第1話 はじめましてだな!
「思い……出した……私は”転生者”だ……」
墜落し、味方の通信をキャッチしてノイズを流すことしかできない、巨大な人型兵器――〈ゲイズチェイサ〉の上で、一人の男はそうつぶやいた。
自分は日本人で、このアニメをこよなく愛していて、死んで、そして今の今までそんな記憶をなくして軍人として生きてきた。
ノーマルスーツを纏った男は、ヘルメットのバイザー越しに地獄絵図を目の当たりにする。
ファーストシーズン最終盤、”エクスノア攻略戦”。両軍が壊滅寸前にまで追いやられる地獄のような戦争。
二機の人型がぶつかり合い、ビームサーベルで装甲を斬る。
至る所でビームライフルの光線が飛び交い、流れ弾で死ぬ者もいた。
「くっ……せめて、また死ぬというのなら!!」
◇
「お前が……!! お前が私に物を言う権利がどこにある……!? 散々殺し、奪い、挙句の果てには殺したくないなどと泣き言を吐くような、お前に!!」
額から血を流しながら、一人の少女が女性らしからぬ声を張り上げる。
短く整えられた空色の髪、刃物のように尖る赤い瞳。紅のパイロットスーツ姿の少女は、ピストル片手に怒鳴った。
「あなたも同じだろう……!! あなたは、その仮面で自分を騙していただけだ!!」
下に落ちる、砕けた仮面を指しながら一人の少年も声を荒げる。
女子のように思える清廉な顔立ち、長めの茶髪。ピストルさえ持っていなければ、女子顔負けの美人だ。
コロニーの中。無重力でありながら、酸素はある。二人はヘルメット無しで、お互いの思いを吐露し合っていた。
「おお……リアム・ソナタが……目の前に……!! あれはミラ・ヴァルーツではないか……!! これが現実とは……」
男が影から見ていたのは、男がこよなく愛していたアニメの一幕。
互いの機体を失った少年と少女が、それぞれの想いを、生身でぶつけ合う最終話の名シーン。
「〈レギオン〉……そのパイロット諸共、私は討たなくてはならない!! そう誓った!!」
「僕には生きて帰らないといけない場所がある!! 絶対に!! 邪魔をするというなら、僕は貴方を討つ!!」
男は夢にまで見た主人公とそのライバルが目の前にいるというのに、いつも友人同士の会話に割り込むよう、飛び込むことができなかった。
それは単に恐怖からではない。
ここはアニメの世界。定められた
それを歪めて、良いのか?
「リアム!! やめてぇぇっ!!」
一人の少女の悲痛な叫びが男の耳を劈く。
彼とは違い、ミラとそっくりな、花の髪飾りが特徴の三つ編みの少女は二人の間に割って入った。
「アルバ……」
リアムは思わず拳銃を下ろす。
「あなたに
少女は彼の拳銃をそっと握り、手放させた。
「お姉ちゃんもやめて!! どうして……どうして殺し合うの……? もう戦争は終わる!! 〈アーク連邦〉は負けるんだよ!!」
ミラは驚愕のあまり拳銃を手放す。
その驚愕は、自国の敗北に対してのものではなかった。
「アル……バ?」
「そうよ、アルバ・ヴァルーツ!! ずっと……ずっと会いたかった……!!」
涙を流すアルバ、つられてミラも涙を流して、二人は抱き合った。
――できない。
一人の何でもない人間が、
――
「アルバ。元気な貴女を見られてよかった」
「なにするの……お姉ちゃん……イヤ! 一緒に行こう!?」
「リアムくん、その子をお願いできる?」
そうして、何も話せないまま、名シーンは目の前で終わった。
「ミラさん……貴女も生きてください。死ぬなんて絶対に駄目だ」
男は震動するコロニーから、確かな意思を持って脱出していた。
仲間の機体を借りて脱出する最中、彼は仲間が隣にいるにも関わらず叫ぶ。
「あぁ、生きようとも!! リアム・ソナタ!! 君の意思に従おう!!」
