9.小さくて大きい先輩

「うるせえなあ」


 その場の誰よりも一回り以上でかい、彼女が見上げるくらい遥かに高い。

 正に巨人。

 制服を着崩し、髪はモヒカン刈りの強面の男。


 巨人はチンピラを一睨み、さっきまで粋がっていた二人は蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。


「さっきから聞いてりゃ、女の子を苛めて、後輩にだる絡みして、それが男のする事か? あぁん?」


 怒声までとはいかないが、圧があるその声にチンピラの身体が跳ねる。

 巨人も青サンダル、一年生だった。

 だがこの圧がある正論を受けて二人のチンピラが指摘することはもう不可能に近かった。


「お、お、お、覚えてろよてめぇらぁーー!!」

「ええーん、うえーん」


 その勢いのままモブよろしく定型文を捨て台詞にして走り去っていく。

 そのまま廊下に飛び出した辺りで低い怒声が響いてきた。


「お前等か! 図書室で騒いでる馬鹿は!!」

「うわぁぁぁーーーーん!!」


 どうやら図書委員が教師に通報していたらしい。タイミング良くお縄についたというわけだ。

 皆が皆、知らんぷりを決め込んでいたわけではなかったようだ。


「なぁ、助けてくれたのはありがたいんだけど、止めるんなら相手の方じゃないか?」


 彼は巨人の手を振りほどき、そう言った。


「俺は危険な方を止めただけだ。あの金髪は知らんが、お前は絶対殴ってたろ?」


 彼はそう言われふんっと鼻を鳴らす。


「あんな事で悪くない方が処分をくらうのが馬鹿らしいと思っただけだ」

「え~~優しい! 惚れちゃいそう」

「ぶっ飛ばすぞ」

「ツンデレ?」

「てめぇ……」

「あの!!」


 別の問題が起こる前に彼女は割って入る。

 いきなり大声を上げられ二人は驚いた顔で彼女へ振り向いた。


「ありがとうございました。助かりました」

「俺は途中で割って入っただけ……です。礼を言われるような事は何もーー」

「俺はしたぞ!」

「何だお前……」


 二人のやりとりを見て彼女は笑う。心の底から。

 それを見て安心したかの様に彼は自己紹介を始めた。


「俺は求平強です。先輩の名前は?」

「…………………」

「……先輩?」


 彼女は考え込む様に沈黙した。

 二人はその俯いた顔を覗き込む。


「……ねぇ、ちょっと聞いていい?」

「はい、何でも」


 彼女は短髪の後輩を見る。

 彼女の背丈から必然的に上目遣いになり、女性の武器をそれとなく発揮するのだが、彼女がそれに気付く筈もない。


「ち、小さいってどう思う?」


 尻込むように彼女は質問をする。

 それに対して彼は、


「可愛いじゃないっすか! 最高っすよ」


 息する間もなくそう答えた。彼女の顔が真っ赤に火照る。


「じ、じゃあお……む、胸が大きいのは……?」

「文句無し! でかいのは正義! 男ならイチコロですね! ……なぁ?」

「え? ま、まぁお、お、……胸がでかいのは良いと思う……」


 巨人の男は不意に振られた問いに身を震わせ、手に持っていた本で顔を隠しながら答えた。耳が真っ赤になっている。意外とうぶらしい。

 それよりも巨人が持っている本は植物図鑑と書いてある。

 ギャップが凄い、そう感じる彼女だった。


「も、もういい! 俺は帰る!!」

「あっ! おい! お前の名前はーー?」

「名乗る程の者じゃねぇーー!!」


 そう言って巨人は名乗らず消えていった。


「へぇ~カッコいいじゃん」


 彼は何やら感心していた。


「それで先輩の名前は?」


 気を取り直して、と後輩が聞いてくる。

 彼女は今までの出来事を思い返す。今思い返せば少しネガティブだったのかも知れない。

 他の女子達も彼女がいじられた時「小さいの良いと思うよ。可愛いじゃん」と言ってくれていた。

 けどそれは彼女には届かなかった。

 いじられた時には言わず、後に慰めるような言葉。

 けど彼は真っ向からぶつかってくれた。


