ep2

 目を開けると、知らない天井があった。


(ここは⋯⋯?)


「目が覚めたかい?」


 声の聞こえるほうを見ると、メガネをかけた白衣の男がいた。

 第一印象は医者というよりマッドサイエンティストだ。


「初めまして、僕の名前はヘルマン 見ての通りお医者さんさ。あっ、動かないでね 点滴が抜けたら大変だ」


 左腕を見ると点滴が行われており、体を見ると様々な機械が取り付けられていた。


「君は1週間も眠っていたんだよ?驚きだよねぇ 何があったのか覚えているかい?」


 そんなに眠っていたのか⋯?


 寝起きだからなのかうまく頭が回らない。

 体を起こそうとすると鋭い痛みとともにあの日の出来事が頭の中に流れ込んできた。


(そうか⋯母さんはもう⋯)


 遅れて、知らない男が頭をよぎった。

 大柄な男が険しい顔でこちらに話かけている。


(まだ時間は⋯⋯父上なら⋯⋯それでは意味が⋯⋯)


 夢を見ているような感覚だ。

 ところどころ声が欠けている。

 はっきりしているは、僕のことを父上と呼んでいることだ。

 夢⋯なのか?


「大丈夫かい?その様子だと思い出せたみたいだね」


「⋯ここはどこですか?」


「ここかい?ここは軍の医療施設だよ。君の体を治してあげてるのさ」


 頭を抑えながら、質問を続けた。


「あの男たちは⋯なんでうちが襲われたんですか?」


「身元を調べてみるとアガルズの兵士であることがわかったよ 目的まではねぇ⋯⋯他に被害はなかったっていうし、ほんと謎なんだよねぇ」


 帝国の仕業だというのか?

 しかし、兵士は基本的に上の指示で動くものだろう。

 国を無視した個人行動が許されるはずがない。


 個人的な恨みというのなら納得はできる。

 けど、僕も母も誰かに恨まれるようなことはしていないはずだ。


 となると、父さん⋯?

 父さんは軍人だ、どこでだれに恨まれていてもおかしくない。

 そうだ、父さんは軍に務めているじゃないか。


「父さんは軍人です⋯!父さんに会わせてもらえませんか??」


「メルク大将殿のことだよね 大丈夫、そろそろくると思うよ 」


 いまいち軍の序列はわからないが、大将というのはどれくらいの立場なのだろうか。

 なんとなく上の方であるのはわかる。


 僕がここにいることを知っているということは、母さんのことも知っているのだろうか。

 どんな顔をして会えばいいのだろうか。

 父さんのことを考えると、いつも心にモヤがかかる。


 この感情を言葉にするなら--


「目を覚ましたようだな、ノア」


 入口の方から懐かしい声が聞こえた。


「父さん⋯⋯」


「話は聞いている⋯母さんのことは残念に思う。今後のお前の身の振り方についてなんだが---」


(⋯えっ)


 あまりにも自然な話の流れに、思わず声が出そうになった。


 母さんが、自分の妻が死んだのに、残念に思う⋯?


 たった今、父さんに抱いていた感情の正体がわかった。

 それは『怒り』だ。

 家のことを全て母さんに丸投げし、まったく帰ってこない父にいきどおりを感じていたんだ。

 母さんは父さんの話になるといつも「許してあげてね」と言っていた。

 いつも父さんを庇っていた、その母さんが死んだというのに、『残念に思う』のたった一言で済まるのか⋯?


 この怒りを抑えることはできそうになかった。


「母さんが⋯死んだんですよ? 僕も、死にかけた」


「⋯⋯⋯聞いている。お前は無事で良かった」


「無事でよかったって⋯⋯母さんは死んだんだぞ?!良かったことなんてないだろ!!」


 ただの八つ当たりだ。わかってる。

 それでも、この気持ちをぶつけられるのは世界にたったひとりしかいないのだ。


 静まり返った部屋は、ヘルマンの一言で息を吹き返した。


「まあまあ⋯ノアくん、君が運ばれてきてから一週間は経っているんだよ? 気持ちを切り替えるには十分すぎる時間さ」


「たったの一週間だ!!それに⋯それに父さんはろくに家にも帰らずに--」


「今もどこかで人は死んでるよ。この国は戦争してるんだ、ましてや軍人は常に死と隣合わせ 毎日毎日悲しむわけにもいかないだろう?」


「それは⋯⋯」


 言葉に詰まった。

 いつどこでだれが死んでもおかしくない、戦争とはそういうものだ。

 それでも死んだのは“誰か”じゃない、母さんだ。


 何も言い返さなかった父は口を開いた。


「あの日、なにが起きたのか話してくれ」


「⋯⋯⋯あの日は僕の誕生日でした。夕飯を食べたあと---」


 あったことを全て話した。

 目の前で母を撃ち殺されたこと。

 そしてその後、その男たちを自分の手で殺したことを。

 父は静かに聞いていた。


「母さんを殺された時、なにか体に変化はあったか?」


「⋯⋯? 心臓が、胸が熱くなりました。あと、相手の動きがよく見えてたのを覚えてます」


 その言葉を聞いた時、心無しか父の眼光が鋭くなった。

 そして父にとっての本題へと入った。


「軍に入れノア、そしてこの国のためにその命を使え」


 隣でヘルマンがあちゃ〜といった様子で頭を抱えている。

 もっと他に言い方ってものがあるでしょうといった顔だ。


 ここから帰る場所なんてもうどこにもない、返事はひとつしかないのだろう。

 なにより、なぜ母さんが殺されなければいけなかったのかを僕は知りたい。

 あの男たちが誰かに指示を受けていたのなら、その指示をだしたやつに報いを受けさせてやりたい。


 僕の答えをきた父は、後のことは任せるとヘルマンに伝え、部屋から出ていった。


「まずはしっかり体を休めようねぇ」




 二週間ほど入院することになった。

 精密検査が必要だと血を抜かれに抜かれた。

 治療目的とは思えないほど検査の毎日だった。


 そして、退院後の説明を受けた。


 軍に入るとはいっても、いきなり入れるわけではないとのこと。

 15歳から18歳までの3年間、国が運営する訓練学校で過ごし卒業後に正式に入隊することになるらしい。

 例外もあるが、現在軍にいる人のほとんどがその学校の卒業生だ。

 しかしまだ12歳なので15歳までの3年間は、特別に軍の訓練を受けることになった。


 父さんがなにかいったのだろう。




 順調に回復していき、予定通り二週間後に退院した。

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