「お前いきなり何言ってんだ!?」
◇
七年後――。
《《ラウンズ》は極秘武装組織です。日々、口から発する情報には十分留意するようにしてください》
「分かっている。私は秘密主義な男でな。つまりは――他の誰よりも口が固い男であるということさ」
通信端末越しに聞こえてくるのは、その回線で繋げば必ず流される、AIによる警告の文章。
統一政府が、蔓延る悪党を根絶やしにするために設立した武装組織。
軍縮が進むこの時代に、強大な武装組織の存在が市民に知られないようにする取り組みには敬意を評せるほどだ。
《二回も言わなくて良いのでは》
AIに突っ込まれるほどの異常者は、自動運転のビークルに乗って優雅に窓の外を眺めていた。
「それにしてもコロニーの街は、地球と何ら変わりがないな。本当に宇宙という未知の領域に足を踏み入れているのか、疑わしく思えてくる」
艷やかな銀髪、宝石のように煌びやかな翡翠の瞳。顔立ちは凛々しく、女性ならば誰もが放っておかないような男――ではあるのだが。
その顔面は目元と口元が露出しただけの、鬼瓦かのような禍々しい仮面で覆われている。
たったそれだけで、彼は仮面を着けた変態に成り下がっていた。
《言葉の節々に異常が見受けれます。大丈夫でしょうか》
「フフ……
《通信を終了します》
抑揚のない音の後、通信端末が静寂に包みこまれた。
男はそれを胸ポケットにしまう。白い襟詰めの軍服は
――ミスター・ウィザード。
それがその仮面の男の名前だ。
「《ラウンズ》……円卓に集いし騎士は、私にどのような高揚をもたらしてくれるのか……見物だな」
ミスター・ウィザードには前世の記憶がある。
覚えていることと言えば、前世の自分は日本人で、誰よりも正義を重んじる男(自称)であったこと。死因はそれによる逆恨みが原因の他殺であったこと。
そして――この世界は生前自分がよく見ていた『反逆機兵レギオン』というアニメの世界であるということ、くらいだ。
『反逆機兵レギオン』。当時の若者が男女問わず熱中し、作中に登場する人型兵器をモチーフにしたプラモデルがブームを巻き起こすほどの人気ロボットアニメ。
ファーストシーズンは普通の男子大学生 リアム・ソナタが、政府の新兵器開発に関わっていたために否応なしに戦争に巻き込まれる話。
戦いの中で、仮面の女 ミラ・ヴァルーツとの因縁を作ってしまい、やがては憎しみの災禍に飲み込まれていく。
セカンドシーズンで主人公が代わる、珍しい作品だ。当時はすごく叩かれていたイメージがある。
若きメカニック アスカ・カナタは、テロリスト達の職場で知らず知らずのうちに働いており戦争に巻き込まれ、大切な人を失う。そうして復讐を心に宿した彼女が、戦争にのめり込んでいく……といった二部構成の物語になっている。
とはいえ、彼が前世の記憶を取り戻したのはつい数年前だ。
気がついたときにはファーストシーズンは終わり、
(……《ラウンズ》に入れば、アスカ・カナタとは必然的に出会うことになるが)
ファーストシーズン主人公 リアム・ソナタ。彼と同じ戦場に立ったことはあれど、直接的に邂逅を果たしたことはない。そうしようとしたことすらも。
――ウィザードは、彼が好きだった。
苦しみ、哀しみ、深い絶望の淵にいた。
やがては怒りに囚われるも、それがどれだけ愚かしいことかを身を持って体感し、そして……人の起こす奇跡を見せてくれた。
テレビの中、アニメの中の存在とは思えないくらい心惹かれ、執着していた。
「ぜひ一度会ってみたい……いや、会わなければあるまい。私が私である限り!!」
ウィザードはそう叫ぶ。
ビークルから降りた、街の歩道のど真ん中で。
周囲の人々からすれば、言ってることどうこうより「道の真ん中で仮面を着けた変人が叫んでいる」という事実が衝撃的すぎて、報復を恐れヒソヒソ話すらできない状態だった。
