第21話 男の誓いに訂正はない ②
”ティターン”の光砲が空を薙ぐ。
もう街を焼き払う事に旨味を感じなくなったのか、今度はこちらを直接狙い撃ちする方針に切り替えたようだ。
”サウザンド”と”ヴァリアンス”は、バレルロールを行いながらビームの群を回避する。
こうして回避し続けていられるのも、もはや時間の問題だ。
奴はおそらくこちらを逃がす気は無い。どれだけ避けようとも、執拗に狙ってくるに違いない。
《どうする!? 策はあるんだろう!?》
「――急かすな」
ウィザードは意気揚々と言ったものの、路頭に迷っていた。
”サウザンド”の武装だけが、この場を切り抜けられる必要条件。だが、大切なのはその過程にある。
”ティターン”に乗っているのは、ミハイルにとって目を背けたくなるような人物。
否――人と言うのは誤りかもしれない。
あれだけの火器を制御はできるものの、操縦そのものは素人も同然だ。
加えてあの巨体だと、ろくな回避行動はとれない。
ミハイルともなれば、あの重火器の射線を潜り抜けて奴の懐に潜り込み、大打撃を与えることが可能であるはずだ。
しかしそれには、ウィザードの援助が必要不可欠となる。
「ミハイル・バジーナ。今の君にとって最大の障害となっているものは何だ?」
《……奴に近づく上で一番邪魔なものってこと……?》
「そう言っている」
《ややこしいんだよ!!》
ため息の後、ミハイルは答える。
《背中の砲台。胸部の大型砲台は火力だけで射線は読みやすいけれど、あっちの方はそれなりの火力を持ちながら精密性にも優れているから》
なるほど、とウィザードは喉を鳴らす。
あの背中の砲台は、確かに厄介だ。近づいたところで、あれに捉えられては意味が無い。
だが、あれさえ沈めれば接近時に胸部砲台は何の脅威にもならない。
「請け負った!! 耐えてくれよ、バジーナ大尉!!」
《あっ! おいっ!》
ミハイルの抑制も効かず、ウィザード機は”ティターン”目掛けて猛進していった。
放たれたレーザーを回避し、標的を肩部の砲台へと定める。
右肩部の砲台が、確固としてこちらを付け狙ってくる。
連続して放たれるレーザー。クールタイムと言う言葉を知らない三連続の放射に、ウィザードは度肝を抜かれた。
接近されるまでこの機能を隠していたようだ。原作でも連射している描写はあったが……ここまでの連射性能とは。
レーザーを避け終えた彼に襲いかかるは、一機の”ヴァグ”。
敵パイロットの雄々しい叫びが、無線を通じて聞こえてきた。
《貴様らに!! 貴様ら地球人なぞに、我々の尊厳を奪われてたまるかっ!! 我々こそ、真の人類だぁぁっ!!》
セイヴァーによる力強い攻撃。
赤き残像がモニターを覆い尽くし、気づけば機体もろとも吹き飛ばされていた。
「ふん。ヴァルーツなぞに縋っているようでは、貴様らも我々地球人と何ら変わりはないっ!!」
《貴様……なぜ我々の計画を知っている!?》
ウィザードは全部知っている。
奴らアーク連邦残党の目的も、その結末も。
今こそ《プライムテラーズ》として地球人と手を組んではいるが、そのうち分裂し、波乱の戦場と化すのだ。
そして、アーク連邦残党はかつて連邦を支配していたヴァルーツ一族の権力に依存している。
現存するヴァルーツはミハイル――ミラとその妹のアルバのみ。
彼らからすれば、生きている保証もない人間に縋っている――なんと脆く、愚かな者たちなのだろう。
凄まじいGがコックピットに降り注がれる。
ウィザードは血反吐を吐きそうになりながらも、空中で体勢を立て直し、スラスターによる超噴射によって猛進した。
”ヴァリアンス”と”ヴァグ”のセイヴァーがぶつかり合う。
「まずいっ!!」
”ヴァグ”の腹を蹴って、即座にその空域から離脱。
こちらを追跡しようとした”ヴァグ”のシルエットが、
爆散する機体を見据え、ウィザードは歯噛みした。
「見境がなくなってきたか……!!」
味方をも撃ち抜いた”ティターン”に、ミハイルは違和感を覚えていた。
