第3話 この気持ち……
敵陣へと突撃しようとした最中、背後から赤き閃光が迸り、敵の一機の足を止めた。
「来てくれたか、バジーナ大尉」
彼の眼が捉えたのは、黄金。
とても戦場に出るべきではない金色の装甲を携えた機体。
兵器には似つかわしくない、ツインアイとV字のアンテナ、スリムなフォルムを兼ね備えたヒロイックなデザイン。
赤きツインアイを発光させ、”サウザンド”はビームライフルを乱射する。
「〈レギオン〉……! やはり、私と君は巡り合う運命と言うわけだ!」
〈レギオン〉――それは、限られたゲイズチェイサに与えられる名前。アニメにおいて、タイトルにもなっている重要な機体。彼からすれば、英雄の象徴。
《ウィザード大尉。ここは私が引き付ける。皆と一緒に基地の破壊を!》
「了解した、君の指示ならばなんでも聞こう!」
《……? 何かあった……?》
訝しむミハイルをフルシカトして、”ガーゴイル”で猛進するウィザード。
「さぁ、悪しきテロリストに鉄槌を下してやろうか!!」
”ガーゴイル”を先頭に、《ラウンズ》の主力量産機である白銀の戦士”ヴァリアンス”が数機続いた。
目立つ機体に釘付けになり、”スケアリー”の大半は彼らを見逃していた。
数機動きを察知して追跡してくるが、”ヴァリアンス”のサーベルによって撃墜されていく。
(……私は本来、ここに居るべき者ではない)
敵基地の破壊は、先行した”サウザンド”が行う――その展開が大きく歪められている。たった一人、僅かな差異によって。
(それで良いのか……? それで、私が望む道へ
コックピットで悩むウィザードを、けたたましい爆発の音が現実へと引き戻す。
蛸の墨かのように立ちこめる黒煙。
広がっていた焔でさえも漆黒に塗り潰したそれを切り裂き、何かが飛び出てくる。
それは蜂の針を彷彿とさせる、九つの小型飛行物体――ビット兵器。
「くっ! 奴ら……か!」
交錯し合うビット兵器は、こちらを翻弄するように飛び交っては、先端から絶え間なくビームを放射した。
さながら蜘蛛の糸かのような、予測不能の攻撃を前に、数多の”ヴァリアンス”が撃墜されていく。
ウィザードは彼らの死を惜しみながら、身体が押し潰されそうになるほどの高速機動で、粒子光の包囲網をするりするりと抜けてゆく。
攻撃が止み、ビット兵器が主の元へと帰っていく。
黒煙から出でるは、ツインアイを有するヒロイックな機体――〈レギオン〉。
一機は
一機は
そして、それらの先頭に立つ一機。
「現れたな”マサムネ”、”ノーヴェ”、”バハムート”……!!」
〈レギオン〉――それは主人公が初めて乗り込んだ機体であり、ヒーローであり、英雄である。
だがあの機体は三機とも、テロリストが保有する物だ。
ウィザードにはそれが許せなかった。
真っ先に飛び上がるは、太刀を構えた”マサムネ”。大振りに見合わぬ高速接近で、瞬く間に距離を詰められた。
振るわれる大太刀を、”ガーゴイル”はビームサーベルで受け止める。
ビーム、というのは名だけで光を模倣した実体刃。実体剣と斬り結ぶことも可能。だが、パワーの関係上分が悪い。
《そうまでして宇宙が嫌いか?! えぇ!? 地球を食い物にする化け物さんよぉっ!!》
”マサムネ”のパイロットが、荒々しく罵詈雑言を吐き散らす。
《
女の悪魔的な笑いが響く。
再び飛来するビット兵器。”ガーゴイル”は二度張られる紅の包囲網を潜り抜ける。
”マサムネ”と”ノーヴェ”は、大空で屹立する”バハムート”の元へと集まっていく。
《地球からわざわざ来ていただいてありがとう。熱烈歓迎するわよ》
”バハムート”の操縦者は、雄々しい声音でねっとりと歓迎してくれる。
セカンドシーズンで、主人公側と幾度に渡って戦うことになる三機の〈レギオン〉。
搭乗者となるキャラのファンからの愛称は、
ウィザードは、心の底から嫌いだったが。
「我が
《ゴタゴタうっせぇんだよ!!》
《アタシらの恨み、思い知りなさいよ!!》
振るわれた大太刀を、
牽制でビームピストルを乱射するが、ビット兵器――”スティング”の前では牽制にすらならない。
動き始めた”バハムート”。