「だがこの気持ち……なんだ? 私は死ぬ以前から彼に執着していた……彼の生き様に憧れ、警察官になった。彼のような奇跡を起こしてみたいと、懸命に尽くした。私の中心にはいつもリアム・ソナタがいる……?」
周りの目など気にせず、仮面の男は歩きながら話し続ける。
彼の周りは、とても栄えた街の中心部に位置する街道とは思えないほど静まり返っていた。
「……っ……分からん……! 考えても仕方がないということか。情けのない男だ。自らの心内を表現することすらできんとは」
そう苛立ち、彼は町中を歩き続けた。
ミスター・ウィザードは、前世であろうとこういう男であった。
暫く歩き、人気のない所に来た時のことだった。
土地勘のないところ故、行く先が分からなくなってしまった彼は、誰か尋ねる人はいないかと彷徨っていた。
そんな中、彼は一人の少女を見つける。
純白の良質なローブを身に纏い、深々とフードを被っていて顔は分からないが、長い銀髪と小柄な体躯からして、多分少女である。
「失礼。途方に暮れてしまってな。君に道標になってほしいのだが――」
声を出した途端、彼は得も言われぬ感覚に陥る。
例えるならば、誤り。
大事な面接試験の時、とち狂って頓珍漢な問いを口にした時のような、血の気が引く感覚だ。
「……あなた、この世界は好き?」
少女はゆっくり、彼の方を向いた。
フードの隙間から覗く瞳。左目しか見えないが、その瞳はあり得ないほど赤々として、恐ろしいほどに細い瞳孔で彼を見つめていた。
「私と気が合いそうだな」
「そうね。気が合うかもね」
少女はふ、と笑う。
彼は取り繕ってはいたが、内心酷く動揺していた。
「運命は変えられない。いや、変えてはいけない。Destiny……それは受け入れるもの。定められた目的地、定められた場所へと行くための道標」
依然として、笑った、という事以外細かな表情が分からぬ少女は彼に、指に挟んだ小さな紙を手渡した。
「あなたが行きたいところ。そこにあるわ。お望み通り、私はあなたの道標」
そう言い残し、少女は去っていった。
気づけば見失った彼女の、小さな背中を思い浮かべながら、ウィザードは暫く途方に暮れていた。
「美しい娘だ。つい、ときめいてしまった。だが……この年齢であのような年の少女に色欲の念を抱くなど、縄につきにいくようなもか……」
ウィザードはそう言って笑い、紙に記された場所を目指す。
◇
「貴女がミスター・ウィザード大尉ね。はじめまして」
彼を出迎えたのは、可憐な容姿の女性。
腰まで伸びる長い蒼髪。体のラインがよく浮き出た青色のタートルネックと黒のジーンズを着用し、《ラウンズ》の白いジャケットを羽織っている。
サングラス越しに見える瞳は、彼の顔を――正確には仮面をじっと凝視していた。
「ミハイル・バジーナ大尉。手厚いお迎え感謝する」
敬礼するウィザードを見て、ミハイルはくすりと笑う。
「仮面をしているとは聞いていたけど……よく目立つ人ね」
「私は目立ちたがり屋でね。アピールせずにはいられないのだよ」
「《ラウンズ》に向いてるのか、怪しいわね」
ミハイルにからかうように言われても、ウィザードは全く屈しない。
彼が招かれたのは宇宙船だった。
しかも、単なる輸送船では無く武装を施された戦艦である。
そんな物が平然とコロニーに入港するわけにもいかないのか、裏のルートで招かれたが。
光学迷彩を戦艦に施し渡航中の船――〈ハンドレッド〉。
ミハイルはサングラスを外し、赤い瞳を柔和に細くした。
ミハイル・バジーナ――ファーストシーズンではリアムの敵として立ちはだかったミラが、名を偽った姿。