そもそも、あれだけの火器管制ができるパイロットなどいるのだろうか? という疑問が、奴を見たその時からあった。
「まさか……あれには……いや、そんなはずは……」
受け入れ難い想像をしてしまい、ミハイルはその考えを振り払おうとする。
かつて、自分が所属していたアーク連邦という組織。
そこで行われていた狂気の研究。
アルバ・クローン――彼女の妹、アルバのクローン体を無尽蔵に量産。脳機能を増強することで擬似的な〈アルカナ〉を実現しようとした。
果てしない量が造られた。
実戦に投入されたのは、自分の管理下に置かれていたほんの数体のみ。
あとは戦後、どうなったのかミハイルにも分からない。
もしも廃棄されておらず、奴らに流出していたりしたならば――。
「っ……!! このぉぉっ!!」
寒気がする考えを振り払うべく、ミハイルは一心不乱に”サウザンド”を駆る。
彼女の心情を反映するように、”サウザンド”の動きは一気に荒々しくなる。
再び解き放たれたビームを回避しながら、ブーメランを放り投げた。
しかし、それは割り込んできた”ヴィシャス”を落としたくらいで、ビームに邪魔されて肝心の砲台破壊には至らなかった。
ブーメランが手元に無事に戻ってきて、ミハイルは安堵する。
”サウザンド”は接近さえできれば破格の火力を誇る機体。裏を返せば、接近できなければ、ビームライフルを乱射するだけの”ヴァリアンス”と何ら変わりない。
彼の”ヴァリアンス”に頼るしかない。
悔しいが、彼ならこの状況をなんとかできる――ミハイルにはそんな気がしてならなかった。
「ミスター・ウィザード。お前も〈アルカナ〉なんだろう!! ならば、その力を示してみろ!!」
ミハイルの強気な言葉に、ウィザードは戸惑っていた。
「……ほう、私を〈アルカナ〉と呼ぶか。皮肉なものだ」
ある意味、彼女らからすれば〈アルカナ〉という特異的な人間の枠組みに収めるしかないのかもしれない。
〈アルカナ〉――それは第六感に優れた真なる人類。
”来たるべき対話”の為に、その架け橋となり得る人類の総称だ。
だが、彼は真なる人類どころか、この世界の人類ではない。
そんな自分が〈アルカナ〉と呼ばれるなど、皮肉である他ないだろう。
”ティターン”の三連装砲が対となって轟く。煉獄の軌跡が機体を掠め、コックピットに膨大な熱が伝わってくる。
〈フォースレヴ〉を使ったところで、所詮は”ヴァリアンス”。宇宙での二の舞になりかねない。
――いや、彼女の腕を信じるか。
ウィザードの脳裏に、アスカの清廉な面立ちが浮かんだ。
アスカが自分のためにと調整してくれたこの機体――彼女ほどの技術者ならば、もしかしたら。
また、”ティターン”の三連装砲が炸裂する。クリムゾンリアクターからの無尽蔵のエネルギー供給では、いかなるゲイズチェイサも弾切れという言葉を知らない。
”ヴァリアンス”は二対のセイヴァーを引き抜く。赤き軌跡を描きながら”ティターン”に突撃していく。
煉獄の潜り抜け、その装甲を斬り裂いたはいいものの、ダメージなど与えられない微かな亀裂しか生み出せなかった。
胸部の砲口からビームが放たれ、その矛先が数多の樹木のように枝分かれし、四方八方に放出される。
《この機体……まだこれだけの性能を隠しているのか!?》
ミハイルが危機感を抱いているのが、無線越しにも分かった。
《クソッ!! アーク連邦がぁぁぁっ!!》
《これ以上、壊させてたまるかっ!!》
アズチの怒号が、アスカの決死の声音が聞こえてくる。
スラスターで交代する中、ウィザードは覚悟を決めた。
自分一人でどうにかできる。そんな自惚れは非常に愚かかもしれない。
だが、この場にいる誰もが命をかけて抗っている。
その証明を、自分もしなければならない。
「すまないアスカ。この機体、少々乱暴に使わせてもらうぞ」
セイヴァーを振るい、全神経を研ぎ澄ます。
”ヴァリアンス”では数分と保たない〈フォースレヴ〉。それを有効活用しなければ、この勝負に勝ち目はない。
(見極めろ……!!)
