10.放課後の哄笑

「というのが私と求平君の出逢いなのさ」


 超大作とばかりに先輩は語り終える。

 強とムックは割れんばかりの拍手を送っていた。


「ブラボー! ブラボーー!!」


 送りすぎて五月蝿いくらいだった。それとは逆に皆人は言葉を失っていた。

 一人の少女が救われた物語、それを聞き皆人は目の前の幼なじみに敬意を払う。

 彼女が持ってきた七不思議、最後まで付き合ってやると、そっと心に誓うのだった。


「お前は凄いよ」

「お? やっと俺の凄さが分かったか?」

「ああ……」


 一応皆人は言葉にも出して伝えておいた。

 ムックも喋らない分、拍手で応えているのだろう。


「とにかく俺も少しはやる気になったよ」


 皆人は強から巻物を借りると目を走らせる。その巻物には名称だけではない、各々の名前の横に詳細が書かれていた。


「【放課後の哄笑】生徒が部活を始めるその時間、どこからともなく聞こえてくる不気味な笑い声……笑い声ねぇ」


 簡単に言えば放課後どこかから笑い声が聞こえる。とは言え、放課後なんて皆の自由時間だ。

 七不思議に成る程の笑い声とはーー、皆人は頭を悩ます。


「っても俺は放課後残ったことないしな」


 皆人は帰宅部だ。HRが終われば強に見つからないように一目散に帰路に就く。

 というわけでこの問題には役に立てそうもない。

 皆人は強に目線を向ける。強は静かに首を横に振った。


「俺も聞いた日からできるだけ探してみたんだけどこれといった収穫は無しだ」

「ムックはーー」


 皆人はムックを見る。

 大食い少年は薄長いふ菓子を五つ重ねて噛っていた。

 そのリュックは四次元にでも繋がっているのか? 確かめたいが覗いた瞬間、吸い込まれそうな考えに至ったので見なかったことにする。

 可愛いのでヨシだ。


「チビでか先輩、他に何か知らない?」

「そうだねぇ……そこに書いてること以外はまるっきりだね」

「そいつは困ったな……」

「他の七不思議も見てみるか」


 皆人の提案にとりあえず賛成と、次の【亀甲乙女】を指でなぞる。

 二人が謎解きをしている中、無口喰臥は次々と新しい食料を取り出すや、食し、出たゴミはリュックに無造作に放り込んでいく。

 それを不思議そうにチビでか先輩は眺めていた。


「本当にずっと食べてるんだね。【学食の黒渦】無口喰臥君、君は分からないかも知れないが、私は君に会っているんだよ。もちろん、学食でね」


 チビでか先輩はリスのように膨らんだ頬を突っついて笑う。


「いや、会っているってのは適切ではないな、集まった取り巻きの中に私もいたんだ。一度だけだけどね」


 ムックは首を傾げる。だが、その手と口は止まらない。

 ムックは新しく取り出したチョコバーを彼女へと差し出した。

 彼女はお礼を言いながらそれを受け取る。


「いやぁ、求平君に聞いていた通り本当に喋らないんだね君は、まぁ助かるよ」


 彼女は少年の頭を撫でる。ムックとの身長差なら背伸びもなくていい。そして他には悟られないよう口元に指を立てた。


「二人には内緒だよ」


 あくまで初対面、彼女の要求にムックはゆっくり頷いて応えるのだった。


「一番分かりやすいのは【鍵盤奏でる呪言】じゃないか?」

「確かに、あとは闇雲に探すなら【眠る男】とかもあるぞ」


 強の言葉に皆人は唸る。


「本当に闇雲に探す事になるぞ……この説明を見る限り……」

「まぁ、言いたいことは分かる」


 だいたい目を通し、これというものに当たりを付ける。全体的にどの七不思議を見ても一朝一夕にはいきそうもない。

 それどころか、名前の横に書かれた詳細を見て、何だこれは? という物まである始末。その筆頭が【眠る男】だった。

 これはとりあえず噂を纏めた先輩に聞くのが無難な選択だろう。


「なぁチビでか先ーー」


 先輩に声を掛けようとして強が、次にムックが動きを止める。リスの頬袋のまま咀嚼を止め、何かに耳を傾けた。


「どうしたんだ二人共」

「しっ! 静かに」


 皆人だけ蚊帳の外、何が何やら分からない。


(まさかこんなタイミングが良いとは……やっぱり求平君は持ってるね)


 チビでか先輩はひっそりと口元を隠し、口角を上げた。


「ムック!」


 皆まで言わず、強の呼びにムックが窓を全開にする。暖かい風と飛び込んできたのは見知った女性の笑い声。


『オーッホッホッホッホッホーー』


 その声を聞いて二人は顔を見合わせた。


「……何だ野生のローズか」

「こう聞くと猿が鳴いてるみたいだな」


 のんびりとした春真っ盛り、桜は舞い、外を見ればまだ不慣れな新入生達が部活動見学に勤しんでいる。

 それを迎える変な女の奇声。うん、春だ。


 巻物に再度戻り、【放課後の哄笑】の詳細を読み、ローズの奇声に耳を傾ける。

 それを数回繰り返し、二人は止まった。


「……………あいつかぁぁぁああ!!」


 皆人と強は同時に言葉を発した。

 知り合いなので出遅れたがあれも立派なだ。一般人からしたら不気味に違いない。

 声が聞こえるのは対面の校舎からだ。強は目を細める。そして、その姿を両の目に納めると、


「西校舎の屋上だ! 付いてこい!!」


 我先にと駆け出した。


「廊下を走るな~!」


 そう言いながらも強を追従するムックの後を追っていく皆人。


「良い報告を期待しているよ」


 それを見送る先輩に皆人は親指を立てて応えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る