そしてB型の世界が始まる

ぞっぴー

そしてB型は惹かれ会う

1.幼馴染と七不思議

 無尽蔵の胃袋、電光石火の早業、鬼のような怪力――これらはすべて、あくまで表現の一種であり、実際に起こるわけではない――のが一般常識だった。

 普済皆人あまずみみなともそう信じて疑わなかった。

 だが、その常識を打ち破ったのは皆人の前に現れた幼馴染みの男だった。


 彼が欲したから――だからこそ集った。最も自由で最も独創的な何者にも縛られないタガが外れた連中が。

 彼の働きですべての歯車が噛み合い始め、やがて不可逆の運命を刻み出した。


 平穏に生きることの素晴らしさを完璧に言語化できる者などこの世界にはいない。

 皆人は秀でた才能もなく、学力も並み、運動も平凡な世間で言う凡人だった。

 自分は普通に卒業して、普通に就職して、普通に結婚して、普通に老いていく。

 そんな平穏を望んでいたのに。

 日常の平凡さを謳歌し、それが幸せの証だと信じていた皆人にとって、奴との再開、そして【七不思議】を巡る旅が全てを変えた。

 そこからの変化はまるで嵐のようだった。


 ◇◇◇


『B型の人ってどう思いますか?』


 おどけた調子のレポーターがマイクを手にカメラと共に街へ繰り出す。

 その問いは通りがかりの女性二人に向けられていた。


「え~? 自由奔放って感じ?」

「うん、行動力はあるよね」

「でも……うーん……」


 二人は顔を見合わせ、あからさまな間を置く。

 その演出めいたやり取りがかえって胡散臭さを引き立てていた。


「自己チューってイメージかなぁ!」


 声を揃えた二人にリポーターが笑いながら応じる。


『らしいですよ、スタジオのあおいちゃ~ん!』

「……くだらねぇ」


 誰に向けるでもなく、皆人の独り言は壁へ吸い込まれていった。

 その口にはまだ温もりの残るトーストがあった。


 朝の情報番組のコーナー『あの子について聞いてみた』

 初めて拝見したがスタジオに呼ばれたゲストを街の声でいじるのが趣旨らしい。


「血液型だけで人を判断するなっての」


 ぶつぶつと文句を言いながらトーストを食べ終え、コーヒーを流し込む。

 テレビでは当のアイドルが笑顔で否定しているが皆人は途中でリモコンを手に取り、画面を消した。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 台所から母親が手を止めずに返してくる。

 そうして皆人はまた普通の通学路を歩き出す。

 今日こそ平穏な一日を過ごせますように。そう祈りながら――。


 ◇◇◇


「普済くんってB型なんだ~!」


 記憶の奥にしまいこんでいた声がふと蘇る。

 小学三年生の頃。女子の間で占いが流行っていた時期。

 皆人はただ聞かれたことに答えただけだった。けれど――。


「B型って自己チューらしいよー」

「確かに、普済くんってマイペースかも」


 子どもらしい悪気のなさが逆に痛かった。

 血液型という曖昧なラベルで自分という人間を決めつけられた感覚。

 人によっては「気にしすぎ」と笑うかもしれない。

 だがあの頃の皆人はただうまく返せずに黙って立ち尽くすしかなかった。


 そして今、現実に引き戻される。


「おう、待ったか?」


 背中にドンッと衝撃。皆人の意識が弾け飛ぶ。

 それは短くも儚い平穏の終わりを告げる鐘となった。


「待ってねぇよ。天地がひっくり返ろうと俺はお前を待たん」

「もぅ~、イケズ~!」

「叩くな、痛い、触るな!」


 お構いなしにじゃれついてくる短髪の男。

 制服を着崩し、誰が見ても変わり者と分かる佇まい。

 彼の名は求平強もとひらごう。皆人の幼馴染であり、幼稚園からの腐れ縁だ。


 思い立ったら即行動。

「壁なんて蹴り破ればいい」と本気で思っている自由人。

 その彼がよりにもよって皆人と同じ高校――金敷高校に進学していた。


 家から一番近いという、ただそれだけの理由で選んだ高校。

 まさか強までいるとは思っていなかった。

 勉強嫌いな彼が受験するわけがない、ましてや合格するわけがない。そう信じていたのに。


 結果として裏切られたのは己の見込みだった。

 合格発表の日、強が掲げた「一夜漬け!」のサムズアップ。

 その憎たらしさは今も鮮明に焼きついている。


 視線を逸らしながら歩く皆人の横で、強は愉快そうに口を開いた。


「それはそうとさ、また新しいが見つかったらしいぜ」

「七不思議って……前にお前が言ってた、あれか?」

「そう。【放課後の哄笑】と【亀甲乙女】な」


 聞きなれない名前に皆人は思わず首を傾げる。

 理科室の人体模型や音楽室のピアノといった定番の怪談ではない。


 強は皆人を待たずして続ける。


「で、今回のは【学食の黒渦】だ。

 なんでも、すべてを呑み込み、跡形もなく消し去るらしいぞ」

「へぇ……七不思議って後から増えるものなんだな。それよりお前ってそんな噂話好きだったか?」


 その一言で、強の口元がにやりと吊り上がる。


 しまった――。

 そう思った時にはもう遅い。

 この男の考えは嫌というほど読めてしまう。


 強の右手が空へと高く掲げられる。

 それは宣戦布告にも似た開戦の狼煙だった。


「学校生活にも慣れてきたしな。そろそろ俺って奴を全校に知らしめる時だろ?」

「この目立ちたがり屋め……」


 皆人の呆れた声など聞こえていないのか、無視しているのか。

 強は高らかに叫ぶ。


「七不思議を全部暴いて俺が八不思議目になってやる!」

「……そういう話だったのかよ!」


 皆人の全力ツッコミが朝の空にむなしく吸い込まれていった。

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