斯くして悪役令嬢は生まれなかった

葉月猫斗

斯くして悪役令嬢は生まれなかった

「エドウィンとの婚約を解消したい?ジェーン、それは本気で言っているのか……?」

「はい。でなければこうしてお願いしたりしません」


 突然こんなお願いをされた父は困惑を隠せない表情をしていた。反対はされない確証はあったが、昨日の今日でこのセリフとは流石に戸惑うだろうとは考えていた。


 「一体何があったんだ?つい昨日まで別れたくないと言っていたではないか?」


 そう、何度も婚約の解消を勧める両親に自分は彼とは別れたくないと言っていた。なのに一晩明けてから急に発言を翻せば戸惑うのも無理はない。


「荒唐無稽なお話かとは思うのですが……、実はその日の夜に夢を見たんです。夢の中の自分は彼と結婚していて、娘も産まれていました」


 そうして昨日見た予知めいた夢と言うことにして、前世で得た知識を父に語り始める。ジェーンという女の生涯を。

 


 この世界は、とある大手会社が発売していたゲームの世界である。それだけでも衝撃なのに、なんと自分はゲーム上でも重要な立ち位置にいるのだ。

 

 悪役令嬢ロザリンド。クリストファールートにおいて、ヒロインに過剰なまでに敵対心を燃やして執拗な妨害を繰り返す、エキセントリックと言わしめた悪役らしい悪役令嬢。自分はその母なのである。

 

 だがゲーム本編ではロザリンドの回想として出るのみで、本編では出演していない。 何故ならその頃にはもう自分は死んでいるから。

 そして死の原因が婚約者である事も今の自分は知っている。


 更にこれが一番大事な事なのだが、昨日まで愛していた婚約者の事は前世を思い出したからか、何の愛情も抱けなくなってしまった。

 むしろ自分の幸福を邪魔する屑だと蔑んですらいる。これは思わぬ僥倖だった。

 

「そうか……。なら私から向こうに伝えよう。拒否はされないだろうしな」


 夢という不確実なものを理由にしたからか、父の瞳には半信半疑の色が浮かんでいる。だがそれ以上に安堵の方が勝っていて、どんな理由であれ彼と縁を切る選択をした事を歓迎しているようだった。

 

 裏を返せばそれくらい心配させていたし、夢という事にしたその後の人生は妙に生々しく、父から見てもあり得ないとは言い切れない内容だったという事だ。

 


 婚約者であるエドウィンからは愛されているのだと思う。しかし、その愛し方が彼の場合は歪んでいた。

 私の曇った顔を見たいが為に、己が婚約者から愛されているのだと実感する為に、わざと他の女性と親密になっているところを見せつけようとするのだ。


 エドウィンは顔が良いし、家柄も中々のものだ。お近づきになりたい、あわよくば愛人になりたい女性は引っ切り無しだ。

 だからこそ厄介で、嫉妬や悲しげな目を向けるジェーンに対し、彼は決まって愉悦に微笑みながらこう言うのだ。「俺が愛しているのはジェーンだけだから」と。


 当然それで納得する訳がない。以前から何度も苦言を申したし、彼の両親も趣味の悪い真似は止めろと叱っていた。家族も辛いならいつでも婚約の解消をしても良いと心配くれた。


 それに彼は知らないかもしれないが、彼が当てつけに使っていた女性の中には自分こそが彼の婚約者に相応しいと、ジェーンに嫌がらせしていた者まで居るのだ。

 

 それでも婚約が続いていたのは、ひとえにジェーンも彼を愛していたからだ。

 

 どんなに傷付こうが、どんなに眠れない夜を過ごそうが、どんなに嫌がらせされようが、婚約を解消して赤の他人になる事だけは出来なかった。


 彼女は結婚すればこの悪壁も消えてくれる筈だと希望を持っていた。しかし結婚しても、ロザリンドが産まれても悪癖は消えず、むしろ娘にも歪んだ愛情のかけ方をしていた。

 娘が構ってほしそうにしているのを知っていてわざと忙しそうにしていたり、友人や親戚の子を可愛がったりするのだ。

 