ツンツンしていた仮面の女の頃とは違い、年齢も原因なのか”大人のお姉さん”という雰囲気なキャラクターに仕上がっている。
ファーストシーズン。
その時期は簡潔に言うなれば、宇宙の人間と地球の人間の戦争を描いた作品。
「大尉は〈ヘヴンダウン戦争〉には?」
「……少しね。若い頃から戦争ばかりだから、お嫁のもらい手がいないのよ」
ミハイルは苦く笑った。
宇宙コロニー国家〈アーク連邦〉が、石油燃料が枯渇した地球に対し、宇宙由来の新たなエネルギー資源〈ヒヒイロ鉱石〉の輸出規制をかけた事を発端にした大規模戦争。
宇宙の〈アーク連邦〉と地球の〈人類地球連盟〉、双方が血で血を洗う大地獄。
ファーストシーズンは、それを描いた物語であり、リアムも彼女も地獄を目にしてきた張本人たちだ。
実に、原作キャラに会うのはこれが初めてだった。が――今さら興奮はしていない。
「ソワソワしてるわね。
「初めてでは無い。何度来ても、無重力というものには慣れないだけだ」
「そう……まぁ、宇宙に罪はないから」
「それはそうだとも。こんなにも美しいのだから。この紺碧の海は」
「え、えぇ……わかってるなら、いいわ」
あまり会話が続かない。ミハイルとはできれば、友好的な関係でいたかった。
ミハイル――仮面の女 ミラは、敵でありながら極めて魅力的なキャラ。威圧的な軍人のようでありながら、実態は妹のために健気に戦う少女であるということ。
今となっては大人の女性になった彼女に出会えたこと、これは素晴らしいことだ。
「大尉、私と貴女の出会い……これは、てんびん座である私にとって、センチメンタリズムな気持ちを抱かずにはいられない」
「……はい?」
目を丸くしたミハイル。凛々しい顔立ちからは、素っ頓狂な声が漏れる。
「大尉、血液型は何ですか」
「え……B……型」
「なんと! 私もB型だ! そうか……貴女と私は運命の赤い糸で結ばれていたということか!」
嫌な空気だ。宇宙よりも冷たい空気。
勝手に興奮し熱くなっている彼には、心地よく思えてしまうのがたちが悪い。
ミハイルは何も言わず振り返る。
瞳を閉じた彼は、踵を返して歩き出した彼女に着いていく。
サングラスをかけ直したミハイルは、彼に目配せしながら伝えた。
「……早速で悪いんだけど、任務があるの」
「ほう。テロリストが根城とするコロニーへの強襲作戦……かな?」
それを言うと、サングラス越しの赤い紅玉が驚愕の意を示すように丸くなった。
「……もう本部から聞いていたのね。もしかして、君を送ったのもそのためかしら」
「一大事だからな。どのみち、じっとはしていられんよ」
本部から聞いていた、というのは真っ赤な嘘。
セカンドシーズン――つまりは今。
〈ヘヴンダウン戦争〉終結後、アーク連邦は解体され、連邦非加盟であったコロニー国家は地球へと帰投し、人類は再び地球で一つになった。
それを経て〈人類地球連盟〉は全国家の加盟をもってして〈人類結束連盟〉へと改定。
加盟国家の軍事力は一つに凝縮され、軍縮が進み始めていた。
だが、そんな中でも完全なる平和は実現しない。
世界の影で暗躍するテロリスト組織――それと真っ向から戦うため、膨大な武力を有し独立した権利を持つ極秘武装組織。
それが《ラウンズ》。
彼が入るべきではない組織の名だ。
「じゃあ概要を説明するから、一旦ミーティングルームに来てくれるかな」
「あぁ。貴女の采配を期待しているよ、バジーナ大尉」
数年前は、一端の兵士でただがむしゃらに戦うことしかできなかったが。
今から、こうして物語の本筋に関わることができる。
そうしていれば――きっと彼にも会える。
「……はじめましてだな」
「もういいかな」
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