その様を見た瞬間、全身の神経が警告信号を出してきて、反射的に身体が動いた。
蒼き海原を、血潮を凝縮したかのような光線が穢す。
斬り裂かれ、血飛沫を吹き出すかのように極太のレーザーが放たれて、一気に三機の”ヴァリアンス”を撃墜した。
《イガク、マーチ。クールダウンの間、時間を稼ぎなさい》
《言われなくとも!!》
《アタシらのアリアの機体には、指一本触れさせないんだから!》
あの三機、同時運用を前提に作られたのかはたまた彼らが戦術を練ったのか定かではないが、凄まじいコンビネーションだ。
《死ねよ!! 地球人がぁぁぁっ!!》
意気揚々と飛びかかってきた”マサムネ”の肩を、背後から赤きビームが貫いた。
《何っ!?》
本来、味方の居るはずのない方向から飛んでくる攻撃を見て、ウィザードの胸は微かな高揚を帯びる。
刹那、高速で飛来してくる物体。
それはゲイズチェイサではなく、戦闘機だった。
二連装のビーム砲を放ちながら、”マサムネ”と”ノーヴェ”を翻弄していた。
「アスカ……カナタ……!!」
端から見れば、敵同士が仲間割れしている風にしか映らないだろうが、ウィザードにはその機体は偽りの英雄がある中で、一際輝いて見える存在だった。
《何すんだ!! というか、誰が乗ってやがる!!》
《黙れ!! あなたたちが……あなたたちがあんなことをしなければ!!》
イガクに向け、憤りで乱れた声をぶつける一人の少女。
二機が空を駆る下には、焔の海に包まれた軍事工場があった。
大太刀を振るう”マサムネ”。
斬撃により真っ二つにされてしまいそうな、その戦闘機に異変が起こる。
突然、縦向きに飛行したかと思えば、装甲の各所が折り紙のように展開されて、手脚が飛び出てくる。身体が出来上がると同時に、ツインアイとV字アンテナを有するヒロイックな頭部が突き出た。
《変形を……!? 乗ってるのはどこのどいつだ!?》
ビームサーベルの素早い一閃により、大太刀の行く手を阻まれたイガクは舌打ちする。
本来、この三機の〈レギオン〉をはじめに相手取るのはミハイル・バジーナだ。
突如現れた機体の事情を悟り、協力してこの場を切り抜け、乗っていた主人公を《ラウンズ》へと誘う。
だが今、その役割を担っているのはウィザードだった。
――
今の彼にある、もはや呪いとも言えるような執念が口を自然と突き動かした。
「聞こえるか、そこの機体のパイロット!!」
《あなたは……? まさかあなたも……!!》
「君が、私とあの三機のパイロットを同程度の存在と認識しているならば、それは違うと言っておこう。君はどうしたい?」
《ボク……は……》
か弱い少女の声が、より一層細くなる。言い淀むのは当然だ。この時点でアスカ・カナタは単なる一般人なのだから。
だがお喋りを許すほど、敵は生易しくはなかった。
《何突っ立ってんのよ!! ”スティング”!!》
”ノーヴェ”から射出される”スティング”。
それらは、容赦なく二機を奇襲して翻弄した。しかし脅威になると同時に、それは催促としても作用した。
「どうする!! ここで死にたいか!! 取りたい仇も取れないまま!!」
《っ……!!》
痺れを切らした”ノーヴェ”と”マサムネ”が、同時に攻撃を仕掛けてくる。
”マサムネ”はウィザードが引き受けるも、”ノーヴェ”は彼女のほうへと流れた。
《死になよ!! どこのどいつか知らない泥棒が!!》
振り下ろされたビームサーベル。
呆然状態に思えた、その
「ふっ……それでこそ
《へ? 主人公……? ヒーロー……? ボクのこと……?》
困惑するアスカに構わず、一人大興奮するウィザード。
彼は彼なりに、理由を考えてみた。
〈レギオン〉。それに巡り合った途端、身体が灼けるように熱くなり、血の巡りは荒波かのように、鼓動は星の脈動のように変貌する。
「この気持ちは一体何だ……? 胸の高ぶり、高揚を抑えきれない……私は、私は一体いつからこうなった……?」
少なくとも、記憶が戻らなかった以前はこんなことなどなかった。
《全部筒抜けなんだよ!! 気持ちわりぃぞてめぇこの野郎!!》
”マサムネ”の
――記憶が戻った時。
ミスター・ウィザード――そう名を偽る以前の彼は、生粋の軍人だった。
