そしてB型の日常が始まる

3.学食の黒渦

　不満爆発の皆人を強は慣れたように受け流していた。

「お前が学食で飯食べるからって俺が付き合う必要あるのか?」

　今日は秋山他クラスメイトと食べる予定だったのに……と繋げても強は聞きやしない。

　上記は皆人抜きでもう行われているのだがそれは本人からしたら知る由もなかった。

「確かに今日の俺は学食だが理由はそれだけじゃねぇ」

「……じゃあ他に何があるんだ?」

　学食前の渡り廊下、強は立ち止まり顔をしかめる。

　言って良いものかどうなのかという不安が入り交じるような表情に皆人は固唾を飲む。

　一縷の静寂、強はゆっくりとその口を開いた。

「【学食の黒渦】さ」

「聞いて損した」

「あぁ～、待て待て、ストップストップ」

「お前さっそく七不思議検証始めようってか? 確かに場所も分かりやすいしすぐ行ける。けど俺は手伝わないって言ったよな?」

　と言っている皆人だが言葉にしながら反射的に気づいた。そ（・）ん（・）な（・）事（・）は（・）言（・）っ（・）て（・）い（・）な（・）い（・）。

　だが、最早そこは論点ではない。それが皆人の本心なのだから。

「分かった分かった。とりあえず入ろう」

「なにも分かってねぇ!?」

「ここまで来て何も確かめない方が七不思議に悪いってもんだ。……って言ってもそんな簡単には行くわけないってのも分かってる」

　今日はとりあえず情報集め、観察だ。と強はそう言い学食へと向かう。

　相変わらず強引な男だった。

「まぁ、今日だけ付き合ってやるか」

　どうせ誰かが流した面白半分の紛い物、適当に付き合って成果が得られなければどうせすぐ飽きる。……とこの時まではそう考えていた。

　過去に戻れるならやり直したい、この時の自分を殴りたい。ここが皆人の分岐点。

　金敷高校の学食は生徒人気が凄く高い、安価で美味い、学食を出れば横にはパン、デザートまで売っている購買もある。

　これはどちらも昼になると生徒が群がる戦場と化す。

　購買の方など授業終了のチャイムがスタートの合図なのだ。出遅れる者など死あるのみ、屍は打ち捨てられる。

　 学食へと歩みを進める度に聞こえてくる歓声や怒声、それだけでどれだけ過酷なのかは想像に難しくない。

『金ならある! いくらでも出す!!』

　購買の方から声が飛び、遠くからでも揉みくちゃになっているのが目に入る。

「あっちにも面白いのがいるな」

「やめとけやめとけ興味を持つな……ほら、着いたぞ」

　時たま聞こえる奇声を受け流しながら2人は学食へと到着した。

　学食はもう大勢の人で賑わっていた。

　券売機には長蛇の列ができており、いくつもある広い長机にはもう結構な人数が座っている。

　強は食券を買ってくると行ってしまった。席確保を皆人へ任せてだ。

『今日の放送は嫌いな人には平手打ち! あなたのビンタ、もっと強くしませんか?』

　校内放送に耳を傾けながら皆人は空いた席を探す。

「何だこの放送」

　もはや何でもかんでも噛みつくくらい皆人の機嫌は悪い。それと焦りが見えていた。

　早くしないと先程のパン食い競争を勝ち残った猛者がちらほら戻ってきて続々と席を埋めていってるからだ。

　だが適当に決めるわけにはいかない、強は喧しいので迷惑にならないよう端の方が良いだろう。

　この食堂にはテラス席もあるがさすがに人気の席だ。強が騒いでも響かない室外が一番良いのだがそんな席は真っ先に埋まっていく。

　そんな気配りをしながら歩いていると先の方で甲高い声が皆人の耳を打った。

「キャー! くうちゃんカワイイー!!」

「こっちも食べてー!」

「次はこっちー!」

　何者かに幾人の女子が取り巻いている。有名なアイドルや俳優でもいるのか、そんなごった返しを見せていた。

　明らかに異質なその空間を割って入ったのはこれまた三人の女子である。

「はい皆様終わりですわ」

「このままじゃあくうちゃんが潰れちゃいます」

「はい散って散ってー」

　三人は手際よく群衆を散らす。

　手慣れているところを見るともう数々の似た状況を打開してきたのだろう。

　その区画から人が消え、取り巻かれていた何（・）か（・）が出現する。

　それを見た皆人の右手から弁当が滑り落ちた。それが地面に当たりハッと我に返る。

　風呂敷からは飛び出していないが中身は幅寄せているだろう弁当を拾い、皆人は目を奪われた少女へと視線を戻した。

　細い癖の無い黒髪、セミショートの小柄な彼女、前髪からちらりと見えるくりくりとした目が男の庇護欲をそそる。

　皆人の心は完全に撃ち抜かれた。

「なんの騒ぎだ?」

「うわぁ!?」

　背後から強に話し掛けられ皆人はすっとんきょうな声を上げてしまった。

「も、求平君!?」

「ん?」

　そんな二人の間に入ってきたのは先程の女子の一人だ。

　両肩に垂れた二つ結びがキュートの女の子。その子は声を上げたそばから横の女の子の背に隠れてしまった。

　そしてその子を背にしながら二人に話し掛けてきたのは最初に群衆を割った女の子だ。

「貴方があの強さんですわね?」

　スラッとした佇まいで彼女は強へ相対する。

　彼女を一言で表すなら『Theお嬢様』だ。金髪の縦ロール、フワフワの扇子と隙がない。

「キャラが強すぎる。……負けた!」

「勝ちましたわ!」

　初めましてだが凄くノリが良いと言う事だけは分かる。お嬢様特有の高笑いのおまけ付きだ。

「違うでしょ」

「ハッ!? そうでした。貴方があの強さんですわね?」

　前髪ぱっつんヘアに少しタレ目の女の子、眠いのか、ボーとしているのか、その目の先が上手く捉えられない。

　その子はおっとりとした口調で金髪の彼女を正すと、金髪縦ロールは分かりやすく流れを一言一句違わず戻してくれた。

「何で俺の名を?」

　少し芝居掛かっているが強は素直にこの流れに乗るようだ。

「杏子（ももこ）から聞きましたわ。剛胆、大胆不敵な男がクラスに現れたと」

「そ、そこまでは言ってません」

　縦ロールを暖簾（のれん）のように上げてひょっこり顔を出す彼女がおそらく杏子だろう。

　その顔は恥ずかしいのかほんのり桃色に染まっている。

「あぁ! お前B組の奴か! 思い出したわ」

「あ、は、はい、ありがとうございますぅ……」

　このまま聞いていても埒が明かない。そう思った皆人は話を促した。

「剛胆か大胆だか知らないけど強が何かしたのか?」

「はい、忘れもしません。あれは初めてのクラス顔合わせの時でした」

　杏子はゆっくりと思い出しながらその時の事を語り始めた。