 流石に娘にまで悪癖を押し付けるのは看過出来ず、何度も娘にだけは真っ当な父親らしく接してくれと懇願した。

 しかしそれは叶わず、ロザリンドに謝り続けたまま失意のうちに娘が十歳の折に儚くなってしまうのだ。

 

 エドウィンは流石に妻を失った事で悲しみに明け暮れていたが、悪癖は治るどころか余計悪化していった。


 唯一の肉親だと言うのに寂しくて泣く娘に、一時は寄り添うものの何処かに行こうとするフリをするのだ。

 ロザリンドは母親似だ。行かないでと泣く娘の顔に亡き妻の面影を重ねて、自分が必要とされている愉悦に浸っていたのである。


 そんな生活が続いて、ロザリンドが十四歳になった時の事だった。年頃になって益々母親に似てきたから、悲劇は突然起こってしまったのだ。

 ある日、彼は酷く酔っ払って帰宅していた。そして介抱しようとする娘を見て、あろう事か悍ましい行為を……。


 ロザリンドの人生は最初から恵まれたものとは言えないが、そこから先は地獄だった。抗議をした使用人は容赦なく解雇され、このまま味方が居なくなっては益々彼女は独りぼっちになってしまうからと、主人の行為には触れずにロザリンドの心身を労わるくらいしか出来なかった。


 そんな彼女にも転機が訪れる。この国の第二王子のクリストファーとの縁談を打診されたのだ。娘に執着している彼も流石に王家からの申し出は拒否出来ず、婚約は成立した。

 

 ロザリンドは結婚してこの家を出る日を指折り数えて待っていた。王子妃になればそうそう父は会いに来れない。彼との結婚だけが父の呪縛から解き放たれる唯一の希望だったのだ。

 

 しかし父親との関係が破綻していた所為で愛着障害に陥っていた彼女が、折角出来た婚約者とまともな関係を築ける筈がなく、誰の目から見ても上手くいっていなかった。


 男性であるクリストファーから触られるのを極端に嫌うのに、精神面においては過度に依存する。

 感情を上手くコントロール出来ず、怒ると攻撃的になる。

 物事を白か黒かで考える傾向が強く、融通が利かない。

 自分に自信が無いので他人からの言葉に傷付きやすく、ちょっとしたことで落ち込む。

 

 ロザリンドの情緒不安定な言動に、まだ大人になりきれていない年頃のクリストファーは、すっかり持て余してしまったのだ。


 愛着障害という言葉も一般的ではなく、エドウィンの外面が良いのも相まって父娘で悍ましい行為が成されている事は家の者以外は誰も知らず、彼女の苦しみに気付ける者は居なかった。


 本編が始まり、クリストファーとヒロインが友人となると、彼女の態度はさらに激化していった。ヒロインと話している婚約者の姿が、かつて母を悲しませた父親の姿と重なったのである。


 クリストファールートでは最終的にはヒロインの行動により、エドウィンの行いが白日に晒され娘は救われる。父親の呪縛から放たれた娘は、父と離れて暮らせるようになった事でヒロインに感謝し、自分は身を引くのだ。


 ロザリンドの目的は父親と離れて暮らす事である。でも王子を確かに愛していた彼女にとってはほろ苦い結末となる。

 


 しかし話はこれだけでは終わらない。あの男の罪はこれだけではなく、なんとジェーンとの結婚後に当てつけで付き合っていた女に薬を盛られて、その女性との間に息子を設けてしまうのだ。


 エドウィンの屑っぷりはとんでもなく、腹の中の子のサミュエルを認知せずに手切れ金を渡すと、二度と会わなくなってしまうのだ。

 

 浮気と知りつつも男の事を本気で愛していた女は、愛人でも良いから傍に置いてほしいと願っていた。

 だが、ただの当て付けに使っていただけだと告げられ、騙していたのかと詰れば今頃気づいたのかと嘲笑される。

 ここで心が折れてしまった女は、エドウィンそっくりに生まれてきた息子を「憎い男の子」だと称して虐待していった。


 娘よりも重症な愛着障害を持つサミュエルのルートは所謂茨の道だ。愛したくてもどう愛せば良いのか分からない。大量のバットエンドがある中での数少ないグッドエンドも、子どもは作らずに夫婦二人だけで人生を終えている。


