16.亀甲乙女

「次は【亀甲乙女】こと一色桜君の所に行くんでしょ?」

「お前はどこまで知ってるんだ?」

「ここまでだよ。そして僕が居なきゃ勝てない……らしい」

「えらく自信無さげじゃないか」

「仕方ないでしょ。そう言われはしたもののどうすれば良いかなんて聞いてないんだから」


 各々近場の席に腰掛ける。ここからは情報交換の時間だ。

 もちろん題材は一色桜についてだ。


「一色桜って何者なんだ?」


 強の言葉に桐人とローズは顔を見合わせる。


「桜君が何て呼ばれているか知ってるかい?」

「全く知らん!」

「ってか別名があるのか一色とやらは……で、何て呼ばれてるんだ?」

「……【亀甲乙女】ですわ」


 七不思議と全く同じ名前、それが金敷高校での彼女の通り名だった。

 卵か先か鶏が先か、まんまこの七不思議問題に当てはまる。

 どうりでローズも名前を見ただけでピンと来た訳だ。


「人に聞いて回ればもしかしたらすぐ見つかったんじゃないか?」


 強は自分の足で探し歩いた結果、出遅れた。

 少し遠回りする事になったが彼からしたら結果良ければ全て良しの精神、寧ろその過程まで楽しめて一石二鳥とまで思っているだろう。


「この順番で皆が集まったのは偶然じゃないって俺は思うぜ」


 強がりに聞こえるがこれが自分で切り開いた結果なのだと。それが強の考え方だった。


「良いこと言いますわね」

「だろうがよお!」


 無駄に自慢気な強であった。

 このままでは話が脱線しそうなので皆人は一色桜に路線を無理矢理戻す。


「一色は何で【亀甲乙女】って呼ばれているんだ?」


 字面だけ見たら何か嫌な予感しかしない。それ以外でなんて漢字を見たことが無いからだ。


「……まぁ見た方が早いかな、今日は柔道部と試合してるらしいし」

「試合ねぇ……」

「桜さんを仲間に加えるのは簡単ですわよ。勝負して勝てば良いのですわ」

「少年漫画かなにか?」


 見聞きしててそんな事だろうと思っていた。だが、試合が何か分からない、一色桜は柔道を嗜んでいるのだろうか。

「それも見た方が早いよ」と桐人を先頭に皆は柔道部の道場へと向かうのだった。


 金敷高校には大きなグラウンドの奥に部室棟がありその奥の第二体育館に並立して格技場が建っている。

 その中で様々な部活が同時に、時には代わる代わる交代で活動をしている。


「何で一色はそんなに有名なんだ?」


 その道中で皆人はローズに質問をした。

 ここに入学してから半月も経っていない。なのに名前が売れるのが早すぎる。


「彼女は入学当時から注目の的でしたわよ」

「そうだね。それこそ【亀甲乙女】なんて呼ばれる前からね……むしろ何で二人は知らないの?」

「どうせ自分の事しか考えてないんですわ! わたくしの事もご存知無かったですし」


 先程の事をまだ根に持っていたようでローズはぷりぷりと愚痴っている。

 それは置いといて図星を突かれてしまった皆人だった。だが平穏で静かに暮らしたいだけなので自分からそういう話に寄って行かないだけだ。

 お喋りな秋山がその手の話をしてこない限り情報は届いてこない。


「俺は自分の事しか考えていない!」

「素直でよろしい」


 あまりに正直過ぎてローズも毒気を抜かれたようだ。

 話は戻り何故一色の知名度が爆上がりしたのか、それの答えを知る前に格技場が見えてきた。

 遠目からでも立ち上る格闘技の熱、かと思ったが熱気は熱気でも何か歪な禍々しさを感じる。

 異質なオーラが格技場全体を包んでいるかのような。


「確実にあそこにいるな」

「このプレッシャー……さすがですわね」


 正に少年漫画のノリである。

 皆人もツッコミを入れたいがなかなかどうして、自分も肌で感じている以上、下手に口出しできない。

 そして格技場に近付けば近付く程、悪魔のような笑い声が聞こえてくる。


『アーハッハッハッハ!!』

「……【放課後の哄笑】?」

「あら、わたくしはここにいますわよ」

「そうだぞ! ローズみたいな変な女は1人で良いだろ」

「桜さんの前に貴方を張り倒して差し上げますわ!」

「よっしゃ! 前哨戦だ! 来い!」

「その頭かち割って脳みそストローでチューチュー吸ったりますわ!!」

「道場ではお菓子食べたら駄目だからね~」


 阿呆二人は放置して皆人は一応ムックへ注意しておく。

 可愛らしい少年は頷くと倍速で頬袋に詰めていた。まるで天使だ。


「ローズ君は立て込んでるから僕が代わりに説明するね」


 格技場の前、桐人は扉に手を掛ける。


「桜君が何で入学当初から有名なのか、それは……」


 そして扉が開かれた。

 外から感じた以上の熱気が全員を包む。

 柔道部だけではない。野次馬だろう生徒の数も決して少なくない。

 それら全てが何かを取り囲み声を上げている。


 履き物を脱ぎ、皆人が人垣を掻き分ける。そこに彼女はいた。

 横に流れたサイドポニーを白のリボンで止め、外巻きのカールした髪色は彼女の名を冠した桜色であった。

 ぱっちりとした二重の端正な目鼻立ち、カーディガンを腰に巻き、無邪気に笑う様は男を魅了する小悪魔に映る。


「それは男を惹き付ける魔性の女性だからさ」


 それが【亀甲乙女】一色桜だった。

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