第5話 不完全

 朝食を食べたらテントを撤収し、俺は家に帰った。


 今は一人暮らしをしているから自分の部屋でじっくり考えることができる。俺は鳴海華蓮に秘密を明かされた。それは記憶を消去する前提だったはずだ。ところが俺は覚えてしまっている。記憶消去は不完全だった。


 ということは……もしこれがバレたら極めてまずいな。場合によってはまたUFOにつれこまれ記憶消去――だけで済めばいいが、もっとひどい目に遭うかも知れない。何かを埋め込まれたりとか。そういう知識は藤崎と話すようになってから無駄に増えていた。


 とにかく記憶が残っていることをバレないようにすることだ。これが第一だろう。普通に、何事も無かったかのように鳴海華蓮と接しなければならない。


◇◇◇


 月曜日。俺はいつもの時間に登校する。そこに藤崎が来た。


「星野、金曜は楽しかったな」


「楽しかった?」


 こいつは全く覚えていないからか。


「楽しかったろ。UFOは現れなかったけど、キャンプしたようなもんだし」


「そ、そうだな……」


 夜、何があったのかなどは藤崎には恐くて聞いていなかった。だが、完全に記憶を消去されているようだ。


 そこに皆川綾乃が来た。


「航介、おはよう」


「……おはよう。って、お前、航介って呼んじゃってるぞ」


「あー、そうだね。もういいかと思って」


「いいのかよ」


「うん。幼馴染みって事は知られてきてるからさ。隠してもしょうがないでしょ。別に付き合ってるわけじゃ無いんだし」


「まあ、それもそうか」


「そうだよ。それでね。金曜も行けなかったから今日こそは行こうかって」


「……どこに?」


「歓迎会だよ! 華蓮ちゃんの」


 そういえばそう言っていた。


「いや、もうやったんだろ」


「でも、君たちは来てないでしょ。だから四人でやったら来るかと思って」


「はあ? 四人って……」


「私と華蓮と航介と藤崎君」


「そんなメンバーでやる必要あるのか?」


「あるの! だから今日は来るように」


 それを聞いて藤崎敬吾が言う。


「俺たちは今日も計画を立てるので忙しいからダメだ」


「何の計画よ」


「だからUFO監視計画。失敗したからまたやるぞ。金峰山はダメだったからな。今度は別の場所だ」


 金峰山。UFOに連れ去られた俺はあそこに近づきたくない感覚がある。そして藤崎はUFO監視計画を続けると言いながらも金峰山とは別の場所でやると言った。本人は全く覚えていないが、金峰山に近づきたくないという感覚だけは残っているようだ。鳴海華蓮が俺たちをUFOに連れ込んだのはそういう感覚を植え付けるためというのもあるのだろう。


 だが、記憶がある俺は藤崎よりもいっそう強くそういう感覚があった。それだけじゃない。俺はもう二度と記憶消去などされたくない。だからUFO自体に近づきたくないのだ。どこであれ、UFO監視などもうごめんだ。


「……おれはもうやらないぞ」


 藤崎に言う。


「えー! なんでだよ。やろうぜ、楽しかっただろ?」


「俺はキャンプなんて好きじゃ無いんだよ。インドア派だし。だからもうやらない」


「……そうはっきりいわれちゃ仕方ないな」


「だったら今日暇でしょ! 行こうよ!」


 綾乃が言う。


「……そうだな」


 俺は了承した。鳴海華蓮に今会うのは恐いが、記憶が無いことをアピールしておく必要はあるだろう。あのときの記憶が鮮明でボロが出にくい今のうちに話しておきたい。それにUFO監視計画をしない理由にもなる。


「俺は別に行かなくていいよな」


 藤崎が言う。そこに鳴海華蓮が来た。土曜の出来事を思い出し思わず体がこわばる。だが、鳴海華蓮は何事も無かったかのように言った。


「私は藤崎君にも来て欲しいかな」


「え? マジで!?」


「うん、もちろん星野君も。みんなと仲良くなりたいし」


 やはり俺もか。


「わ、わかった。じゃあ行くよ」


「よろしくね」


「じゃあ放課後迎えに来るね」


 そう言って綾乃と鳴海華蓮は去って行った。鳴海華蓮が藤崎に来て欲しいと言った理由は間違いない。記憶がちゃんと消去されているか確認するためだろう。やはり恐ろしいやつ。絶対に俺の記憶が残っていることはバレてはいけない。


「いやあ、鳴海さんが俺に来て欲しいなんて。嬉しいなあ」


 藤崎は記憶を失っているからすっかり浮かれているようだ。


◇◇◇


 放課後になり、俺たち4人はマックに来ていた。


「じゃあ簡単に自己紹介しようか!」


 綾乃が言う。


「まずは私から。皆川綾乃。クラスの委員長をやってます!」


「いや、お前のことはみんな知ってるだろ」


「ここまではね。でも重大発表! 私と星野航介は……幼馴染みです!」


 もったいつけて言ったが、藤崎も鳴海華蓮もまったく驚いていなかった。


「あれー! なんで? 藤崎君は知ってるとしても華蓮も驚かないの?」


「うん。だって、航介って呼んでたし」


「そうだけど……それだけじゃわかんないじゃん」


「でも、彼氏は今は居ないって言ってたから」


「そうだけど……うぅ。じゃあ、もう私はいいから航介、よろしく」


「俺? ……俺は星野航介。綾乃の幼馴染み」


「うわ! 綾乃って呼んでるのか?」


 そう言ったのは藤崎だ。


「別に普通だろ、幼馴染みだし」


「クラスでは皆川さんって呼んでたくせに。二人だと違うとか。付き合ってるのかよ」


「違うって。そう言われるから隠しててたんだ」


「なんか怪しいよな。ね、鳴海さん」


「そうね。仲いいのね、二人は」


 鳴海華蓮が冷たい目で俺を見て言う。俺はそれを見て固まった。


「ち、ちがうよ。やだなあ。アハハ」


 一方、綾乃は浮かれたように鳴海華蓮の腕を叩いた。やめろ。宇宙人ハーフを刺激するな。


「じゃあ、次は藤崎君!」


「俺か。俺は藤崎敬吾。こう見えてオカルト好きだ」


「それは知ってるでしょ、華蓮も」


「うん。なんかUFOがどうとか言ってたよね」


 さりげなく鳴海華蓮が聞いた。いよいよ記憶があるかの確認が始まったか。


「そうなんだよ。聞いてくれよ、鳴海さん。金曜の夜に俺と藤崎で金峰山にテント張ってUFO監視したんだよ」


 藤崎が言う。鳴海華蓮はよく知ってると思うけどな。


「それで、UFOは見つかったの?」


「全く気配無し。1時ぐらいまでは頑張って起きてたんだけどさ、気がついたら俺も星野も寝てたよ」


 星野の記憶ではそうなっていたのか。


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