第2話 いざ尋常に勝負!



 オペレーション:グロウアビス。


 火星の衛星軌道上に存在するテロリストが在住しているとされるコロニーへと奇襲を仕掛ける作戦。



 コロニー内部に一般市民の存在は確認されてはいないため、派手にドンパチできるのが幸いしたのか、作戦内容は至ってシンプル。



 〈ゲイズチェイサ〉部隊による強襲。

 宇宙という深淵アビスに鮮やかなグロウを灯す――ミハイルはどうやら、ウィザードと同類かもしれない。



 〈ゲイズチェイサ〉は『反逆機兵レギオン』における人型兵器の名称。

 人型兵器……など実用性に欠ける、と思われるかもしれないが、この世界においてはそうとも言えない。


 遡ること数百年前になるだろうか。

 宇宙に進出した人類は様々な惑星で、宇宙由来の金属を発見した。


 Oガイアメタルと命名されたそれは、プラスチック並の重量ながら、通電させると人智の範疇を超えた強度を発揮するという異様な性質を持っていた。


 それが一般化した為か、兵器と呼ばれるものには大抵用いられるようになり、従来の重火器では破壊が難しい状態になった。


 生涯の大半を宇宙で過ごした人類の国家群――〈アーク連邦〉が試作段階で開発した人型兵器が、扱いやすさゆえのOガイアニウム製兵器への対抗策として戦場で大きな成果を発揮。

 やがて〈ヒヒイロ鉱石〉と呼ばれる膨大なエネルギーを秘めた物質が発見され、ネックであった燃費の悪さを完全補完した上、凄まじい機動力を得たのが〈ゲイズチェイサ〉である。



「肩慣らしは実戦で行うとしよう。なに……恐れることはない。君は私の手となり、足となる」



 ウィザードは自身の〈ゲイズチェイサ〉のコックピットで独り言を呟いていた。


 パイロットスーツを纏った彼。

 〈ゲイズチェイサ〉の操縦はレバーやペダルでコマンドを入力し行うと同時に、パイロットが纏うスーツから伝達される増幅された生体電気を通じ、より直感的な操作ができるようサポートされている。


 そういう操縦の為、意外とパイロット適正を得られる人間は多い。少なくとも戦闘機よりかは上だ。



《ウィザード大尉? 聞こえる?》



 ミハイルからの通信が入る。


 彼女もまた、エリートと呼んでいい腕を持つパイロットだ。

 何せ、ファーストシーズン――ミラ・ヴァルーツであった頃の異名は《煉獄の凶星》。その実力は折り紙付きである。



「あぁ……私の機体、整備は万全だろう?」

《勿論。貴方だけの特別な”ヴァリアンス”――開発コードは”ガーゴイル”。壊さないで、って告げ口を頼まれてるの》



 ”ヴァリアンス”。本来ならば、ややずんぐりむっくりした白銀の装甲に包まれた、赤いモノアイを有する機体。

 だが彼の専用機として改造されたそれは、通常のものと大きく異なっていた。


 黒みがかった白銀の装甲、頭部には魔物のそれを思わす二対のアンテナが追加。背部スラスターは、コウモリの羽根を彷彿とさせる形に改造されており、モノアイの色は鮮やかなマゼンタであった。


