ツンデレお嬢様と使用人 

木塚 麻耶

ツンツンお嬢様と使用人

 

晴馬はるま、教科書」

「はい。こちらに」


 神宮司じんぐうじ 琉華るか様の机の上に次の授業で使う教科書とノートをセットする。ちなみに今日授業で使う教科書など彼女の分は全て俺がここまで持ってきた。自分の教科書もあるのでかなり重かった。


「内容のまとめは?」

「いつも通りにしています」


 今日の授業の範囲を予習し、覚えるべきポイントなどをノートにまとめている。以前クラスメイトに見せたら『凄く分かりやすい』と好評だったので、琉華様の役にも立っているはず。


「そう。もういいわ」

「失礼します」


 ここまでやっても教室でお礼を言われることはないけど、そんなこと気にしない。


 これが俺の仕事だから。


 総資産100兆円の神宮寺財閥。

 その総裁のひとり娘である神宮寺 琉華様。


 高校1年生の彼女と同い年の俺は、琉華様の付き人をしている。


 実は家庭の都合で小学校3年生の時からこの仕事をやっていた。


 

「晴馬、飲み物を買ってきて」


 おっと、再度ご命令だ。

 急いでお嬢様の席に向かう。


「はい。ご所望は──」


 プロ使用人の推理力が試されるとき。

 

 まずあるじの表情を見て感情を推し量る。

 うん、いつも通りの無表情。


 相変わらずお美しいですね。

 しかし情報は得られない。


 では周りの状況を把握しよう。

 見ればご友人と歓談中だった様子。

 

 どうやら友人が飲んでいるモノを飲んでみようということになったんだろう。


 答えは出た。

 この間、僅か0.5秒。

 


「ルイ──」


 答えはルイボスティーで間違いない。

 しかしお嬢様の望みはそれではない。


 俺の口から出た言葉で琉華お嬢様の表情が微妙に変化したのを見逃さなかった。これは6年も一緒にいる俺にしか読み取れないだろう。


「買ってまいります。少々お待ちください」


 俺はダッシュで購買に向かった。


 そして甘いミルクティーを買って教室に戻る。


「お待たせいたしました。ミルクティーです」


「……えっ」


 俺が差し出した飲み物を見て、お嬢様が驚いていた。


「あははっ。プロ使用人の晴馬君でもミスるんだね。琉華は私と同じルイボスティーを飲みたがってたんだよ」


 琉華お嬢様と仲良くしている鳳來ほうらい財閥の御令嬢、咲良さくら様が笑いながらそう言う。


「た、大変申し訳ございません。今すぐ買い直してきます!」


「いい、これで。無駄遣いは良くない」


「やっさしーね、琉華。晴馬君はちゃんと確認してから買いに行こうね」


「はい。次は気を付けます」


「そう、気を付けて。今回はこれでいいけど、間違えた罰は帰ってからする」


「承知しました」


 あー。やっちゃったか。

 仕事を終え、俺は自席に戻る。


 教室の右前の席へ。

 琉華お嬢様の席は教室の左後ろ。


 対角線で教室内ではかなり離れている。でもプロ使用人として訓練を積んだ俺はお嬢様の呼び出しにはいつでも反応できるようにしている。その代わりプライベートな内容になりそうな会話は聞かない。お嬢様が発した『晴馬』という言葉だけに反応するように厳しく訓練されてきたんだ。



「いつもながら晴馬は大変やな」


 隣の席の田中君が声をかけてきた。


「これが僕の仕事ですから」


「お嬢が望むんを予測してダッシュで買いに行ったんは偉い。でも間違えてたら意味ないで。ちなみにお嬢の罰ってどんなん?」


「いろいろありますが、久しぶりにやらかしたので今回は肉体的にキツいのがくるかもしれません」


「巨大財閥の使用人も大変やな。もしヤバそうだったら言ってな。耐えられるように遠くから応援したるから」


 助けてはくれないんだ。

 まぁ、そりゃそうか。


 田中君も大きな製造メーカーの社長子息。ここは彼らのような選ばれし人しか入ることのできない学園。


 でも田中君のお父様だって神宮寺財閥には逆らえない。


「僕はただの使用人ですから。お嬢様のおかげで、こうして学校にも通えています。精一杯お仕えしますが、ミスした際はしっかり罰を受けます」


「まじめやなぁ」


 本来は使用人が入学などできないのだけど、俺は神宮寺財閥の力でお嬢様と一緒に通うことになった。


 お嬢様が俺に罰を与えるというなら、俺はそれを受ける。


 ちゃんと受けるつもりだけど……。

 


 嫌だなぁ。

 お屋敷に帰りたくない。


 戻った後に課せられる罰が憂鬱すぎて、現実逃避しそうになっていた。

 

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