17.亀甲乙女
「なるほどな、確かにめちゃくちゃモテそうだな」
一目見ただけで男子人気がありそうだなと予想できる。
皆人の第一印象も『美少女』だった。
だが皆人はムック派なので決して靡きはしない。
「実際相当告白されたらしいよ」
「だろうな」
「それで面倒になって私が欲しければ--」
「勝負して勝てか」
普通の人間なら面倒だからといってそんな答えには辿り着かない。
まともではない。早くも一色桜という人間が分かってきた気がする。
男子達が皆が皆見惚れる存在、もしかしたら皆人も危なかったのかも知れない。
それは彼女の手に亀甲縛り用の縄が無かったらの話だが……。
「そうだよなぁ……」
皆人は目の前の光景に戸惑いを禁じ得ない。
天は二物を与えずとはよく言ったものだ。
【亀甲乙女】の由来、それは眼前に広がる地獄絵図が全て物語っていた。
柔道部員が幾人か亀甲縛りで地面に転がっていた。しかも腕と足を繋がれ海老反りの状態でだ。
初めて実物で見た亀甲縛り、その乱れの無いラインに皆人は美しさまで覚える。感性が麻痺してきているのかもしれない。
あれが試合をして負けた者達の末路なのだろう。
皆人は前を見据えるとまさに今主審によって試合のゴングが鳴る。
彼女より一回り大きい男子生徒がその両の手を広げ威圧するようにじりじりと距離を縮めていく。
桜は少しづつ圧に押され、後退していく……ように見せかけ、反転攻勢、床を蹴り上げるとその勢いのまま滑り込み相手の股から抜けると、後に流れたロープが両足を縛り上げる。
男子生徒はバランスを崩すと瞬く間に抵抗を許すこと無く縛り上げられてしまった。
「一本!」
「何が!?」
そして何故か起こる歓声、全てが狂っている。
「あそこから一本が出るとはね……」
「お前も柔道のルール知らねえだろ!」
主審にも桐人にも皆人は声を荒げるのを我慢できなかった。
そんな皆人をよそに帯をしっかりと締め直しながらこちらもまた大きな柔道部員が桜と相対する。
「始め!」
「おおおおおおお!!」
男は吠えた。先程の男とは同じ轍は踏まないと腰を落とし目の前の少女を見据える。
相手の出方を待っているようだ。
桜はカウンタータイプなのだろうか、攻めあぐねている。
と、ここで主審からお互いに手を回すジェスチャーが入る。
「あまり攻撃を仕掛けないとこうやって指導が取られるのさ」
「何でそこはルールに則ってんだよ……」
そんなこんなやっている間に同じ理由で二つ目の指導が両方に入る。
あと一つの指導で反則負け、もはや退路は絶たれた。
桜は猪突猛進する。それに対して男は襟を取りに右手を振り下ろすが、流れるように男の左手に回り、すれ違い様に左手に縄を掛け距離を空ける。
だがそれだけでは相手を拘束したことにはならない。
ただ左手に引っ掛けただけ。
少し遅れて主審から声が上がる。
「技あり!」
「何にだよ!」
無駄にツッコミ疲労が溜まっていく。
皆人が頭痛薬を所望すると何故かムックから差し出された。
ラムネと勘違いしてないか? と疑った皆人だがそれを水で流し込む。
皆人も大概失礼な奴だった。
見ると試合は力比べに変わっていた。
繋がったロープを引き合い、もはやプロレスである。
誰もがこの状態の桜が勝てるとは思わない。
何かしら搦め手を仕掛けにくる。相手もそれを待っている。
だが、その考えは真っ向から打ち砕かれた。
彼女が力を込めると柔道部員が力負けし前へと跳んだ。
驚愕、それを当然と笑っているのは一色桜だけ。
二人が交差する刹那、桜によって縛られた柔道部員は一瞬の間を空け、思い出したかのように倒れた。
「技あり! 合わせて一本!」
「お前はノリで言ってるだけだろ!」
試合終了の合図が出され、またも桜の勝利であった。
「指導二つからの一連の攻防……見事と言う他ないね」
「俺はこれに順応しているお前が怖いよ」
残りの柔道部員は一人だけのようだ。
だがこれまでの部員と違い何か覇気のようなものを感じる。
身体も前の二人よりもさらにでかい。
「あれが主将だよ」
何故知っているのか分からないが桐人から答えが飛んでくる。確かに見るからに強そうだ。
「ってか柔道部全員で何してんだよ。こんな為にならなそうな試合して……顧問に怒られないのか?」
「むしろ儂が一色君に頼んだのだよ」
「うわぁ!」
気がつくと皆人の横に老人男性が居た。
皆人は怪訝な目で老人を見る。
話の流れから察するにこの男が柔道部の顧問なのだろう。
皆人は純粋に質問をした。
「何でですか?」
老人は「ふむ……」と唸ると皆人に質問を返した。
「柔道で一番大切な事は何か分かるかね?」
「……どう相手を投げるか?」
「組み手争いに勝つ事ですか?」
「その通りじゃ」
横から割って入ってきた桐人が正解をかっさらう。
少し悔しい皆人だった。
「どれだけ自分の有利に組めるか、相手に得意な組み手を組ませないか、これに尽きる」
「……それがこの試合と何の関係が?」
「君は見てないのか? 一色君のあの手腕を!」
「いや、見ましたけど」
「じゃあ質問を変えよう。君には見えたかい?」
意味深なこの質問に皆人は首を横に振る。
意図は分かっている。物理的に捉えられたかどうかの話だ。
皆人の目からしたらカメラが一定間隔でシャッターを切るかのように点でしか見えていない。
桜が一瞬で縄を引っ掛けたかと思えば次に映るのはいくつか六角形の形が彩られ、そして作品が完成した映像で完結する。
「彼女の攻撃を掻い潜り、攻撃に転じられてこそ道は開けると儂は思っておる。相手は柔道家では無いからこそ新しいものが得られると儂は思っておる!!」
老人は内に秘める熱を開放するかのようにどんどんヒートアップしていく。
熱い男だ。この老人に教わっている柔道部員にもこの熱は伝わっているだろう。
皆人は老人を見下ろす。
(この格好じゃなけりゃあなぁ……)
そんな熱を帯びた老人はぎちぎちに縛られ床に転がされていた。
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