 ”ガーゴイル”という、贅沢な開発コードを貰ったミスター・ウィザード専用のカスタマイズ機だ。



「その約束、必ず守ろうと伝えてくれ」



 彼の言葉を皮切りに通信は終わる。


 ――いよいよ、作戦が始まる。

 それはすなわち、今までこの世界の単なる住民にしか過ぎなかった自分が、本格的に物語の本筋に関わることができる。

 こんなに嬉しいことはない。


 だが反面――定められた運命を歪めてしまうのではないか、と不安を抱く。


 アニメ、それは運命シナリオを歩むだけのからくりのような世界に過ぎない。

 本来、《ラウンズ》にミスター・ウィザードなどというキャラはいない。


 運命を歪めれば、当然望んだ結末も手に入るかもしれない……



「ええい、迷うな! 私は心に決めた。リアム・ソナタに出会うと! それが私の生きる証だと!」



 ウィザードは操縦桿を固く握りしめた。


 彼の心には、依然として迷いがある。

 記憶を取り戻してからというもの、困惑してばかりだった。



《ゲイズチェイサ部隊に継ぐ、これよりハッチを開放する。これより《オペレーション:グロウアビス》を開始とする!!》



 艦長の声が聞こえるや否や、ウィザードはメインモニターを起動させた。

 ”ガーゴイル”の光学センサが捉える景色。広大な紺色の海と、そこに浮かぶ鉄の塊かのようなコロニーが見える。



 ミスター・ウィザードはヘルメットを被り、バイザーを下ろした後、深々と息を吸い込む。




「ミスター・ウィザード、”ガーゴイル”、作戦行動を開始する!!」




 漆黒の翼が、命が宿ったかのように展開され、スラスターから蒼炎が吹き出る。

 凄まじい推進力を得た”ガーゴイル”は、くるりと一回転しながら、深淵を突き進んでいった。




 ◇




 敵性コロニー・マースワン。

 そこは、端から見れば単なる小惑星か何かにしか見えない。


 だが、ミハイルの言葉通りならばそこは世界のテロリストが何かを企んでいる場所。

 《ラウンズ》の一員として、易々見逃して良い場所ではない。



 着々とマースワンに接近する。


 定められた運命シナリオにおいて、何もかも矛盾した存在。それがミスター・ウィザード。

 これから起こること、他者からすれば未知の物、それに対しての知識を有する、予言者――否”魔術師”と呼べる存在。



 マースワンが目前にまで迫り、彼は作戦行動へ意識を戻す。



「フェーズ1……隠密なる潜入!」



 ”ガーゴイル”は一度停滞し、腰にマウントしてある小型のデバイスを手に取った。

 そして、コロニー壁面のハッチへとそのデバイスを取り付ける。


 デバイスが起動すると、コード入力のためのタッチパネルが展開され、マニピュレーターで数字を打ち込む。



 すると、固く閉ざされていた筈のコロニー内部へと続くハッチが、暫くの時の後、驚くほど簡単に開いた。


 カラクリは知らないが、そういう装置とだけ覚えておくことにした。



「フェーズ2……敵の格納庫を叩く!」



 調査の結果、このコロニーには何度も輸送船が入港していることが確認されているらしい。

 その頻度から、資源を何かしらの用途に使用していると考えられることから、コロニー内部でゲイズチェイサ等の兵器開発を行っていることはほぼ確定。


 ミハイルの観察眼に感服すると同時に、敵の力量が計り知れないことを誰もが恐れていた。



 魔術師を除いて。



(マースワン……この内部ではテロリストがを開発している。この時点ではまだ、腕の立つミハイルでさえもそこまでは予期できていない)



 正確な場所までは分からない。

 テレビ越しに見たあの時の景色――ぼんやりと情景のように浮かび上がってくるだけの記憶が頼りだった。


 コロニー内部に侵入。

 察知されないよう最大限注意しながら潜航していき、いよいよ最深部へとたどり着く。



 往々と広がる緑。頭上には空ではなく、もう一つの地面が存在し、高層ビルが立ち並ぶ居住スペースが銀陽のもとの蜃気楼のようにギラギラと輝いている。



 あの居住区に住民はいない。

 シナリオを知っていようがいなかろうが、硝子を失った窓枠、倒壊寸前の家屋、至るところに放棄されたビークルを見れば、人間が住んでいないのは一目瞭然だ。


〈人類結束連盟〉――それが”統一政府”の名だ。《ラウンズ》を管理しているのもその政府。

 

 だがそれが成立する前、人々は一つになれてはいなかった。


 宇宙進出が始まり三百年の月日が経った頃、生涯を宇宙で過ごした人類と、そうでない人類で世界が二分されるようになり、やがては地球の〈ヒヒイロ鉱石〉を巡って争いが起こった。