 冗談じゃないと机を叩き割ってやりたい気分だ。無理だけど。

 あの男の所為でロザリンドもサミュエルも、自分もあの女性も、幸福な道を断たれて散々な人生を歩む羽目になるんだから。


 何より全ての元凶のあの男がそれを自覚せず、のうのうと生きているのが許せない。妻の死でさえ深く悲しんでも、自分の所為だとは欠片も気付いていなかったんだから。


 生憎と二児の母の記憶をインストールした自分からすればこんなクズ男なんかの為に、人生を浪費する時間なんて一秒たりとも持ち合わせていない。自分の人生も娘の人生もこの手で守らなければ。


 彼と結婚しなければロザリンドは産まれない。だが子どもが不幸になると知っていて産むような馬鹿な親が何処にいる。

 いずれは救われる?冗談じゃない。例え後に救われようがそれまでの人生が悲惨過ぎる。そんな人生なんてクソ喰らえだ。


 サミュエルについては産まれてくるかどうかは分からない。私は彼の誕生には関わっていないから。しかし私の行動で確実に一人の不幸な少女の誕生は阻止できる。

 

 ならば今動かずにいつ動くのだ。

 ジェーンは向こうからの返事を腰を据えて待つ事にした。


 

 

 数日後、ジェーンは無事に婚約の解消の場に座していた。部屋には自分以外にも双方が居るが、元婚約者となる彼は居ない。


 本人には婚約の解消の事を知らせるなと、双方の両親にお願いしていたのだ。当て付けをするクズだが、自分を愛しているのは本当である。

 婚約の解消の事を知ったら嫌だと駄々を捏ねそうだし、やり直そうとして家に押し掛けてくる可能性は大いにあり得た。

 

 だから知らせるのはせめて自分に新しい婚約者が出来てからとお願いしたのだ。向こうも自分の息子の事はよく知っているのか、快く了承し謝罪してくれた。息子が振り回して申し訳ないと。


 何も知らない彼はきっと今頃も他の女性とイチャコラしているんだろう。もうどうでも良いけど。


 さて、婚約の解消が成立したからには新しい婚約者を探さなければならない。幸か不幸か自分達の事は有名だったから、婚約を解消したと言えば大体の人は事情を察して彼が原因によるものだと理解してくれるだろう。

 もし忍耐が足りないなんて言ってくるような奴がいたら、そいつはブラックリスト入りだ。


 こうして忙しい日々を過ごしていたのだが、ちょっとしたハプニングが起きた。なんと婚活も兼ねているパーティーにて、彼の友人とバッタリ出くわしてしまったのだ。


「え?ジェーン嬢……?」


 そういえば彼の友人には根回しをしていなかったと焦った私は、余計な事を聞かれる前に先手必勝で口を開いた。


「お久しぶりでございますね。私も最近婚約を解消しましたので、このパーティーに参加しましたの」

「解消……?」


 呆然と言葉を繰り返す彼にニコニコと威嚇の笑顔を崩さない。


「その……、よくあいつが了承してくれたね?」

「知る筈ありませんでしょう?でなければ今頃参加を阻止されている筈ですもの」

「そうだよね……」


 やはり友人だけあって彼の性格は熟知しているようだ。彼なら例え解消出来たとしても、新しい婚約者なんて認めないと出会いのチャンスを徹底的に潰しそうだ。


「私、今度こそ幸せになりたいんですの。お互いが真っ当に想い合える人と巡り会えるような。貴族でもそれを望んでやまないのは人情でしょう?」

「あ、まぁ……そう、だね……?」


 たじたじになる彼に対し、更に扇子で口元を隠しながら釘を刺す。

  

