第3話 金峰山
「……なんで居るんだよ」
俺たちの席のすぐそばに幼馴染みの皆川綾乃と転校生の鳴海華蓮が来ていた。
「なんでって、転校生を君たちにも紹介しておこうって思って。全然話してないでしょ?」
「いや、そうだけど……」
別にそんなことをしてくれる必要も無いだろ。
「初めまして、鳴海華蓮です」
転校生が俺たちに挨拶してきた。間近で見ると金髪が綺麗で目を惹きつけられる。それに美人だ。わかっていたことだけど、胸も大きい。
「ど、どうも……星野航介です」
俺はどもって挨拶する。何か関わりたい、助けたいと思っていたが、本人の前ではこのザマだ。こんな大人っぽい同級生とは話したことが無いから仕方ない。
「俺は藤崎敬吾だ。よろしくな……申し訳ないが今は忙しいんだ。というわけで、皆川さん、鳴海さん、またな」
藤崎は二人を追い払い、計画の話に戻ろうとした。
「ちょ、ちょっと! もう少し話してもいいでしょ。華蓮は転校生でみんなと仲良くなりたいのに……」
皆川綾乃が言う。鳴海華蓮も少し困ったような表情だ。
「ちょっと忙しくてな。あとにしてくれ」
藤崎はそう言ったが、綾乃は納得しない。
「なんで忙しいのよ。ねえ、星野君。計画って何?」
そう綾乃は俺に聞いてきたが、なんと答えたものか……。UFOを見るために金峰山に一日キャンプする、なんて幼馴染みには知られたくない。
「UFO監視計画だ」
だが、あっさり、藤崎が言ってしまった。
「はあ? UFO?」
綾乃が蔑むような目になった。
「ああ。金峰山に現れたらしいからな。夜通し監視する」
「バッカじゃないの?」
「失敬な。いや、UFOバカという意味ならその通りか」
「はぁ……航介、こんなやつに関わってないでこっちに戻ってきて」
綾乃が思わず俺を航介と呼んだ。だが、藤崎はそれに何も気がついていないようだ。
「星野はこっち側だからな。無知な一般人とは違う。だから俺に協力してくれるんだ」
「航介は私たち側だから。そうだよね? 今日も歓迎会するから行こうよ」
綾乃が俺をにらむ。だが、綾乃たちの陽キャグループと一緒に遊びに行くなんて考えられなかった。この転校生を助けてやりたい気持ちはあるけど、こればっかりは申し訳ない。
「いや、俺は藤崎に協力するから」
「えー!!」
「ふふ、勝った」
藤崎が勝ち誇って綾乃を見る。綾乃は頬を膨らまし言った。
「航介のバカ! もう知らない! 行こう、華蓮」
そう言って鳴海華蓮とともに去って行った。
「はぁ……」
俺はため息をつく。それを見て藤崎は言った。
「あっちに行かなくてよかったのか? 皆川氏、幼馴染みなんだろ?」
「まあ、そうだけど……あいつの周りに俺は馴染めないから」
「そうか。まあ、そのうち皆川氏の話も聞いてやれよ」
「そうだな……」
そんな日がいつか来るのだろうか……
◇◇◇
放課後になった。俺たちはまず水前寺の藤崎敬吾の家に行く。そこに置かれていた荷物とともにタクシーで金峰山の駐車場に来た。
「この辺にテントを張ろう。車の邪魔にならないように」
駐車場の端っこに移動して藤崎が言う。
「夜だからこの駐車場を使う車も無いだろう。もっと真ん中でいいんじゃないか?」
「いや、結構ここは使われてるらしいぞ」
「なにしに夜にここに来るんだよ」
ここは山の中。周りには木々以外何も無い。
「カップルがいろいろしに来るらしい」
「なるほど……」
「ラブホも金がかかるしな。車の中なら無料ってわけだ。おまけにここは眺めもいい」
確かにそうだけど……もしそんなのが来たら気まずいな。今日だけは来ないでくれ。
テントの準備が終わったら今度は食事の準備だ。藤崎が鞄から何かを取り出す。
「一人用コンロが二つある。これで好きなものを作ろうぜ」
「いいな、楽しくなってきた」
純粋にキャンプだと思えばこういうのも楽しいか。どうせUFOなど出ない。楽しまないと損だ。俺はレトルトのカレーを寒い中で食べる。なかなか美味しかった。
◇◇◇
時間は過ぎていくが当然UFOは来ない。それに車が来てカップルがイチャイチャすることもなかった。見えるのは遠くの熊本市街の明かりと星空だけ。飽きてきた俺は双眼鏡ではなくスマホを見て過ごす時間が多くなってきた。
夜11時過ぎ。珍しく皆川綾乃からメッセージが来た。
綾乃『まだ金峰山に居るの?』
航介『居るよ』
綾乃『バカみたい』
そう送ってきた綾乃はさらに馬鹿にするようなスタンプの連打。確かに綾乃の言うとおりだから俺は反論しなかった。
やがて時間は12時を過ぎた。何も起こらないし、さすがに眠くなってきた。
「そろそろ寝るか」
俺は藤崎にそう言う。
「はあ? 何言ってるんだ。UFOの監視だぞ、今日は徹夜だ」
「マジかよ……」
こいつは寝るつもりが無かったのか……
何も起こらないまま深夜1時をすぎた。すると藤崎がふいに言った。
「……何かおかしい」
「何が?」
「風が無くなった」
「風? 確かに弱くなったな」
「弱いんじゃない。無いんだ。何かにさえぎられているような……」
そう言って駐車場の方を見る。だが、当然その先には星空が見えるだけだ。
「何も無いぞ」
「うん。何も無いはずなんだが……何かあるような感じがする」
そう言って藤崎は目をこらしてみつめる。
「なあ、星野。もしもUFOが究極のステルス性を持っているならどういうものだと思う?」
突然、藤崎はそんな話を始めた。
「究極のステルスか。そうだな……完全に見えなくなる、つまり透明になる、ってことか」
「でも、UFOが透明なら中が丸見えになる。乗組員から何から全て透明じゃないといけないぞ。だから全てが透明になるのは不可能だ。だとしたら?」
「うーん、じゃあ、透明になったかのように見せかけるとか。例えば本来見えるべき景色を外壁に投影するとか」
「そうだよな……もし、目の前にあるのが星空じゃ無くて、UFOが外壁に写した星空の映像だとしたら……」
「そんなわけあるかよ」
「でも区別は付かないだろ?」
「そうだけど……」
俺たちの目の前に見える星空は本当はUFOが外壁に映し出した映像なんだろうか……
「ん? 誰か居る」
藤崎の声に俺も星空から駐車場の方に視線を移す。暗いが確かに誰か居る。まだ距離はあるが確実に近づいてきていた。
「あれは……制服。うちの高校っぽい」
次第に近づく姿が見えてくる。間違いなかった。長身に長い手足、金髪。うちのクラスに転校してきた鳴海華蓮だ。
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