 宇宙勢力の〈アーク連邦〉と地球勢力の〈人類地球連盟〉。

 アーク連邦は悪逆無道の組織として知られており、最終的には連盟との戦争に敗北し崩壊。

 平和を乱す悪を滅ぼし、人類は見事一つになることができた。その結果が〈人類結束連盟〉が誕生。


 ただ、アーク連邦に属していた市民達に何の罪もない。

 連邦崩壊後、宇宙の人々は混乱し、やがては自滅するしか道が残されていなかった。


 このコロニーは、そういった戦争を物語る何よりの教材になる。



 暫く飛行していると、見覚えのある地が広がってきた。


 居住区から隔離された地域に屹立する軍事施設のようなもの。

 居住区のあの有様からは想像もつかないほどに、人間の生気を感じさせる小綺麗な施設だということが遠目でも分かる。



「こちらミスター・ウィザード。敵性勢力を確認した」

《……本当?》

「敵は放棄された軍事施設に身を潜めている模様だ」

《単独での攻撃は控えて。援軍を到着を待ってくれる?》

「無論だ。勝手な行動は――」



 鉄箱に木霊する耳障りな音――熱源を感知した際の警告音声。


 ”ガーゴイル”はすぐさま回避行動に移る。


 翻った”ガーゴイル”の爪先を、赤い閃光が突き抜けていく。

 粒子ビーム。赤いそれは〈ヒヒイロ鉱石〉を使った動力源クリムゾンリアクターから、クレナイ粒子を供給している証――無論、それを放つことができるのは。



「っ! 敵ゲイズチェイサに発見された! 迎撃する!」

《気を付けて!! 私たちもすぐに向かう!!》



 ウィザードは苦渋の表情で機体を繰る。


 ”ガーゴイル”の主力武装たる、ビームピストルを二丁引き抜き、牽制のために乱射する。



 赤き流星群を掻き分けて奇襲してくるは、一機のゲイズチェイサ。

 ゴーグル型のカメラアイ、ヘルメットを被った兵士を思わせる頭部に反し、身体はずんぐりむっくりな漆黒の機体。


 連盟の機体”ヴァルペイン”とアーク連邦が使用していた”ヴァグ”のパーツを組み合わせた継ぎ接ぎの機体。


 名は確か――”スケアリー”だったか。



「亡霊でも見ている気分だ!!」

《貴様……!! 結束共の差し金か!?》



 敵パイロットの怒りの声。

 それに屈せず、ウィザードは答える。



「貴様らテロリスト共に引導を渡しに来た!! 我が名はミスター・ウィザード!! 矛盾を孕みながら、その矛盾をも矛へと変える魔導師だっ!」

《な、何をバカなことを!》



 ”スケアリー”はビームライフルを放ちながらこちらを翻弄する。

 しかし、”ガーゴイル”は逆に奴を弄ぶ。赤き閃光をひらり、ひらりと身体を捻るだけで避けてから、ビームピストルで牽制。


 それに腹を立てたのか、敵機はビームサーベルを引き抜き特攻してきた。


 柄から伸びる細々と棒状デバイスから放たれる電磁力によって、煌々と燃える粒子を元にして作られた流動物質が形成されている。


 ”ガーゴイル”もすかさずビームサーベルを抜刀し対抗する。

 

 孕み合う粒子の結晶体が、溢れんばかりの火花で大気を灼き払う。

 ビームサーベルは、ゲイズチェイサ同士の戦闘において決定打になりうる武装。正直、ライフルやピストルでちまちま撃ち合うのはOガイア製装甲の関係上、あまりに時間が掛かりすぎる。



《堕ちろぉぉぉっ!! 地球の魔物どもが!!》

「魔物……巧みな表現だ!! 良き観察眼を持っているな!!」

《貴様、気持ち悪いんだよ!!》



 鍔迫り合いに勝った”ガーゴイル”が、敵機の胸部を蹴りつけながら後退し、その勢いに身を預けたまま猛進。


 バレルロールで追撃を避けながら、コックピット目掛けて刃を振るった。


 斬り裂かれた”スケアリー”は、赤い粒子を散らしながら爆散する。



 それとほぼ同時期に、敵基地から次々と新手が出撃してくる。


 継ぎ接ぎの鉄巨人達が、赤き流星を解き放ちながら飛び交う”ガーゴイル”を虎視眈々と狙った。


「彼女らの到着を、流暢に待っている暇は無さそうだ」


 ビームピストルとサーベルを構えた”ガーゴイル”は蒼炎で深緑の大空を彩り、敵陣へと単騎で突撃していった。


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