戦争に勝つこと。それが全てだと、そのためなら虐殺すらも厭わないのが突然だと、思い込んでいた頃。
彼は見た。
宇宙という絶望と未知の大地に、抗いようのない破滅がもたらそうとされる時。
一人の少年と彼が駆る〈レギオン〉が生み出した、奇跡とも呼べる赤い光。
あれを見た時から――
「はっ……!!」
《こいつ……!! ふざけやがってぇぇっ!!》
激昂するイガクによって繰られる”マサムネ”は、鬼神の如き猛進を見せた。
その猛攻に、スペックで劣る”ガーゴイル”も押され、激しく吹き飛ばされた。
揺れ、激しいGが降りかかるコックピット。
血反吐を吐きそうになりながらも、ウィザードは笑っていた。
「そうだ……!!!! この気持ち……まさしく、愛だぁぁぁぁっ!!!!」
攻撃の反動で開いたオープン回線に、彼の美声が響き渡る。
戦場が凍りついた。だって彼彼女らは、前後の展開を一切知らないのだから。
「愛……?」
”サウザンド”の鉄箱の中、ミハイルは思わずその言葉を復唱した。噛み砕いても、その意図は一向に分からない。
《あ、あなた何なんですか!?》
「そうさ……!! もはや定められた
”ガーゴイル”はモノアイを光らせ、光刃の矛先を”マサムネ”へと向けた。
《てめぇ……なんなんだよ……本気で……本気で気持ちわりぃよ……!》
「だからこそ!! 我が愛を汚した貴様らを、私は許さない!!
ウィザードが振り下ろした拳。
叩き潰されるは、赤いボタンとそれを覆い隠していたプラスチックのカバー。
破片舞う中、その狭間に打つべき者の姿を捉える。
「我が想いに応えよ、”ガーゴイル”!!」
”
メイン、サブモニターを覆い尽くす赤い文字。それはこれから起こる事象への警告でもあり、申告でもある。
”ガーゴイル”のモノアイが煌々と赤く輝き、腕と脚の装甲が開き、排熱口が露出。
排熱口から、溢れんばかりの赤き粒子が溢れはじめ、さながらその姿は赤い彗星だった。
《なんだぁ!? ありゃぁ!?》
未知の事象を前に狼狽える”マサムネ”の左腕が、閃光の後に宙を舞った。
奴が機影を捉え反撃する間もなく、背面からのタックル、姿勢を崩したところに斬撃を入れられて、スラスターが火と黒煙を吹く。
《くっそ!!》
真正面から迫りくる”ガーゴイル”の攻撃を、大太刀で防ぐことに成功したが、ゲイズチェイサ一機のスラスター出力が成せる物とは思えないスピードを、完全に受け止めることは不可能だった。
大きく吹き飛ばされた”マサムネ”。姿勢を即座に立て直そうにも、スラスターをやられているために時間を要した。
僅かな時間だった。
それでも、”ガーゴイル”は赤き軌道を描きながら追撃する。
「ぐっ……やはり危険か、これは……!」
身体に降りかかるGに、ウィザードは堪らずむせ返りそうになる。
口端から滴る鮮血。広がる鋼鉄の美味。その温もりが、溶岩かのように思えてくる。
「だが!! 私の愛は止められん!!」
”マサムネ”は錯乱し、これまで封印していたビームライフルを乱射するも、そこにいるはずの”ガーゴイル”には当たらない。
《なんなんだ、なんなんだこれはぁぁぁっ!!》
「終わりだ!! 反逆者!!」
円月のような閃光が、”マサムネ”の下半身を斬り裂く。
亀裂が入り、翡翠の装甲は容易に焼き払われて、脚部と上半身が泣き別れにされた。
小爆発を引き起こし、推進力を失ったその機体は重力に負けて、墜落していく。
赤い粒子が消える頃、”ガーゴイル”の変形はもとに戻り、平常時の姿に戻っていた。
撤退していく敵機を眺めると同時に、先刻まで赤く輝いて見えた”ガーゴイル”を、”サウザンド”は空で屹立するように捉えている。
その様を遠方から見ていたミハイルは、機体操作を忘れるほど驚愕していた。
「あの光……フォースレヴシステム……」
ミハイルの心に、微かな動揺が宿る。
あのシステムは本来、物語序盤にお披露目されるようなものではない。
敵を退け、主人公を登場させた。結末としては何ら変わらない。だが、確実に
完結済みのアニメのシナリオが、だ。
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