「彼を止められなかったんですもの。これくらいは協力してくださいますね?ついでに他のお友達にもお伝えしていただければ助かりますわ」


 要は「間違っても本人に話すんじゃねぇぞ。ついでに代わりに根回しよろしく」という意味である。


 彼は、額に汗を浮かべながらコクコクと頷いた。友人達も彼に忠告してくれていたのは知っているが、結局彼には何も響かなかった以上これくらいはしてもらわないと困る。


「では私はこれにて」


 オホホと口元を隠しながら彼から立ち去る。その際、彼の「彼女……何か逞しくなったな?」という呟きは聞こえなかったフリをしてあげた。



 

 その後彼は約束を守ってくれたのか、元婚約者による妨害や突撃も無く平和に婚活に勤しめた。そしてこれだと思える人を見つけたのだ。彼は家柄こそエドウィンより若干劣るが充分釣り合うし、私の望む誠実で思い遣りのある性格をしていた。


 手紙やお茶会、デートを重ねるたびにエドウィンとは成せなかった信頼も少しずつ重ねていき、そして今日はとうとう公に婚約を知らせる意味も兼ねてパーティーに出席したのである。


「え……?なん、で……?」

「ご機嫌よう、お久しゅうございますね」


 目を見開いたまま呆然としている元婚約者に挨拶をする。彼の隣にはいつものように別の女性が腕を絡ませていた。

 自分は扇子で隠した口元を釣り上げる。正直この状況が楽しくて仕方がない。このパーティーに参加すると決めたのだって、彼が別の女性と来るという情報を耳にしたからだ。


 元婚約者について、今の婚約者はそれはもう自分の事のように怒ってくれていた。こうして個人的な意趣返しにも快く付き合ってくれるのだから、素晴らしい人に出会えて良かったと思う。


「隣の男は誰だ?それにそんな他人行儀な……」

「ご紹介します。彼は私の新しい婚約者ですの」

「ファーディナンドと申します。以後お見知りおきを」


 彼の問いを無視して紹介してやれば、開いた口が塞がらないようで折角の男前が台無しだ。


「新しい婚約者とはどういうことだ!?俺は聞いていないぞ!?」

「だって言っていませんもの。しかし不思議ですね?その言動ですと今の今まで知らなかったご様子。私からの手紙が途絶えたり、デートやお茶会の誘いなどが無くなってからどのくらい経ちましたか?その間疑問にも思わなかったようですね?」


 彼はその言葉にグッと押し黙る。やはり私から何の音沙汰が無くなっても軽く考えていたのが丸分かりだ。

 

 というのも過去にストレスと体調不良が重なって暫く会えず、似たような状況になった事があったのだ。漸く体調が回復して、久しぶりに顔を合わせた時に彼はこう言ったのである。


『漸く機嫌が治ったのかい?あまり拗ねて困らせないでくれ』


 その後の記憶が曖昧だから、過去の自分はその言葉に頭が真っ白になっていたように思う。

 心配の手紙も寄越さずに単に拗ねているのだと決めつけて、仕方のない子だとでも言うかのように苦笑したのだ。

 

 あの時は心がズタズタに引き裂かれたが今回は彼の馬鹿らしい思考回路に感謝した。本人の耳に入らなければ、都合の良い勘違いをしてこちらに干渉しようとはしないでくれるのだから。


 呆然と身動き一つ取れていない様子の彼だったが、何かまた都合の良い事を思い付いたのか、余裕を取り戻したかのように振る舞い始める。


「君の魂胆はわかったぞ。わざと俺と同じ事をして意趣返ししているんだろう?生憎とその手には乗らないぞ」


 そう来たかと思うと同時に、やはり彼は馬鹿だなと呆れる。

 そんな事をすれば自分の評判を下げるだけになるではないか。自分がそうしているからって相手もそうすると思われても心外である。


「信じられないのであれば、是非貴方のご両親にご確認下さい。同じ答えが返ってくるでしょうけど」


 自分に一切動じた様子が見られないからか、幾分か血色を取り戻していた彼の顔が再び青くなる。

 

「何故だ!?君は俺を愛している筈だろう!?」


 彼がとうとう叫び出した所為で周りの注目が集まる。なにも叫ばなくてもと思いながらも笑顔は維持する。こちらは今後の噂話のネタを提供する側なのだから。

 

