第22話 アルバ・クローン



 ”ヘヴンダウン戦争”の最中、アーク連邦は禁忌を犯した。


 人間のクローン――倫理の観点からこれまでその一切が禁止されてきたその技術を、アーク連邦は何の躊躇いもなく使用し、軍事利用した。


 その主たる目的は、当時は机上の空論でしかなかった真なる人類〈アルカナ〉を擬似的に再現するべく、膨大な手術を繰り返し、人命を浪費するのを防止するため、及び、兵力が削られることを防ぐため。アーク連邦では百体を超えるクローンが造られた。


 そのオリジナルとなったのは、ヴァルーツ家の第七皇女 アルバ・ヴァルーツだった。


 彼女が選ばれた事に、何ら特別な理由はない。あるとするなら、彼女の兄にあたり、実質的な連邦の支配者であったグラン・ヴァルーツが、人質のような形にさせることで、妹に溺愛するミラを手駒にするためだろうか。



 禁忌とされてきただけであり、ヒトのクローンは何ら難しいものではない。

 相応の設備さえあれば、クローンのクローンを作って何倍にも数を増やすことは可能だ。




 灼けた鉄箱の中に眠る肉塊を見て、ミハイルはその場に崩れ落ちた。

 ウィザードはそんな彼女に寄り添う。

 

 止められなかった。否、ここで止められていたにしても、どのみち彼女は知ることになってしまうだろうが。


 

「……知ってるの。貴方。この子のこと」

「アーク連邦のクローン……その成れの果て」



 ウィザードは神妙な声音で答える。

 もう彼女は「なぜ知っているのか」などの疑問を口にはしなくなった。


 ただでさえ疲弊していたミハイルが、さらに憔悴するのを見て、ウィザードは耐え難い罪悪感に苛まれた。


 ここで”ティターン”を倒すことは、間違いなく悲惨な結末を変えることに繋がる。ここで”ティターン”を逃がし、こちら側の状況が劣勢になることによって、次なる”ティターン”との戦闘は精神的にも肉体的にも逼迫したものになる。


 それが、アズチの死に直結し、アスカの精神崩壊のフラグが立つ。



 だが、二人の為にミハイルを追い詰めるのは、果たして正しいことなのだろうか。



「これは”道具”だ。君とて、それを心得てこれまで過ごしてき――」



 気休めの言葉を掛けたつもりだった。

 しかし、次の瞬間には、煤が纏わりついた熱の籠る大地へと叩きつけらた。

 彼女の手によって首が激しく圧迫される。


 その言葉は、ファーストシーズンでミラの部下が散々口にしていた物を模したものだ。

 おそらくは、こうして激昂したのは言葉そのものの問題ではなく、口にする人間の問題だろう。部下でもなければ家族でもない。軽口ばかりの仮面の変態に言われれば、逆上するのは当然か。


