14.眠る男

 一年D組、放課後の誰も居ない筈の教室に一人机に突っ伏して寝ている男子生徒がいる。

 皆人達は扉の前でその男を確認する。


「あれが【眠る男】?」


 本当にただ寝ているだけの男。

 あれが七不思議の者なのかは分からない。

 他と違って確信めいたものがないのだ。どうしたものか。

 考えを巡らす皆人だったが、そんなの関係無いと言わんばかりに強は教室に入っていく。


「おーい! 朝だぞ~!」

「あの馬鹿……」


 ゆさゆさと必要以上に彼を揺さぶり、眠い目を擦りながら彼は目を覚ました。

 皆人だったら開口一番不満を言うだろう。

 人が気持ち良く寝ているのにこんな無作法な目覚ましで不機嫌にならない筈がない。

 スムーズに話をしたかったのだが強を止められなかった皆人にも責任がある。


 どうフォローしたものか、ローズに目配せをする。彼女はすぐに意図を汲み取ってウィンクを返してきた。相変わらず有能なお嬢様だ。

 どう転んでもこの二人なら何とかなる。

 と、身構えていたのだが事態は予測できない方へ転がっていく。


「うぅ~ん……やっと来たね。待ってたよ」


 彼は寝起き一発、そう発言した。

 その言葉で皆人は【学食の黒渦】【放課後の哄笑】と同じ異質な雰囲気を感じた。

 本当にこの男は七不思議の一つ【眠る男】ではないかと。


「わたくし達が来るのは分かってた。そう言いたいんですの?」

「そうだよ。あの大企業巨傲グループの一人娘、巨傲久美子君。いや、ローズ君と呼んだ方が良いかい?」


 ミディアムショートの栗色天然パーマの彼はそう言って立ち上がる。

 気だるそうな目以外は平凡な顔立ちの彼だった。


「そう言われれば巨傲って企業名でよく聞く名前だなって思ってたわ」

「へぇーすげえお嬢様だったんだなお前」

「貴方達本当に分かってなかったんですの!?」


 今思えば秋山も巨傲がどうのこうの言っていたのを今更ながら思い出す。

 てっきりお嬢様憧れ系の痛い奴だと思っていた。皆人は心の中でそっと詫びるのだった。


「それとも……」


 強達のコントを一部始終見て、彼は溜める。次に発する言葉が全員を身構えさせた。


「【放課後の哄笑】って呼んだ方が良いかな?」


 この言葉で皆が確信した。この男が七不思議【眠る男】だと。


「何でその事を? って思ってるでしょ。求平強君に普済皆人君、あと【学食の黒渦】無口喰臥君」

「俺の名が早くも轟いているみたいだな……」


 などと強はほざいているがさすがに本気では言っていない。

 何かしらカラクリがある。

 皆人が真っ先に思い浮かんだのはちっちゃな先輩である。

 チビでか先輩が仕込んだんじゃないかと疑いが拭えない。


「僕は夢力むりょくを常日頃貯めていてね」

「無力?」

「夢に力と書いて夢力さ」


 目の前の人物は意味不明な事を言い始めた。

 何かの宗教かもしれない。

 若いのに信心深い男である。


「寝る事で夢力を貯めているのさ」

「……寝溜めしてるんだな」

「……そうとも言う」


 何の事はない、ただ寝ているだけだった。さすがは【眠る男】だ。


「けどそれじゃあ説明にはなってないぞ」


 代表して皆人が尋ねる。


「俺達の情報は誰から聞いた?」

「……ある日夢を見たのさ」

「夢?」

「そう、あれは予知夢さ」


 突拍子も無いことを言い始めた。彼の言い分はこうだ。


 ある日いつも通り机に突っ伏して寝ているとある夢を見た。

 ホワイトアウトした真っ白で何もない世界、そこには真っ黒なローブを羽織った一人の男が立っていた。彼はこう言った。


「数日後に君を求めて四人の男女がやってくる。彼等に力を貸してあげてほしい」

「あ、あなたは?」

「私は……神」

「か、神様!? な、何で僕が!?」

「【亀甲乙女】攻略には君の力が必要だ。よろしく頼む」


 神と名乗った人物は皆人達の情報を置いて消えていった。

 彼は飛び起きるように目を覚ますとそこは普通の一年D組の教室であった。

 あれはただの夢だったのか分からない。

 そして彼は答えが出るのを待っていた。

 すると今日皆人達がやって来た次第だ。


「へーすごいですのー」

「そうだねーすごいねー」


 棒読みで手を叩く皆人とローズ、強だけは何か考えている。


「そいつは神って言ったんだな?」

「うん、そうだよ」

「なぁ皆人、神って単語に聞き覚えないか?」

「え?」


 そう言われ皆人は頭を悩ませる。

 確かにと少し前のあの割り箸占いを思い出す。

 皆人は悩んだ末、自分を指すと、


「神って俺の事か?」

「……君は何を言っているんだ?」


 彼にきょとんとした顔で指摘され皆人は身を震わせる。とんだ赤っ恥だった。

 強は「クスクス」と笑い、ローズは「ドンマイですわ」と慰めつつもやはりこちらも笑いを堪えている。

 ムックは無干渉でいつも通りお菓子を食べていた。

 こういう時何も変わらない少年が皆人にはありがたかった。

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