ep1

 雪の降る日だった。


 今日は僕、ノア・アークノイドの12歳の誕生日。

 好物ばかりが並べられた食卓を母と二人で囲んでいる。


 軍人である父は仕事で忙しく中々家に帰ってこない。


 元々、一ヶ月に一度は帰ってきていた。

 それが三ヶ月に一度に、半年に一度に。


 戦争が始まったことで忙しくなったのだろう。

 最後に顔を見てから既に八ヶ月は経過している。

 誕生日くらいは、と期待はしてみたがやはり帰ってこなかった。


 たまに手紙が届くのだが、その内容は簡潔にいうと『すまない 忙しい 帰れない』である。


 数年前、戦争が始まったばかりの頃に父に連れられ軍の施設へ行ったことがある。

 自分から頼んだわけではなく、見せたいものがあると半強制的に連れていかれた。

 しかし、到着するなり眠ってしまったらしく気がつくと家に帰っていた。

 それでも、父とまともに過ごしたのはその日が最後だ。



 夕飯を食べながら、母とたわいもない話をする。


 この時間が好きだ。

 母はいつも楽しそうに喋る。

 その姿をみると安心するのだ。

 子供ながらにこんな毎日が続いて欲しい、なんて思った。


 一時間ほど喋ったあと、母から誕生日プレゼントに首飾りを貰った。

 母がいつも身に付けているものだった。

 なぜこれをくれるのかを聞いたら、母も12歳の誕生日に母親からプレゼントされたものらしい。

 それを聞いてもっと嬉しくなった。


 食事を済ませ、後片付けをしていると玄関のドアがノックされた。


 1回、2回、3回


「こんな時間にすみません⋯お手紙をお持ちしました⋯」


 時刻は20時過ぎ。

 うちに届く手紙といえば父さんからだ。

 ポストがあるのに、わざわざ手渡しということは急ぎの用なのだろう。

 仕方ないので受け取りに行こうとすると腕を掴まれた。

 母の方を振り返ると、固まっていた。


 さらにノックが1回、2回、3回。


「お急ぎとのことで⋯開けていただけますか⋯」


 明らかに母の様子が変だった。

 母だけではない、配達員の喋り方も⋯なんというか、不気味だ。


「逃げなさいノア⋯っ!!」


 母はそう言いながら台所にあるナイフを手に取った次の瞬間、ドアが勢いよく蹴り破られた。


「ひとり、ふたり⋯情報通りだな」


 帽子を被った男とその後ろにもう一人。

 こんな片田舎には似合わない服を着ており、右手には拳銃を持っている。

 男の銃を目にした母は、握っていたナイフを床に落とした。


「お願い⋯⋯子供だけは、子供だけはどうかっ⋯」


 母はひざを地面につけ、目の前の男に懇願こんがんした。


 その言葉を聞いたその男は、数秒ほど目を閉じ銃を構えた。


 そして母の頭を撃ち抜いた。


「逃げ⋯て⋯ノ⋯ア⋯⋯⋯」


「かあ⋯⋯さん⋯⋯?」


 横たわる母の頭元には赤い水溜まりができていた。


 これは現実なのか。

 夢なのではないだろうか。

 頬を捻ろうと手で触れると、血がついていた。

 母の返り血だった。


 そこで、やっと理解した。

 これは現実で、母さんが殺されたことを。

 そして次は自分の番だと。


(今から⋯⋯死ぬんだ⋯⋯)


 逃れられない運命を悟った。




 ---その時、心臓がドクンと大きな音を立てた。


(⋯⋯⋯?!)


 急に胸が熱くなった。

 比喩ではなく、実際に熱い。

 炎が心臓を包み込んでいるような、そんな感覚だ。

 その熱は徐々に全身へと広がっていく。

 でも、不思議と安心感を感じる。


 まるで体中の細胞が死を拒絶しているように、体とは反対に頭は冷めていく。


 冷静になり、生きる道を探した。



 そしてすぐに、今なにをすべきかわかった。


 床に転がるナイフを手に取り、男へ向ける。


「⋯⋯なんのつもりだ?」


 こいつらを殺せばいい

 そうすれば死なない

 たったそれだけのことだったんだ。


 男は銃口をこちらに向けた。


 どこからくる自信なのかわからない。

 勝てる気がしてならない。


 男に向かって走り出すと同時に発射された銃弾は、肩をかすめる程度でその足が止まることはなかった。


「なっ⋯⋯避けたのか?!」


 そのまま一気に距離を詰め、首を切り裂いた。


 男は一瞬出来事に何もできず、声にならない声をあげ倒れた。

 後ろにいた男は、目の前の光景に目の色を変えて即座に銃を構えた。

 しかし、すでに銃よりナイフの方が有利な距離にある。


「待て話を---」


 そのまま心臓を突き刺した。




 誰かを殺したことも、刺したこともない。

 喧嘩をしたことすらない。

 それなのになぜか、懐かしい気持ちになった。

 似たような経験をしたことがある。

 そんなわけがないのだが、今のを気持ちを言葉にするのならそれに尽きるだろう。


 現に男たちの一挙手一投足が手に取るようにわかった。

 というより、見えていた。


(この人たちは一体⋯⋯)


 ふと足元を見た時、横たわる母がいた。

 どこか冷静でいられたのは、母が死んだことから目を背けていたからなのだろう。

 その現実を見た時、心はいとも簡単に砕け散った。


 ひざから崩れ落ち、むせび泣いた。


 最後に泣いたのはいつだっただろうか⋯




 どこからともなく人の声が聞こえてきた。

 こちらに向かって走ってくる人影が見える。

 銃声を聞いて誰かが助けにきてくれたのだろう。


(今更きたって⋯⋯)


 もっと早く、母が生きているときにきてくれたのなら違った気持ちになっただろう。

 そんな都合のいい状況などありえないというのに。


 あまりにも理不尽なことを言っている自分に呆れ笑いがでてしまう。

 緊張が解けていき、体の力が抜けていった。


 その時、全身を激しい痛みが襲った。

 痛みに耐えられず、そのまま意識を失った。

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