 彼女の目には悲哀と憎悪、憤怒――あらゆる感情が混ざり、如何に表現すべきか分からぬものとなっている。



「あぁそうさ!! これは道具だ!! 私の妹そのものじゃない!!」



 首を絞める力がさらに強まる。

 だが、か弱い。女性らしい細い手だ。彼の太い首を絞め込むには、如何せん力が足りない。


 彼女は、戦争になんて関わってはいけない、一端の女性なのだ。因果が、宿命が、はたまた運命シナリオが、一王国の皇女を戦争の災禍へと叩き落とした。



「だが、一つの命として生まれてしまった。心を持って生まれてしまった。親を欲し、友達を欲し、愛情を求めるただの子供なんだよ!!」



 襟を掴まれ、後頭部がコンクリートに激突する。頭に響く鈍い痛みすら気にならない。



「……お前は……何なんだ……!! お前は……」



 それでも彼女は泣かない。

 アニメ本編でも、ミラが泣いたシーンはファーストシーズンの最終回のみだ。


 いや――ミハイルと名を偽り、傷心しきった彼女にはもはや”泣けない”というほうが正しいのかもしれない。



 ウィザードはただ、そんな彼女の怒りのはけ口になることしか思いつかなかった。




 ◇




「レイさん。は、まだあるんですよね」



 居間で三人揃ってコーヒーを嗜む中、リアムはポツリとレイにそう尋ねた。


 テレビには、ナイジェリア区で起こった工場の大事故――と偽られた情報を発信するニュースが流れている。



「……やめておけ」

「リアム……!!」



 隣に座るアルバは、必死の形相で訴える。


 リアムの一言で、穏やかなコーヒーブレイクの時間は、瞬く間に緊迫感張り詰める物へと早変わりする。



「関わっちゃ駄目だよ……! 確かに、戦争は終わってないのかもしれないけど……そこにリアムが関わる理由なんて一つもないでしょ……?」



 泣きそうになり、彼の腕に縋る彼女の頭を、彼は抱き寄せて目を伏せた。


 レイは言う。

 工場のリアクター事故でビームで薙ぎ払ったような痕跡など残るはずが無いと。そもそも、たかが工場にあるリアクターが爆発したところで街一つが無くなるには至らないと。


 この情報は全くの偽りで、結束連盟は明らかに何かを隠している。



 リアムは、それをどうしても確かめたかった。



「何処で戦闘が起こっているのかも分からない。ナイジェリアはもぬけの殻と見ていい」

「……だから、今すぐ行かないといけないんです。何のために”あれ”を、今の今まで」

「リアムっ……!!」



 リアムが立ち上がってから、遅れてアルバも席を立った。

 

 彼は優しすぎる。遠く離れた地で、戦争によって苦しめられる人にすら同情してしまう。それは自惚れとも言える。

 自分ならどうにかできる、そんな思いが少しでもあるからこそ、彼は行動に移すのだ。


 世界の実態に気がついている人は多くいるだろう。皆、自分ではどうしようもないと思って行動に移したりなどしないだけで。



 リアムが家を出ていくのをアルバが追う。



「……言っても聞かないのがあいつだ。初めて会ったときからそうだ」



 レイはため息をついた。


 父親にも殴られた事の無かった少年。殴られもせず一人前になった奴はいない。だが彼は、殴られても反旗を翻し続けた。



 大人になって、身も心も傷ついたって、それは同じなのだ。




 ――あなた達は、こんな戦争が正しいと思っているのか!? 何も知らない学生も、市民も巻き込むような戦争が!!




 静かに浮かんでくる彼の声に耳を傾けながら、レイも彼の後をゆっくりと追うのだった。





 一見すれば単なる孤島に過ぎない。

 だが、その地下には船一隻は格納できようかという広い空間が広がっていた。


 全ての電力が行き届いていないライトが、仄かに暗闇を照らす中、そこに佇まう人型が一機。



 蒼緑白トリコロールの装甲に包まれた、ヒロイックなデザイン。

 本来あるべきツインアイのカメラの片方が損失し、V字を彷彿とさせるアンテナもその片割れを失っており、頭部は抉れたように破損したまま。

 左腕部は辛うじてフレームだけ残ってはいるが、装甲の一切が取り払われている。



 ”レギオン”――この世界で初めてそう呼ばれた機体だ。



 セイヴァーとライフル、牽制用のバルカン、最低でも積載武装が三つであったゲイズチェイサに、数多くの武装を載せるという”反逆”のようなコンセプトで開発されたこの機体。



 リアムの知る限り、”二機”しか製造されてはいないが、今の世の中ではそれ以上開発されていても不思議ではなかった。


 

 とは言え、こんな姿になった”レギオン”には特異性である複数武装など存在せず、単にスペックの高い機体――かつてはの話だが――となっている。



 〈ヘヴンダウン戦争〉を生き残り、元民間人でありながら、英雄に等しい戦果を挙げたリアム。レイと彼の戦友の協力を経て、この機体を不完全ながら、連盟の監視を免れ、これまで保管することができた。



「リアムっ!!」



 泣くように叫んだアルバが、薄闇の中で肩を上げ下げする。



 リアムは彼女の顔を、まじまじと見ることができなかった。



「……それには、私が乗るから」



 しばらくの静寂を裂いたのは、アルバのそんな一言だった。

 リアムは、不思議と既視感を覚える。

 七年前――彼女と初めて会ったのは、民間人ながら軍法機密の”レギオン”に無断搭乗し投獄されていた時。

 檻の中で泣く自分に、彼女は寄り添ってくれた。



「駄目だよ」

「女の子だからって馬鹿にして! 私、一応パイロット適正は高かったんだから」



 アルバがそう言い切ると、また静寂が辺りを支配し、彼女はくす、と渇いた笑いを漏らす。



「初めて会った時も、こんな会話したね――その時もあなたは、私のことを止めた。優しくって、それなのに、誰よりも泣き虫で」



 暗闇に包まれた彼女の表情に、悲哀が滲み出るのが分かった。

 初めて会った時は軍人と民間人という、相容れないはずの関係だったのに。今では、ここまで思ってくれる存在になっている。



 彼女の影が自分の胸元に落ちるのを見て、そっとそれに手を添えた。肩は強張り、それだけで何かを懸命に訴えようとしているのが分かる。



「もう、こんなのに乗らないでよ。リアムの泣くところなんて、見たくない」



 ゲイズチェイサ。それは人殺しの道具だ。

 どんなにヒーローじみた見た目をしていようと、どんなに英雄扱いされようと、その実態は同じパイロットから、無抵抗な市民までも殺す大量殺戮兵器。

 


