8.小さくて大きい先輩
彼女はこの高校生活があまり好きではなかった。
元々身長が低いのもあってチビと馬鹿にされていただけではなく、中学三年の終わりから今にかけて急激に胸が大きくなった。
それで彼女のあだ名はチビにでかが付いた。
身長が小さいのも、じろじろと視線を引き付けるこの胸も全てが彼女のコンプレックスだった。
特に男子からの視線、からかってくる様など不快そのものだ。そのせいで彼女は男嫌いになってしまった。
世の男は全員俗物、いやらしい人種、月日が経つ内にどんどん拗れていく。
彼女が心身共に休める場は放送部の活動の時だけだった。彼女を入れて七人しかいない部活動だが先輩も良くしてくれるし同級生も最近入った後輩も良い子揃いだ。
この日、彼女は図書室に来ていた。
同級生だろう男子が「放送部の先輩が次の放送、恋愛小説の紹介がしたいから何冊か図書室で借りてきてくれって言ってたよ」と伝えに来たのだ。
放送部に男子はいない、マスクにサングラスで怪しさ全開だったがまぁいいか、とここまで足を運んだ次第だ。
後で知ったことだが先輩はそんな頼みはしていなかった。
正体を隠してまで人をからかうとは陰湿な事をする奴もいるなと彼女は吐き捨てた。
「うーーーーん、もぉーーー!」
背の低い彼女にとって世の中は不便で仕方がない。例えば気になる本があるのに背伸びしても届かない事。
そう、今まさにこの状況だ。
台の一つでもあれば良いのに……低身長に優しくない。そう不満を漏らす彼女だった。
一応見える位置に大きな長机と椅子が点々と置いてある。その椅子を使えば取れるのだが、茶髪の短髪、ロン毛の金髪がその椅子に凭れながら彼女を見てにやにやと笑っている。
彼女が困っているのを楽しんでいるのだ。助けもせず手を差し伸べもせず、ただただ笑うだけ。
彼女は奥歯を噛み締めた。
また時間を置いて来よう。そう決めてその場を後にしようとした時、一人の男子が彼女に覆い被さるかのように上段の本へと手を伸ばした。
「これが欲しかったんだろ?」
そう言って短髪の男子は彼女に本を差し出す。
「あ、ありがとう……ございます」
貰った本に目を向けると表紙に『強いビンタのやり方』と書いてある。
当然彼女が欲しかった本ではない。
「あのーー」
「面白そうな本読むんだね。君何組?」
この本じゃないと訂正する前に彼は畳み掛けてくる。
よく見ると彼は青のサンダル、一年生だった。
まだ入学したばかりでよく分かってないのだろう。自分は学年が一つ上だと教えて上げるのが先輩としての努めだ。
そう思った彼女は少し緊張しながらも声を出そうとして、
「おーいチビでかー! 良かったじゃねぇか優しい後輩がいてよぉ!」
「ぎゃーはははは」
二人のチンピラの声に掻き消された。こちらを見ていたいやらしい男共だ。
当然目の前の後輩は彼女の事を知らない。知らないから助けてくれたのだ。
そんな彼に意地悪なあだ名を知られてしまった。
彼は今どんな顔をしているのだろうか? そんな思いで彼女は恐る恐る顔を上げる。
目の前の後輩はもう彼女を見てはいなかった。そのままの姿勢で先程のチンピラの方へ顔を向けている。
少し身体をずらし、横顔へと回り込む。そして彼女は凍り付いた。
先程までの笑顔は影も形もない、相手を射殺すかのような鋭い目付き、眉を震わせ、顔に怒りが表れていた。
「おい何だ一年坊? 何か文句でもあんのか!?」
「んなぁぁおらぁぁぁ!!」
金髪が声を上げ、続いて茶髪が奇声を上げる。
こうなるのは至極当然だった。
二人のチンピラは彼へと歩みを進める。額をぶつけ、鼻が触れるかの距離で睨み付けた。
「どうした? びびってんのか?」
「ああん? おらぁぁーん?」
先輩に圧をかけられたら物怖じしないわけがない。
彼女も止めたいが茶髪がジロジロと睨みを利かせている。
周りも触らぬ神に祟りなし、音も立てずその場から離れていく。
「誰が……」
ここで彼が沈黙を破った。
金髪は声を荒げる。
「あぁん!? 何だって!?」
「誰が一年坊だこら! 勝手に決めつけんなよ!!」
その発言で完全な静寂、やはり彼は分かっていないようだ。
三年のふりをしてその場を逃れようとしたのか、真意は分からないがその作戦は霧散した。
下を向けばバレるのだから。
「青のサンダルだからお前一年だろうが!? 舐めんじゃねぇぞこら!」
「おらぁぁーん?」
彼はそう指摘されてハッとなっていた。知らないのではなくて忘れていたようだった。
彼女がスッと言えていればこんな事にはならなかった。少し後悔している、可哀相な事をしたと。
彼の顔が曇っていく、この状況を悔いているのか。
彼女はそう思ったが彼は金髪から額を剥がし、彼女へとゆっくり頭を下げた。
「すいません! 先輩に生意気言ってしまって!」
彼女も先輩だったということに気付いて先程のタメ口を謝罪してきた。
このタイミングで謝罪が飛んでくるとは微塵にも思わなかった彼女は慌てた様子で手を振る。
「いやいや、大丈夫だよ! 私も早く教えて上げれば良かったんだけどーー」
「良かった」
彼は謝罪を受け入れてくれた彼女に笑いかけた。
そして安堵した表情を見た時、彼女は胸が締め付けられたように感じた。
「おおおおい!! チビでかじゃなくてこっちに謝罪だろうが!!」
「にゃアアん! おあああん?」
彼から再度笑顔が消え、二人へと向き直る。
「お前等なに? この先輩が好きなの?」
「はぁ?」
「だってこんな小さくて可愛いもんなぁ!? なのにこんなおっぱいでかいって、何だよ神かよ!」
彼の魂の叫びが図書室に木霊した。
その言葉に彼女は赤面する。とてつもなく恥ずかしい、だが今までとは違う感覚に違和感を覚える。
「何言ってんだてめえ!」
金髪は拳を振り上げる。対する彼も拳を握った。
二人がいつ衝突してもおかしくない。
彼女は止めたいが恐怖で身体が硬直する。
そして二人が動こうとしたまさにその時、どこからともなく巨人が現れ、彼の腕を掴んで止めたのだった。
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