
せめて理由を聞かなければと皆人は1つ質問をした。
「あなたは何で縛られてるんですか?」
老人は咳払いすると真面目な顔で言った。
「教え子達だけにやらせる訳にはいかん! 教育者として先導したまでだ!」
「で、返り討ちにあったと」
「全盛期に比べたら儂も衰えたものよ……」
「そうですか、ちなみに今のご気分は?」
「……癖になりそう」
とんだ変態じじいであった。
「老人がずっと縛られているのは見ていられない……僕が外してあげましょう」
「強!?」
突如顔を出した強が老人の縄を外していく。
言葉遣いが変な時は録な事を考えてない、そんな何度も善意だけで動く人間ではない。
縄を外し終えた時、老人は残念そうな顔をもはや隠してもいなかった。
「もうちょっとあのままでも良かったのに……」
「おい、本音が出てるぞじじい」
皆人のツッコミも容赦がなかった。
「さすがですわね桜さんは」
「……何でお前はそんなボロボロなんだ?」
続いて現れたローズ、何故か制服や髪が乱れている。
「少し、子猫とじゃれただけですわ」
「本当にバトってたのか……」
本番はこれからなのに元気な奴等だ。
どっちが勝ったとかはどうでもいいが強とローズを見比べて勝敗は火を見るより明らかだった。
と、思ったがよく見たら強の頭にストローが刺さっている。
本当に脳ミソチューチューされたのかもしれない。
前方で歓声が上がる。主将が彼女の襟を取ったのだ。
さすが主将を務めるだけの事はある。他の部員とは一味違う。
だが、問題もある。
主将の左手は身体に固定されるように縛られていた。これでは右手しか使えない。
しかし彼女との体格差を考えれば腕1本でも投げることは可能。
主将は反転し担ぎ上げるとあとは強引に力で一色桜を投げ飛ばした。
そのまま地面に叩きつけるのが理想的だったが、相手は柔道着ではなく、なにより片手、指の掛かりが甘く離れてしまう。
自由になった桜は空中で身を翻し着地した。
「そんな馬鹿な……」
押せ押せだった主将も開いた口が塞がらない。
完全ではないとは言え致命打になる一撃の筈だった。
なんという身体能力、向かってくる彼女にもう対処する術がない。
主将は諦めるように目を瞑る。この先は痛いくらい強く縛ってもらえることを願うばかりだった。
全ての部員がやられ、場は静まり返る。
一色桜は縛った者達の前に立つと声を張り上げた。
「あんたたちねぇ……一週間前と何も変わってないじゃない!」
「二度目かよ」
「三度目じゃ」
とんだ変態部だった。
もはや目的が稽古なのかも怪しい。
「けど主将さん、あんたは良かったわ。前より強くなったわね」
「一色……」
ほんの少しだが彼女は認めてくれた。その思いに主将は感情が抑えられない。
「一色……好きだ! 俺と付き合ってくれ!」
「あたしに勝機を見出だしてから言いなさい……その時は一回だけ本気で戦ってあ・げ・る」
良い女の大人の返し。締めのウィンクが柔道部員全員を撃ち抜いた。
全試合終了、顧問の老人が一色に握手を求める。
「良い試合じゃった。皆良い経験を積めたよ。ありがとう」
「いえ、私も対人戦で技を磨く良い機会だったのでお互い様です。では縄は洗って返してください、柔軟剤はラベンダーの香りのを使ってくださいね。好きなので」
やたらと注文が多かった。そして縄は使い捨てではなく使い回しているようだ。
無限に出てくるものかと思っていた皆人だったがさすがにそんなことはなかったようだ。
老人は了承し、桜の仕事はこれで終わり、鞄を持ち立ち去ろうとした所に強とローズが立ち塞がる。
「おいおいおいおい、まさかこのまま帰れると思ってねぇだろうなぁ?」
「試合は終わってもここからは死合のお時間ですわよ」
雑魚敵の台詞まんまである。何故それでいこうと思ったのか。
あいつらじゃ駄目だな、と落胆の声が聞こえてきそうだ。
「何? 飛び入りってわけ?」
「ああ! お前は俺の求平殺法に敗れるのさ」
何で強はあんな恥ずかしい台詞を堂々と言えるのか、聞いてる皆人の方が恥ずかしくなってくる。
「求平殺法? あまり聞いたことない流派ね……まさか、闇の!?」
こちらもまたノリがよかった。
何故この学校の人間はこうも強と波長が合うのか、もしかしたら強が入学したのは運命だったのかもしれない。そう感じる程だ。
強が前に出ようとするところにローズが手で制する。
引っ込んでろ、と気持ちが透けて見える。
強は鋭い目線をローズに送った。
「やれるのか?」
「わたくしを誰だと思ってますの?」
ローズの目を確認すると強は踵を返した。
「先生、場所少し借りるぜ」
空気がガラッと変わる。
帰り支度をしていた野次馬達が次々と戻ってくる。
思ってもみなかった延長戦に少しづつ熱を帯びてくる。
ローズと桜が対面する。
今まで一色桜の相手は全員が男だった。
稀に目を付けた女子が桜に絡んだが勝負にすらならないのでそれ以上は踏み込まない。
今この場で唯一無二の戦いが始まろうとするのに野次馬達も興奮を抑えられない。
その興奮は戦いに関してなのか縛られるのが女子だからなのか、皆人は少し考えて思考を放棄した。
「あんた、巨傲久美子よね。良いの? 巨傲グループの一人娘がこんな事してて」
「わたくしは今は巨傲ではありません、ただ一人の修羅ですわ」
どいつもこいつも中二台詞のオンパレードだ。
皆人は頭を抱える。
ここまで来ると自分の方がおかしいんじゃないかと錯覚してくる。
皆、金敷高校の試験を突破して入学したんじゃないのか。とても同じ入試をしたとはとても思えない。
そして冷静に考えてみるとムックはどうやって面接を突破したのか。本人に伝える手段がないので永遠の謎である。
「助けてくれ桐人、ツッコミ切れない……」
皆人は桐人に助けを求めると、彼はどこから持ってきたのか長机とパイプ椅子二つ、その一つに座り皆人に手招きしている。
嫌な予感しかしない皆人だが招かれた手前嫌々だがパイプ椅子に腰掛ける。
その瞬間スイッチが入るように桐人はどこから取り出したのか、スタンドマイク片手に声を上げた。
「さぁやって参りました! 注目カード巨傲久美子VS一色桜! 実況は私惰性桐人が行います。さてこの組み合わせをどう思いますか、解説の普済さん!」
「早く帰りたいです」
つい本心が先に出てしまう皆人であった。
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