「愛していましたわ。ですが、愛は無限に湧き上がるものではありませんの。同じものを返してくれなければ、いずれ枯れてしまいます」

「そんな……」


 呆然と呟く彼は結局のところ、ジェーンを舐めていたのだ。ジェーンなら分かってくれる、許してくれる。そうして以前のジェーンの愛情の上に胡坐をかいていたツケが周ったのである。

 もし彼がきちんとジェーンと向き合っていたのなら、前世の記憶を取り戻して愛情がリセットされても、再び愛を積み重ねようと思えたかもしれないのに。


「では、私達はこれにて。どうぞ、その方とお幸せに」


 放置されてすっかり臍を曲げてしまった彼女をわざとらしく手で指し示し、二人に背を向ける。


「違うんだ!彼女は……!」


 何が違うと言うんだろうか。それにこんな場所でそんな軽率な発言をして良いのだろうか。まぁ自分には関係無いけど。

 今の自分は愛しいフェリーとの思い出を作るのに忙しいのだから。



 

 その後彼はというと、案の定彼女が他の男のものになるなんて嫌だと駄々を捏ねたが、既に成立している婚約に干渉できる筈もなく、両親から大目玉を食らう羽目になった。

 

 また彼は長男の為いずれ結婚して世継ぎを作らなければならないのだが、日頃の行いが仇となり中々次の縁談が決まらなかったそうだ。

 だって愛されたら反って不遇な人生を送らなければならないのだ。自分という前例が居るからか、他の令嬢達も無いとは言えず彼との縁談には消極的だった。

 

 完全な政略結婚に殉じてくれる令嬢なら可能性はあるが、どうせ夫婦となるのであれば互いに想い合う関係を築きたいと願うのが人情である。そういう事情もあり彼の両親は苦労しているようだった。

 

 しかし奇跡なのか神の導きか、彼に嫁ぎたいという女性が現れたのである。

 奇しくもその女性はあのサミュエルの母親となる少女で、愛されないのであればせめて彼との子が欲しいと望んでいるようだった。

 

 彼女を逃せばもう二度とこんなチャンスは得られないかもしれない。彼の両親はさっさと縁談を取りまとめると、さっさと結婚させてしまった。

 

 ゲーム通りサミュエルが生まれたが、舅と姑の助けや何より彼女自身が覚悟していたのもあり、父親との関係は希薄だが母親には溺愛されているそうだ。


 彼は特に何も変わっていない。見限られて捨てられたとは認識しているが、そんなつもりはなかったの一点張りで、謝罪の手紙すらも謝罪よりも言い訳の方が多く綴られていた。

 

 君なら分かってくれると思っていただのなんだのと、目が滑るような戯言ばかり書き連ねられていたからかよく燃えた。そういえば前世では、批判が殺到する意味で「炎上」って言葉が使われていたっけ。この手紙を公開したらさぞかしその意味でもよく燃えそうだ。親が可哀想だからしないが。

 


 そして自分はというと、本日ロザリンドの十一歳の誕生日を祝っていた。ゲームでは彼女が十歳の頃に亡くなると言及されていた設定を乗り越えたのだ。

 やはり早世の原因はエドウィンの女遊びにより心労が溜まったからであろう。今の自分は身体の何処にも不調は無かった。


 娘の名前が悪役令嬢と同じなのは何の因果なのかと思うが、名前を付けたのはファーディナンドだ。ゲーム設定では自分だったのに。 

 自分とよく似た顔立ちのロザリンドはゲームと違う明るい笑顔を振り撒いている。お転婆で毎日が大変賑やかだ。

 

 表面上はゲーム本編と同じように辿っていても、悪縁を断ち切った影響は確実に表れている。仮に自分が不慮の事故や急病などで天に召されたとしてもきっと大丈夫だろう。

 夫は真っ当に娘を愛してくれているし、何かあった時は娘の心身を守ろうと動いてくれる。自分達の間には健全な愛が循環している。


 もし自分がシナリオライターなら、恐らく物語をこう締めくくるだろう。「斯くして悪役令嬢は生まれませんでした。めでたし、めでたし」と。

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