2.幼馴染と七不思議

 金敷高校は正門から四階建ての三つの校舎でコの字に構成されている。正門から見て左が西校舎と呼ばれている一,二年の教室、右が東校舎と呼ばれていて三,四階が三年の教室、奥は北校舎で残りの教室は特別教室となっており、一学年320人、一クラス40人の八クラスで構成されている。

 皆人はA組、強はB組だ。

 A~D組は一階、E~H組は二階というように別れており二人はお互いの教室に入っていく。


 この高校に入学して早二週間、皆人は学校にも慣れて来たし友達もできた。

 前席の秋山とは最早10年来の友のように冗談を言える仲だ。

 彼等は今日も今日とてしょうもない話に花を咲かせている。


「そういや知ってるか普済、あの噂を」

「噂? ……七不思議か!?」

「七不思議? 何だよそれ?」


 秋山にそう返され渋い顔で皆人は目線を泳がせた。

 朝の出来事のせいで皆人は少々過敏になっているみたいだ。

 いけないいけないと頭を叩き、切り替えると秋山に続きを促す。


「で? 噂って何だよ?」

「いやそれよりも七不思議の方が気になるんだが」

「すまん忘れてくれ」


 噂にもならない七不思議とは何か、心の中でもう一人の皆人が叫び声を上げる。危うく愚痴が漏れ出そうとする口を抑えつつ秋山の興味をジュース一本で何とか軌道修正させる事に成功した。


「一年E組にものすごいかわいい娘がいるらしい」

「なんだその手の話か」

「なんだ……って普済は興味ないのかよ? めちゃくちゃかわいいらしいぞ?」


 秋山はにやけ顔で皆人をつつく、まだ見たこともないのにもう頭の中は花畑が咲いているようだ。

 人間、妄想している時が一番幸せなのかも知れない。そう悟るかのように皆人は秋山が戻ってくるまで優しい目で待っていた。


「というわけで見に行こう」

「どういうわけだ!」


 現実に戻ってくるや否やこれである。秋山のパスを皆人は即、叩き落とす。

 別に皆人も女の子に興味が無いわけではない。

 全然詳しくはないが、テレビでかわいいアイドルが出れば目に留まるし、綺麗な女優が出れば興味ない番組でも見ようかなって気にもなる。

 だが――、


「やめとけ迷惑だろ」


 常識が勝ってしまう。


「入って早々、噂になる程ならお前みたいな考えの奴いっぱいいるだろ。あんまり男子からじろじろ見に来られるのは良い気しないんじゃねーか?」


 それこそ自分をかわいいと思ってる奴か目立ちたがり屋以外を除いて。

 最後の言葉は呑み込み、頭にはあの幼馴染みの姿が浮かぶ。


 秋山はその言葉に少し考え、仕方ないと肩をすぼめた。


「まぁそうだよな。放っといても見る機会はいくらでもあるよな。別に付き合おうって思ってるわけでもないし」

「だから秋山とは気が合うんだよな~」

「なんだ気持ち悪ぃ」


 物分かり良い秋山との会話から始まり平穏な日常が顔を見せる。

 このまま今日を過ごせたらどんなにいいか。そう切に願っている皆人だがそんな思いは昼休みを告げる鐘の音と共に搔き消された。


「あぁ……」


 ドタドタとうるさい足音が徐々に近付き皆人は諦めるように天を仰いだ。この足音は十中八九強だ。

 それはA組の前で止まり、教室のドアが勢いよく跳ねる。


「待ったか?」

「何の自信だよ。誰も待たねえよ」


 皆人の席はドア付近にあるせいですぐ目に入ってしまう。その代わりツッコミも最速。

 メリットデメリットを取ったら完全にデメリットしかない、皆人は毎日席替えを担任に懇願しているのだが未だその願いは叶っていないのである。


「よう求平! 今日も元気だな」

「秋山は今日もハッピーかい?」

「Yay! happyhappy!」

「Yay!!」


 陽気者二人が拳をぶつけ、肩を合わせる。

 強とここまで合わせられる秋山には脱帽だ。皆人は素直に称賛を送る。しかし周りの目は痛い。

 いつの間にこんなに仲良くなったのかはさておき、一連の挨拶を済ませた強は真剣な面持ちで皆人へと向き直った。


「行くぞ」

「どこへ?」

「決まってるだろう?」


 不敵に笑う強に若干苛つきを覚えつつ、皆人は答えを急かした。

 昼休みは無限じゃない、用事があるなら早くしてほしいと。


「学食だ」

「いや俺は弁当あるんぁぁあ――!」

「行ってらっしゃ~い」


 秋山が言い切るそれよりも前に、凄い勢いで二人は小さくなっていく。

 そんな引っ張られていく皆人に秋山は手を振って見送った。

 皆人は嫌そうな顔をしていたが本心はどうだろうか? そんなことを考えながらフフッと口角が上がる。


「何だかんだ言って結局付き合ってるんだから……これが友情か」


 的外れな答えな気がするのだがどうせ正解は出ない。

 秋山はさっと切り替えると弁当片手にクラスメイトの輪に入っていくのだった。

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