第2話:最初の分岐点

スマホの通知が再び鳴り響いた。美幸からの「もうすぐ着く」というメッセージだった。


「話がある、ね……」


彰人は無意識に深いため息をついた。最近の彼女の表情を思い出すと、胸がざわつく。何かを伝えようとしているけれど、言葉にできない様子――それが、彼にとって不安の種だった。


しかし、今の彼にはそれ以上に不可解なものがあった。目の前に浮かぶ2本の透明なレール。1本は真っ直ぐリビングのテーブルへと続いている。もう1本はその途中で分岐し、暗闇の中へと消えていた。


「これが……案内人が言ってたやつか?」


その瞬間、昨日の男――案内人の言葉が脳裏に蘇る。


「どんな選択にも代償が伴う。それを忘れるな。」


彰人はレールの存在を確かめるように手を伸ばしてみたが、何も触れることはできない。ただそこに「見えている」だけだ。


「俺は何を選べばいいんだ……?」



---


チャイムが鳴った。


彰人が慌ててドアを開けると、美幸が立っていた。彼女は微笑んでいたが、どこか無理をしているように見える。


「寒いね。入ってもいい?」


「……ああ、どうぞ。」


2人はリビングのテーブルに向かい合って座った。彰人の視界には、レールが鮮明に浮かび上がっている。1本は、美幸と穏やかに話す未来を暗示しているように感じられた。しかしもう1本は、途中で立ち上がり、美幸をその場に残して部屋を出るようなイメージを彼に与えた。


「話って何?」


彰人が重たい口調で尋ねると、美幸は少し間を置いてから口を開いた。


「最近……お互い忙しいよね。あんまりちゃんと話せてなかったし……」


「そうだな。」


美幸の言葉に頷きつつも、彰人の頭の中では、レールが何を意味しているのかが渦巻いていた。美幸が何かを伝えようとしているのはわかる。それが良い話なのか、悪い話なのか――。


「ねぇ、彰人……私たち、このままでいいのかな?」


その言葉を聞いた瞬間、彰人の心に鋭い痛みが走った。そして、そのタイミングで、2本のレールが強烈に輝き始めた。


一方のレール:彰人が美幸に「今の関係を続けたい」と伝える未来。

もう一方のレール:彼が彼女の言葉を聞き流し、何も言わずにその場を立ち去る未来。


「……どうしたの?」


美幸が不安そうに彼を見つめる。


「いや、何でもない。」


彰人は視界の中に浮かぶレールから目をそらしたが、心は揺れていた。もし「続けたい」と伝えたら、彼女はどう感じるだろう? 逆に、何も言わず立ち去れば――彼女は傷つくかもしれない。


案内人の言葉が耳元で響くようだった。


「選べ。ただし、どちらを選んでも代償がある。」



---


やがて、彰人は決断した。


「美幸……」


彼は目の前のレールを意識しながら、静かに口を開いた。


「俺は、これからも一緒にいたい。お前がいなきゃ、俺は……何もできない。」


美幸の表情が少しだけ柔らかくなったように見えた。しかし、その直後、彼女の瞳に一瞬の曇りが浮かんだのを彰人は見逃さなかった。


「……ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しい。でも……本当にそれでいいの?」


美幸の言葉に彰人は言葉を失った。その時、彼の視界にあるレールがゆっくりと崩れ、消え始めた。


「……え?」


代償が何だったのか、その瞬間にはまだ彼にはわからなかった。ただ、自分が「選んだ」ことだけは確かだった。



---


その夜、案内人が再び現れた。


「どうだった?」


「どうって……美幸とのことだろ?」


「違う。その選択が、何を生むかだ。」


案内人は冷たく微笑むと、彰人に向かって指を鳴らした。その瞬間、彼の頭の中に一瞬のビジョンが浮かんだ。そこには、美幸が誰か別の男性と歩いている姿が映し出されていた。


「なっ……これは?」


「選んだ未来の一片だ。だが、それが全てではない。」


案内人はそれ以上何も言わずに消えた。彰人は崩れるようにその場に座り込んだ。


「俺が選んだ未来が……これなのか?」

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