分岐点の果てに

ほんわか

第1話:見えないレール

冷たい風が頬をかすめる。冬の夜、街の雑踏の中で、宝条彰人はポケットに手を突っ込みながら歩いていた。疲れ切った表情と、俯いた視線。今日も仕事でミスをし、上司に叱責された。


「何をやってもうまくいかないな……」


誰にも聞こえないような独り言を呟き、目の前の信号が赤に変わるのを見て立ち止まる。ふと、ポケットの中のスマホが振動した。画面を見ると、恋人の美幸からのメッセージだった。


「今日、帰りに話があるんだけど……時間ある?」


彰人は一瞬ためらった後、短く「分かった」とだけ返信した。



---


美幸との出会いは3年前だった。彼女の笑顔に惹かれ、付き合い始めた頃は、未来への希望に溢れていた。しかし、時間が経つにつれ、彰人の中にあった「自分は彼女にふさわしくないのではないか」という不安が膨らみ始めた。


彼女は努力家で夢に向かってまっすぐ進んでいる。一方、自分は――何をやっても中途半端だ。


「これじゃ、俺はただの荷物だな……」


そんな自己嫌悪に苛まれながら自宅のドアを開けたその瞬間だった。


「待ってたぞ。」


低く落ち着いた声が響く。


彰人は驚いて声の方向を振り返った。そこには、見知らぬ男が立っていた。黒いスーツに身を包み、どこか冷たい印象を与えるが、不思議と威圧感はない。その男は微笑みながら、彰人をじっと見つめていた。


「誰だお前……」


彰人は怯えたように問いかける。だが、男は答えない。代わりに、ゆっくりと歩み寄りながら口を開いた。


「俺は……案内人だ。」


「案内人? 何の?」


「お前の人生のレールを示す案内人さ。」


男の言葉に彰人は困惑する。冗談か、もしくは詐欺師か。しかし、男の瞳には何か得体の知れない力が宿っているようで、簡単に嘘だと切り捨てられなかった。


「お前はこのまま進めば、取り返しのつかない後悔を抱えることになる。だが、チャンスをやろう。お前が正しい選択をできるよう、特別な力を授ける。」


「正しい選択……?」


彰人は男の言葉を繰り返す。しかし、その意味を完全に理解する前に、男が手を掲げた。瞬間、眩い光が部屋を満たし、彰人は思わず目を閉じた。



---


次に目を開けたとき、彰人は見知らぬ空間に立っていた。どこまでも続く白い大地。目の前には無数の線が交差するように広がっている。それは鉄道のレールのようだった。


「これが……何だ?」


「お前の人生だよ。」


背後から声が聞こえる。振り返ると、再びあの男が立っていた。


「このレールはお前の選択肢を示している。今からお前には、この中から自由に道を選び直す力を与える。ただし、どんな選択にも代償が伴う。それを忘れるな。」


「代償……?」


彰人は動揺を隠せない。男の言葉には不穏な響きがあったが、それ以上詳しくは語らなかった。ただ、無数に広がるレールの中から一本を指差し、言った。


「さあ、選べ。これがお前の第一歩だ。」



---


次の瞬間、彰人は再び自宅のリビングに立っていた。美幸のメッセージを見た場面と同じだ。


「夢だったのか……?」


頭を振ってその考えを追い払おうとしたが、ふと気づく。彼の目の前に一本の透明なレールが見えていた。それは美幸との未来へ続いているようだった。だが、その隣には、もう一本別のレールが交差している。それは暗く、不確かで――。


「選べ……か。」


案内人の言葉が頭の中で響く。彰人は迷いながらも、目の前に見えるレールをじっと見つめた。


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