 暗い空間に光が灯る。

 ”レギオン”頭上のハッチがぎしぎしと軋みを上げながら開かれて、地上を照らしていた光が漏れてくる。



「俺も泣けば、流石のお前でも動揺して引くか?」



 レイがその場にやってきて、皮肉っぽく言い放つ。

 生憎、レイが泣くところなど思い浮かばない。泣いてる人間をぶん殴って「殴ってなぜ悪いか」というような軍人なのだから。



「……行くんだろう。どれだけやめろと言っても」



 レイの真剣な声音に、リアムはゆっくり頷いた。   



「悔しいが、そんなオンボロに乗ってても、お前ならやれるって思っちまう――だが、俺もお前も、この世界がどんなふうになってるのか、何も知らないんだぞ」



 この機体単機で乗り込むのは、あまりに危険な行為だ。


 だが連盟軍ならば、この機体を見たら何のアクションも起こさないはずがない。連盟軍か、それに準ずる組織と接触できれば。



「僕は、もう見過ごしてなんかいられない。戦うのは哀しいことだ。だけど――」



 涙を堪えるアルバを優しく抱きしめながら、リアムは言う。



「戦うことから目を背けて、どんどん失われていくのは、もっと哀しい」 



 そう言ってリアムは、”レギオン”から地上へと垂れるワイヤーを伝って、開かれているコックピットに乗り込んだ。


 アルバは目に涙さえため込んでいたものの、もう彼を止めることはせず、ただ願いを込めて見届けることに専念していた。



 七年ぶりに乗り込む、”レギオン”のコックピット。


 長らく放置していたOSを起動すると、サブモニターに懐かしいウィンドウが映る。



 

L imited

E xtra

G iant armament

I ndependent

O peration

N etwork     system



 

 すぅ、と息を吸い込み、リアムは言う。

 



「リアム・ソナタ、”レギオン”行きます」




 スラスターに火が灯り、粒子の影響で自重が軽減され、通電によって強固に変化しながらも軽量と化した鋼鉄の肉体を大空へと舞い上がらせる。



 ツインアイの片方と、失われた眼の代わりに移植された地球連盟軍の機体――”ウィルペイン”の内部センサが深海の色にも似た蒼色に輝いた。



 ”レギオン・リガド”――かの機体は、自由を求め、再臨する。





 





 ◇




 ロボアニメにおいて、”乗り換えイベント”は必要不可欠だ。


 知らぬ者のために説明すると、ロボアニメにおいて主人公は誰しも主役ロボを持っているが、物語の途中、その機体を何らかの理由で別の機体へと乗り換えるイベントのことである。



 それは、時代を変える力だったり、舞い降りし自由の剣だったり、対話のための望みだったり。



 とまぁ、ロボアニメにはお決まりな展開にして、いつになっても古びない王道。



 「反逆機兵レギオン」にも、当然ある。


 ファーストシーズンも終盤に差し掛かる頃、リアム・ソナタはスペック不足に陥りつつある”レギオン”を手放し、データをもとに急ピッチ開発された二番目のレギオン――”エフェクト・レギオン”に搭乗することになる。

 一羽の蝶の羽ばたきであれど、大きな結果をもたらす――そんな願いが込められた機体。



 時を同じくして、彼のライバル ミラ・ヴァルーツも愛用していた赤い”ヴァグ”から、彼女専用機として造られた”ヴィンテージ”という機体へ乗り換える。

 道具として扱われたクローン達の想いを背に、避けられなくなったレギオンとの宿命に立ち向かう機体。

 