クールタイムが終われば、奴はノータイムで撃ってくる。
こちらを滅することしか頭にないその思考を、逆に利用してやる。
全てがスローに見える空間。徐々に赤熱していく目前の砲口。それは、二本とも確かに彼の方を照準に定めていた。
刹那――猛火の如くの煉獄が”ヴァリアンス”を貫かんと解き放たれる。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
白銀の戦士は、無謀にも一縷の光刃を煉獄に向けて突きつけた。
擬似粒子が織りなす質量を持つ結晶体と質量を持たぬエネルギーの結晶体との刹那の拮抗の後、紅蓮のエネルギーは機体の腕をも蝕み、凄まじい爆炎を撒き散らす。
だが、腕を犠牲に”ヴァリアンス”は煉獄に灼かれるのを免れ、大空へと舞い上がった。
「とくと見るがいい!! 盟友が作りし、我が機体の奥義を!!」
開閉式になった自爆用ボタンを押し、モニターを覆い尽くすのは警告用のウィンドウ。
”FORSLEB SYSTEM STANDBY”
灼熱にも勝る紅を有する粒子が、かの”ヴァリアンス”からヴェールのように放出される。
マントを靡かせるよう、”ヴァリアンス”は片腕のセイヴァーを頼りに突撃した。
「切り捨てっ!! ごめぇぇえぇぇんっ!!」
さながら山岳から噴き出るマグマの如く、出力が最大まで上昇したビームセイヴァーは、機体の全長はあろうかという程の巨大砲台を難なく一刀両断する。
片方の砲台が彼の機体を捉えた。
一、二、三発と放たれた煉獄の軌道を目にも留まらぬ速さで回避し、巨大砲塔を三等分に切り刻み爆散させる。
「ミハイル・バジーナっ!!!!」
無線機で彼女に呼びかける。
そうする前に、”サウザンド”は”ティターン”に向け猛進していた。
胸部から放たれる拡散レーザー。
蜘蛛の糸のような包囲網を潜り抜け、両肩に収めたビームブーメランを一気に放り投げた。
放物線を描く円月の刃は、一瞬のうちに胸部装甲を切り裂き、胸部の砲台を使い物にならなくする。
《終わりだっ!!》
残るはコックピットのみ。
黄金の騎士が、悪逆無道の狂戦士の眠る鉄箱を見定め、裁きの鉄槌を下す。
”キィロツィアビーム裂脚刃”によるサマーソルトで巨大な亀裂を作り出し、そこへ追い打ちをかけるかのようにビームセイヴァーでの三連撃の叩き込んだ。
電気系統から火が漏れ出し、稲妻がその場にあるあらゆる粒子を伝って迸った。
満身創痍の”ヴァリアンス”、”サウザンド”はすぐさまその場から撤退。
背後には、見る者が見れば天からの裁きにも見える、息を呑むほどに巨大な爆炎と黒煙が瞬く間に上空を覆い尽くす、この世の終わりともとれる光景が広がっていた。
◇
「リアム」
リアム・ソナタは、明朝に目を覚ました。
身体には嫌な汗がまとわりついて、シーツを被っていたにも関わらず寒気が全身に張り詰めている。
その様子を見て察したのか、アルバは彼の手をそっと握る。
「また、悪い夢?」
リアムは汗を拭いながら、こく、と頷く。
「大丈夫よ。私の……いや、”あの子”たちの事を気にしてるなら。あなたは何も悪くないよ。お姉ちゃんも、兄さんたちだって……みんな、戦争でおかしくなってただけよ」
アルバは彼のことをそっと抱きしめた。
空色の髪から香る仄かな甘さと、小柄な身体から伝わる温もりは、リアムの心を安らげた。
二人は気分を紛らわせるべく、まだ薄暗い砂浜を訪れた。
さざなみの音に混ざって、リアムにとっては寒気立つような轟が聞こえてくる。
何の音だろう、とリアムは考えた。
ここからでは遠くの地で何が起こっているのかは知る由もない。ただ、間違いなく、人類結束連盟の支配下に置かれたこの世界であっても、何かが起こっている。
砂浜に流れ着いたあのおかしな軍人。
