神様は待っています
ぼっちマック競技勢 KKG所属
愛に固執した人間達
「ご愁傷様です」
何人もの人がそう言ってわたしの前を通り過ぎていく。今日、母の葬式を行っているのだ。さんさんと照りつける太陽の中、私は遺骨を墓の中に埋める。
「行かないで」
私は、寂しかった。今までずっと愛をくれた母が今はもう会えないとしったから。それがどうしようもなく、苦しかったから。
私に家族は、もういない。父も去年持病で亡くなり、夫も、もちろん子供もいない。
私を愛してくれる人はもういない。誰一人として。
ただただ、寂しい。人の温もりが恋しかった。
▲
その女性が私の元にやってきたのは夏ごろだったと思う。虚ろな目で私を見つめた彼女は、路上に寝泊まりしていた私を引き取り食事を取らせてくれた。
最初、彼女にわたしは心の底から感謝した。延命できたから。しかし、同時にすごく怖かった。彼女の目の奥に一種の狂気じみたものを感じたから。
わたしはその頃六歳だったから、その狂気の正体をはっきりとは理解できなかった。ただただその女性が怖かった。
だからわたしは彼女に向かって怖い、と言った。気持ち悪いと。
そうしたら女性は激昂してわたしのことを散々に殴った。いくつものアザをつけられたわたしは路上に放り出され凍えながら夜を過ごした。
何も、変わっていなかった。寒くて暗い夜の空は見上げる限り延々と続いている。
その次の日、女性はわたしに向かって「自分のことを愛せ」と言ってきた。実の母のように愛せ、と。その日から毎日毎日、そう言ってきた。
わたしが彼女のことを嫌えば彼女は思い切りわたしに暴力を振るった。怖かった。なぜそんなにも愛されたいのかわたしにはわからなかった。
だけれど、とにかくわたしは彼女を愛した。彼女のことを母だと慕い、育ててくれたことにいつも感謝の辞を述べた。
それが本当の愛かどうかはわたしにも、彼女にも、関係なかったように思える。
それから何年経っただろうか。彼女はわたしを学校に通わせることはせず、ずっと手元に置いておきたがった。だからそれに従ってわたしはずっと家にいた。家に閉じ込められた。
食事も洗濯も家事全般をやるようになっていた。
「お母さんに恩返しがしたいから」だ。
わたしはその生活になんの疑問も呈さない。自分のつわりの姿と本物の姿の区別がつかなくなっていたんだ。そうでもしないと心も体も壊れてしまいそうだったから。
▲
だけどある日のことだ。わたしが買い物を母から頼まれた時。隣に住む白髪のお婆さんが買い物についてきた。
「母」が怒ってしまうかもしれない。だって彼女はわたしのことをいつも独り占めしたがっているから。
わたしは彼女を避けようと歩く速さを早めたが、老女はずっとついてくる。はっきりと伝えなければと思い後ろを振り向いた時。老女の方が先に口を開いた。
「お嬢ちゃん。逃げたくなったらうちにきな」
それだけいうと白髪の老女はわたしの横を颯爽と通り抜けていった。清々しい風が顔に当たる。彼女の声には、「母」のような狂気も。ただただそこには優しさがあった。
その日の夜、わたしは家を出た。本当の自分にもう嘘はつけない。老婆のいる隣の家に向かった。夜空はいつも雲がかかっていたのに、今日だけは清々しいまでに晴れている。いくつもの星がわたしを見返す。
親に捨てられ、拾われた親からも逃げなければならなかった一人の少女は、その日人生で一番生き生きとしていた。
▲
私が老女に養われるようになってからまた時が経ち、今ではもう立派な女性になっていた。
あとで彼女が聞いた話によると、老婆はあの女性の身に何が起きたのか知っていたのだという。彼女は両親を亡くし、愛を捧げてくれる存在がいなくなったことを嘆いていたとか。だからわたしを。人の温もりを求めたんだ。
老婆は、あの女性のことを憐んでいた。
だが、同時に老婆はわたしのことも憐んでいた。
女性の母の知己であり、彼女を昔から見てきた老婆は隣の家で何が起きたかを知っていた。冷たい夜に一人玄関に放り出された少女の姿を何年も見ていた。
その話をしてくれた時、老婆はわたしに何度も謝ってきた。だからわたしは大丈夫だと言った。だって今こうして自分を助けてくれているのは紛れもない老婆だから。
ありがとう。そう、老婆はいった。
同時に優しすぎるとも。だから「母」は私のことを求めて、すがりつけたのだろうと言った。
老婆は私の優しさを否定しなかった。優しすぎるから、親切すぎるから。だからあなたは被害を被るのだとは言わなかった。
むしろろあなたは優しいのだから、どこまでも優しくありなさいと諭してくれた。この暗い夜空の月になりなさい、と。
だから私は努力した。月になれるように。多くの人を暗闇から引っ張り出せるように。老婆のように、なれるように。
本物の愛と偽物の愛を一身に受けた彼女の心はどこまでも広く、どこまでも強かった。本物の優しさを彼女はもっていた。
▲
哀れな少女は今、綺麗な女性となっている。勉学に励み、会社を立ち上げて成功した今でも彼女は奢っていなかった。昔のような優しさを見失っていなかった。
あのあと、彼女は養い親である女性を必死になって探して三十路に入ろうかという時やっとのことで養い親の女性を見つけた。彼女は女性を見つけ、そして会社で得た資金をあげた。惜しむことなく。
それだけを見た人々は偽善というだろう。自分の惨めな過去と決別するために女性を利用したのかと曲解する者もいるかもしれない。
だけれど、この来歴を知った後で同じことをいえるだろうか。
彼女は、金以上に大切なものを養い親に与えていたんだ。
本当の愛。本物の優しさ。
愛に囚われた被害者はここで初めて、救われた。
神様は待っています ぼっちマック競技勢 KKG所属 @bocchimakkukyougizei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
少し高い世界では最新/ぼっちマック競技勢 KKG所属
★6 エッセイ・ノンフィクション 完結済 3話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます