デレデレお嬢様と使用人

 

 お嬢様のお屋敷に帰って来た。

 俺はここで住み込みで働いている。


「晴馬、荷物を片付けたら私の部屋に来て」

「承知しました」


 送迎してくれたリムジンを降り、屋敷に入った第一声でお嬢様からそう言われた。


 やっぱり忘れてなかったんですね。


 琉華お嬢様が罰のことを忘れてたり、気が変わってくれていることを期待していたんだけどダメだったみたい。


 今回はマジで、肉体的にキツいお仕置きが来そうだ……。


 罰せられると分かっていても行かなきゃいけない。自分とお嬢様の荷物を片付け、瑠華お嬢様の部屋へ向かう。



「失礼します。晴馬です」

「入って」


 ドアをノックし、中へ──



「晴馬ぁ!!」


 すごいスピードでお嬢様が抱きついてきた。

 ふんわりといい香りがする。


「お、お嬢様。離れてください。まだドアが空いています」


「断る。学校では我慢したんだ。もうこれ以上我慢なんて無理!」


 ギュッと、俺の腰に回された腕に力が入る。


「これはアレだ。私が飲みたいものを間違えた罰だ。だから逃げるのは許さない」


「ですが……あの、こんな様子を誰かに見られたら、俺はクビになっちゃいます」


「そんなこと私がさせない!!」


 ダメだ。

 何を言っても聞いてもらえない。


「わかりました。ではあとで好きなだけ抱きついてくれていいので、一旦離れて扉だけ閉めさせていただけませんか?」


「好きなだけ? 本当にいいの?」


「俺はお嬢様に嘘ついたことないでしょう」


「むぅ。それもそうだね」


 お嬢様が俺から離れた。

 すぐに背後の扉を閉める。


 遠くから誰かが近づいてくる足音が聞こえてから、間に合って本当に良かった。


 クビになるというピンチは切り抜けたが……。


「さぁ、約束だぞ。私を抱け、晴馬」


 両手を広げて瑠華お嬢様が俺を待っている。


 お嬢様はマジで可愛い。

 そんな人が『抱け』って言ってくる。


 ほんとにヤバい。


 お嬢様に言われるがまま。男の欲望のままに行動し、部屋の奥に見えるベッドにお嬢様を押し倒すようなことになれば、俺は神宮寺財閥によってこの世から消されるだろう。


 だから我慢しなきゃいけない。

 分かるだろうか、この苦痛が。


 これこそ、お嬢様が無自覚に俺に与えてくる『肉体的にキツい罰』なんだ。


「約束したのと、俺がミスしたのは確かなのでハグはします。でも俺だって男ですから、不用意に抱けと言うのはやめたほうが良いですよ。勘違いしてしまいます」


「勘違い? 私は晴馬に抱いてほしいと思ってる。それに勘違いも何もないぞ」


 はぁぁぁぁああああ。

 コレですよぉ。


 お嬢様は女性が男性とふたりきりの場所で『抱いてほしい』と言った結果どうなるか知らない。


 純粋にハグのことを『抱く』と表現してる。ひとつのベッド女性と男性が寝るって意味の婉曲表現の方じゃないんだ。勘違いしちゃいけない。


 まぁ俺が『抱け』≒『ハグしろ』と命令を脳内変換して受け入れればいいだけの話なんだけど。


 多分お嬢様も、俺以外にそんな命令しないだろうし。


 でも俺も健全な男子高校生だから、美人でスタイルも良い瑠華お嬢様からの『抱け』コールをただのハグで終わらせることにどれだけ苦心しているか理解してほしい気持ちはある。


「なにぼーっとしてるんだ。ほら、早く」


「お嬢様が抱きついて来ればいいじゃないですか。さっきだって勢いよく抱き着いてきてましたし」


「そ、それはだな。改めて晴馬の顔を見ながらだと、ちょっと恥ずかしいから……」


 扉の前で俺が来るのをずっと待ってたんだろうな。


 で、気持ちが昂ぶりすぎて俺が入ってきた瞬間につい抱きついちゃったと。


 でも俺だって自分からお嬢様に抱きつきに行くの、クッソ恥ずかしいし緊張しますからね?


 ガッつかないように、我慢しながら。

 ゆっくりいかなきゃ。


「晴馬ぁ、早く私を抱いて」


 こ、この人!!

 確信犯ですよね!?

 絶対狙ってますよね!!?


 俺は神宮寺財閥の要人を警護するSPさんたちが受けるのに近い訓練をこなしている。それによって鍛え上げた鋼の精神力で耐えながら、ゆっくりと瑠華お嬢様を抱きしめた。


「は、晴馬だぁ。ひさしぶりに晴馬に抱かれちゃった。これ、すごい。私いま、すごく幸せ」


 俺の首筋をクンクン嗅がないでください。

 必死に我慢してるんですから。


「晴馬いいにおい」


 そんなわけないでしょ。

 高校から帰ってきて、そのままここに来た。


 シャワー浴びてから来るべきだった。そうしたかったけど、お嬢様を待たせるわけにもいかず急いだ結果がこれ。


 なんとなくこうなるのは予想してたけど、汗流してこなかったのを後悔してる。


「晴馬のにおい、癒されるぅ」


「あの、そろそろ離れていただけませんか?」


「いや! 好きなだけ抱きついていいって言ったよね? 今日はもう晴馬から離れないの」


「それじゃ、お風呂はどうするんですか。ご飯も食べなきゃいけませんし、寝るときだって困りますよね」


「お、お風呂? えっと、それは……。晴馬は私と、お風呂一緒に入りたい?」


 入りたいか入りたくないかでいえば当然入りたいですよ。でもそれをやったら俺はこの世にいられなくなるんです。


 てかお風呂とか自分から言い出さなきゃ良かった。一緒に入りたいかって聞かれて、思わずちょっとだけ瑠華お嬢様の身体を妄想してしまった。そもそもスタイル抜群なお嬢様の身体が俺に触れているんだ。


 百聞は一見に如かず、百見は一触に如かず。つまり触れちゃえば、見えてなくても妄想が容易過ぎるってこと。


 そのせいで俺の一部が反応しそうになってる。


 なんとか状況を打破しなくては。


「これは罰なんですよね? 罰には明確な期限などが必要です。そうじゃないと主従関係はうまくいきません」


 しらんけど。


「そ、そうなの?」


「そういうものです。今回は俺がお嬢様の飲みたいものを予測しきれず──」


「それなんだけどね。あの時、本当は甘いミルクティーが飲みたかったの」


 えぇ。

 もちろん知っていましたよ。


「ルイボスティー、ちょっと苦いですもんね」


「あっ。てことは晴馬、やっぱり私のためにわざと間違えてくれたんだ!!」


「何年お嬢様の使用人をやっていると? 瑠華お嬢様の好みや、その時飲みたいものの把握くらいは出来て当然です」


「さすが私の晴馬だね!」


 嬉しそうにするお嬢様の笑顔が眩しい。


 だがこの笑顔に流されちゃいけない。

 俺はプロの使用人。お嬢様の付き人だ。


 それからお嬢様は『やっぱり』と言っていた。俺がわざと間違えたことにも気づいていたんだ。それでいてあの場では俺に罰を与えると言い出していたから、ただ俺とハグしたかったから言い出したことに違いない。


「てことで罰は必要ないですよね。このハグも、これで終わりってことでいいですか?」


「それはダメー! さっき晴馬が言ったもん。好きなだけ抱きついていいって。いつ終わるかは私が決めるの」


 ダメだ。

 離れてくれる気はなさそう。


「わ、わかりました……」


 仕方ないから心を無にしよう。

 10分も耐えれば、流石に離れてくれるはず。


 たぶん大丈夫。かなり厳しい状況だけど、琉華お嬢様からこれ以上の誘惑をされなければ耐えられる。





「ねぇ、晴馬。私はあなたになら、ベッドの上で抱かれても良いと思ってるからね」


「──っ!?」 





─────────────────────

【あとがき】


閲覧ありがとうございます!

カクコンに参加したくて書きました!!


面白い、続きが読みたいって思っていただけたら★で評価いただけると幸いです。

このネタが好評だったら長編にするかもしれません。


カクコン締め切りまでにあと数作投稿していく予定なので、そちらもチェックしてくださいねー!



『死を恐れた魔導士、不死の研究を続けて3千年経過。まだ研究は完成しない』

https://kakuyomu.jp/works/16818093091397091017


『闇落ち聖女のやり直し ~二度目の人生は秘境にて、前世で私を慕ってくれた聖騎士とスローライフを送ります~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330655701317081


『最強万能なハイエルフ執事は、悪役令嬢のバッドエンドを認めない』

https://kakuyomu.jp/works/16817330656028713810

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ツンデレお嬢様と使用人  木塚 麻耶 @kizuka-maya

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