 胸に関しても『大きくて羨ましい』と言う声もあった。けど彼女は嫌みだと捉えていた。

 もっと胸を張っても良いのかも知れない。

 ポジティブに生きても良いのかも知れない。

 チビでかという名を愛せるかも知れない。

 そう、全ては考え方次第なのだ。

 彼女は胸を張る。

 彼が良いと言ってくれた物を背負って。


「チビでか……」

「……え?」

「チビでか先輩って呼びなさい!」


 俯いた顔じゃなく上を向く。彼女が成長した証だった。

 強は全てを察したかの様にフッと笑う。

 そのあだ名は彼女の苦痛では無くなったんだと。


「ところで求平君は何を探しに来たの?」

「あ、あぁ、俺は隠し部屋が無いかなぁって」

「は?」


 そう語りながら強は目の前の本を1つ傾ける。当然何も起こらない。

 彼女はこの後輩が何を言っているのか、理解が追い付かない。


「本がいっぱいある場所って本を引いたら本棚がスライドするとかよくあるじゃないですか?」

「……フィクションです」

「やっぱり無いっすか?」

「無いです」


 彼女はハッキリと言ってあげた。

 そうすると強は頭を捻る。


「どうしたの?」

「チビでか先輩……俺は面白おかしく生きたいんすよ」

「私とは逆だね。私はひっそりと平穏に暮らしたい……って思ってたよ」


 君に会うまでは……、と吐く息と共に消える静かな言葉、何か呟いたかな? としか強も認識できない。


 彼女は一冊のノートを取り出した。表紙にはネタ張とでかでか書いている。

 それをパラパラと捲り、半分行った辺りで強へと目を向ける。


「求平君、この学校の七不思議って知ってる?」


 これに対して強の解答はノー、だけどその目はもう輝いている。


「この学校には摩訶不思議な事がいっぱいあるの!」


 彼女は大袈裟に手を掲げる。


「この七不思議を君の手で解明してみないかい?」

「……面白そうじゃないですか!」


 強の握った拳がわなわなと震えている。興奮に自分の感情を抑えられてない。


「それで七不思議ってのはどういうものなんですか!?」

「まぁまぁ、待ちたまえ……え~とーー」


 彼女はノートに目を向け、手でなぞる。

 大雑把に箇条書きで書かれているその端に二つ、大きな丸で囲っているその文字を読み上げる。


【放課後の哄笑】

【亀甲乙女】


 彼女がここ数日で集めた物だ。


「……先輩! あと五つは?」


 もっともな質問である。

 彼女は誤魔化すように笑った。


「まだそこまでしか調べきれてなくてね。何か情報が入り次第連絡するよ」


 そう返して彼女はスマホを差し出す。

 完璧な返しでアドレス交換もして、パズルが綺麗に嵌まった感覚、彼女の心が踊る。

 そして強は二つの七不思議の内容を聞き、


「我慢できないからちょっと探してくる!」


 そう言って図書室から飛び出して行った。

 取り残された彼女、右手には求めていないビンタの本。

 彼女はそれを返そうと椅子の下に歩み、先程の光景が頭を過る。

 覆い被さるように彼が来た時の太陽の様な香り、制服が鼻先触れた感触、思い出して恥ずかしくなる。

 彼女は彼から取って貰った本を大事そうにぎゅっと抱き締め、それと幾つかの本を借りてその場を後にした。


「おっ! チビでかじゃん」


 帰路の途中で一人の男子に絡まれる。

 今までだったら俯いて走り去っていった。

 だが、もう彼女は前までとは違う。


「何? これが気になるの?」


 妖艶な微笑み、胸を張り、男子生徒に向き直る。

 男子生徒は大きく弾んだ凶器、今までとは違う彼女の雰囲気に生唾を飲み、硬直した。

 それを見て彼女は笑い、そしてそのまま歩きだす。

 これを機に彼女が馬鹿にされることは無くなった。

 彼女は変わったのだ。一人の男のお陰で。


 そしてこれから彼女は当分学校を駆け回る羽目になる。

 求平強に伝える七不思議を探しに。

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