彼なら、何か知っているのだろうか。
「あの人、どうしてるかな」
「その人の話しないで」
アルバはどう言う訳か食い気味に、すこぶる冷徹な声で話を遮ろうとする。
「……アルバは、まだ終わってないと思う?」
「何が?」
被った麦わら帽が、風のいたずらで飛びそうになるのを押さえ込みながら、アルバは上目遣いで尋ねる。
「戦争が――いや、僕たちが呑まれそうになった、憎しみの災禍が」
リアムの囁くような声に、アルバは帽子のつばへ顔を隠した。
「……終わってて、ほしいな」
リアムは穏やかに揺れる波を見ながら、心を揺らげていた。
”連盟の蒼き悪魔”。それは紛れもなく、〈レギオン〉を駆り、戦場で数多のアーク連邦兵を殺めた自分のことだ。
そんな力を持った自分が、何もしなくて良いのか? と。
もう戦いたくない、哀しいのは沢山だ。
でも、そのまま目を背け続けるのはもっと哀しいことなのではないか?
リアムには分からなかった。
この世界の実状も、自分の心情すらも。
◇
戦地となったナイジェリアの市街地は、全面的に封鎖された。誤魔化しようがないほどの惨状と化したその街は、市民及びその光景の目撃者全てに記憶処理を施した上で、「工場のクリムゾンリアクター事故による大規模火災」という偽りの情報を報道すると《ラウンズ》の上層部――いわば、人類結束連盟の最高評議会のもとで決定づけられた。
”ハンドレッド”の船員と、本部から派遣された《ラウンズ》の復興作業要員まで駆り出され、一刻も早く痕跡を消すことを目的に復興が進められていた。
朝日が、薄闇の曇天の隙間から漏れ出ている。こんなにも空は美しいというのに、照らし出すのは醜い人の心を具現化したような大地ばかりだ。
「アスカ。すまない……君がせっかく、私を思って作ってくれた機体を」
”ヴァリアンス”は一瞬にしてダメになった。関節系統はイカれ、リアクターのリミッターを解除したことによる膨大な熱によって、あらゆる電気系統までも故障してしまった。
おまけに腕とセイヴァーも吹き飛んだ。
普通のメカニックなら、落雷のように怒り狂うか、豪雨のように泣き喚くかの二択だが、アスカはどういう訳か誇らしげだった。
「ボクの機体が、大尉を守ったんですね」
そう言ってアスカは笑う。
アニメ本編では到底見られない、アスカの笑顔に、ウィザードは罪悪感など吹き飛んだ。
「ウィザード大尉、ちょっといい?」
ミハイルはそう言うと、彼の断りも聞かずに引っ張るようにしてある場所へと連れて行く。
そこには、巨人が横たわっていた。
コックピットがぐちゃぐちゃに焼き爛れているが、原型は保っている”ティターン”。
「……どうしても、確かめないといけないことがある」
そう言う彼女の顔は、わずかなきっかけで崩れ落ちてしまいそうな危うい雰囲気が漂っていた。
”ティターン”のコックピットを覗きこもうとするミハイルを、ウィザードはつい引き止める。
「君は休むといい。私が確認して艦長に報告しておこう」
「……ここにいて」
彼が肩に置いた手を除ける彼女の指には、力が込められていた。そこから彷彿とさせるのは、ファーストシーズン――仮面の女と呼ばれていたミラ・ヴァルーツの面影だった。
ミハイルは踏み込んでしまう。
ウィザードはまた止めようとする。しかし、その手は届かなかった。
焼き爛れた金属片を退かした時、彼女の動きが止まる。
「ぁ……あ……」
血が抜けたように、ミハイルの美しい白の肌が青白く染まった。
コックピットに横たわるのは、見るに堪えない人の亡骸。
それそのものは、ミハイルは見慣れていた。
問題なのは、その亡骸が――彼女の妹にそっくりであることだった。
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