 その二機の激闘。これは、声を上げずに、体温を上げずに見ることなど不可能だ。

 だが同時に悲しくもなる。愛機を軽々乗り捨てるなんて――ウィザードは信じられなかった。



 と、いうように連盟の蒼い悪魔やら英雄やらと言われる”レギオン”には、リアムは少ししか乗っていないのだ。


 リアムの後、改造されて他のキャラが搭乗する。

 だがリアムが激闘の末に”エフェクト”を失ったとき、また彼のもとに戻ってくる激アツ展開もある。



 アーク連邦の破壊兵器が宇宙も、地球すらも破壊しようとする最中。


 リアムの想いを乗せた”レギオン”と、そこにいた全ての人々の想いが繋がり、が宇宙を満たした。



 

 前世の記憶復活のトリガーとなったのは、そんな人が起こした奇跡だった。



「おい。何をニヤニヤしている」



 隣にいたディアスが、上の空を見ながら微笑むウィザードを気味悪がる。

 まだ監視は続いているが、リックの姿が見当たらない。


 一通り復興作業は終わり、”ハンドレッド”のガラス張りの休憩スペースで待機していた。とはいえ、まだ住民が生活を再開するには程遠い。

 戦闘は時間にして二時間にも満たない。

 だが、瓦礫の撤去だけでも丸一日費やした。


 壊すのは、いつだって一瞬だ。



「ミハイル大尉はどうした」

「……放っておいてやってくれ」



 ディアスの表情が沈む。

 口の軽いリックから聞いた話では、二人はミハイル――ミラの側近だった過去があるらしい。彼女が子供の頃から一緒にいるということだ。


 そんな彼女が、精神的に追い詰められる様など見たくはないだろう。



「お嬢は休ませる。休まないと、保たない」

「それは同感だ」



 あぁなったのは自分の責。今は、休息を取ってもらいたいと願うことしかできない。



「……お前、地球の出身なんだろう」

「そうだとも。宇宙の血を持つ君たちのほうが、ここでは異色だと思うが」

「お前は色々な意味で異色だがな」



 ディアスはため息混じりに言い、視線を落とす。



「アーク連邦の事――俺たちのことを恨んでるか」



 それを聞き、ウィザードは地球連盟軍に籍を置いていたころの自分として、その問いに答える。



「……恨んでいる。私は前大戦時、アーク連邦の悪行をこの目で見てきた。宇宙人類を名目にした戦争とは言えない虐殺や、強姦、略奪。人間のクローンという禁忌までも。奴らがしたことは、地球に、宇宙にまで恐怖を振りまいた」



 だが、とウィザードは付け加える。



「全員が全員、そうではない。君やミハイル大尉のように、ヴァルーツ家の意向に疑問を抱く者や、家族や仲間、故郷を守るため戦っていた者がいることも知っている」



 彼の唇に微かな震えが見られた。


 反逆機兵レギオン ファーストシーズン。それは単なる正義と悪のぶつかり合い、などでは到底無い。


 アーク連邦という組織そのものは確かに悪だ。だが、そこに属する者ただすべてが非道な好悪を繰り広げていたわけではない。

 ミラとその部下達のように、各々の信念を胸に戦う者もいた。


 反対に、地球連盟軍が全員正義とは限らない。多くの者が宇宙人類を嫌悪し、排斥しようという思想を持っていた点では、アーク連邦と何ら変わりはない。


 視聴する中で、地球と宇宙という異なる郷であっても同じ人間であることを嫌と言うほど実感させられた。



 リックもディアスもそうだ。

 敬愛してきた娘の想いを、どうにか果たしてやりたいと尽力しているに過ぎない。



 そんな、同じ人間同士で起こったつまらない争いの一環で生まれてしまったのが、アルバ・クローン。

 それの残した傷跡は、今でもミハイルの心をひどく苦しめている。



 自動ドアが開き、リックがそこへ入ってくる。ミハイルの姿は、当然ながら見当たらない。



「お嬢は」

「さァ。俺とは口も聞いてくれねぇや」



 スキンヘッドを見せながら、ため息混じりに言った。

 あいも変わらず二人に挟まれるウィザード。虫の居所が悪いという気分も、そろそろなくなってきた。



(本来ここで”ティターン”は倒されない……。だが、あの少女の言うように、定められた道に沿って運命が歩むというのなら)



 一度目の”ティターン”戦終了は七話。時系列的には、そろそろ八話にさしかかっていてもおかしくはない。



 八、九話と言えば――ウィザードは想いを馳せる。



(セカンドシーズンで私が最も印象深い回だ……)



 そんな事を考えていると、けたたましい警報が耳を劈いた。



 

 戦闘開始の合図だ。

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