第4話


「ね、1人で帰らなくて正解だっただろう?」

 正面で口の端を上げて笑う神崎さんに俺は苦笑で返す。

 場所は俺の家の玄関前。

 インターフォンを押そうとしたけど、遅くなった理由を考えてなかった。という間抜けを晒す。

 

 黙って鍵を開けて入るのも違う気がした。言い訳を模索中の俺を、見かねた神崎さんは意気揚々とインターフォンを押した。


 流石接客業を長らくやってる人は、うちの両親とのコミュニケーションも上手く直ぐに打ち解けた。


 泣きそうな母と、鬼の様な形相をした父を前に1歩も怯まなかった。

 悲しげな演技を交えつつ、俺と神崎さんの立ち位置を交換した話を披露した。

 泥棒猫と元カレに乱暴されそうになった所を、俺が助けたという美談まで追加した嘘エピソード付き。


 神崎さんの口から紡がれる作り話は、俺が疑わしく思うほど、正義感の強い父が感動するほどに迫真の演技だった。


 ちょっぴり胸が痛んだ。でも本当のことを話して、父と母を悲しませるよりはよっぽどマシだとも思う。


「今日はありがとうございました」


「礼を言われるほどの事はしていないさ。私で役に立てたのなら幸いだよ」


 両親は先に中に入り、お礼を言う為、五分ほど息子さんをお借りしますとのことで、俺たち2人は今外に居る。


 勿論お礼を言うのは俺の方だけど。


 

「でも、神崎さん本当に話すの上手いですね」


「私は嘘をつくのも仕事のうちだからね。演技しないとお客さんに怒られてしまう」


「接客業って大変なんだなぁ」


「嫌な相手にもニコニコするのは至難の業だぞ。慣れたら気にならなくなるけど、慣れるまでは病む。辞めたくなる。そんなのはしょっちゅうだったよ」


「神崎さんが!?」


 神崎さんほどの人でも仕事を辞めたくなるほど病むことが合ったなんて驚きだ。


「私だって人間だからな。最初は死ぬほど嫌だったよ」


 嫌な事でも生きていくには働かなきゃいけない。

 そう考えると酷いフラれ方をしたけど、そのくらいで死にたいなんて思っていたら社会に出てから生きていけないのかも。


 俺も、神崎さんみたいな大人になりたいな。


「今は仕事。好きですか?」


「嫌いだよ」


 神崎さんは短い返答を、笑顔で言った。


「私はこの仕事から逃れられないから、やるしか無いんだ」


 笑顔のまま続ける。


「なら、俺が、後輩になったら楽しくなりますか?」


「どうだろう。なるかも知れないが、ならないかもしれない」


「うーん。どっちなんですかぁ」


「私は嘘をつくから、その質問への答えは保留にしておこう」


「ええー!」


 神崎さんはショックを受ける俺に背を向けた。



「果てさて、設定上の、年長の女性と、余りにも長い時間一緒に居ると両親も心配する。私は帰るとするよ」


 そう言って歩き出した。

 

「あの、神崎さん」


 名前を呼ぶ。振り向いてはくれないが足を止めてくれた。

 

「また、家に行っても良いですか?」

 

「ふふ、私にはあまり近寄らない方が良い。だから君と私今晩限りの関係。さっきも言ったけど両親が心配するだろう?」

 

 そう言って、またスタスタと歩き出す。

 神崎さんの言った事は正論だ。言い返しようがない。

 両親の前ではまだしばらく元カノと付き合って居ることになっている。

 そんな俺が神崎さんの家に行っていることが父にバレたら、それこそ今日の事が露呈してしまう。


 でも、それでも俺は。


「まだ、ショックから立ち直れなくて」


「さっき元気が出たって言ったばかりだよ」


「空元気です!1人になったらまた泣きます!」

「す、少し静かに」

 

 騒ぐ俺に神崎さんは慌てて、声を落とすように詰め寄った。


「俺、両親に嘘つかなきゃだし、学校にも行かなきゃいけないから!」


「わかった、わかったから静かにして。君の両親が出てきちゃう」


「なら、お願いします……また、俺と会ってくれませ、んぐぅ!」


 誠心誠意頼み込んだところで、神崎さんの手で口を塞がれ、静寂が場を支配する。

 拒絶されるとは思わず、情けない繋ぎ止め方だけどなりふり構ってはいられなかった。


 好きとかじゃないけど、もっと神崎さんの話を、人生観とか色々聞きたい。この人見たいな大人になれるよう近づきたいその一心。


 けれど、これで断られたら一旦引き下がろう。

 充分迷惑だけど、恩人にこれ以上迷惑をかけるのは駄目だ。


「……わかった」


 沈黙を破り、呆れ顔の神崎さんから出た返答は嬉しいものだった。

 安堵して、つい表情筋が緩んでしまう。


「だけど、平日だけ。休日と、水曜日。後夜は何があっても来たらダメだよ。約束できる?」


「むぐむぐ」


 口を塞がれていて喋れないので、コクコクと頷いた。

 多分塞いでもらっていて正解だと思う。感極まって大声で返答しかねなかった。


「ただし、君の心の傷が癒えるまで、約束して」


 コクリと頷く。


「じゃあ、今日は静かに、お互い家に帰ろう。いいね?」


 再度頷いて、ようやく喋れるようになった。

 背を向けて、歩き出した神崎さんの背中に小声で「おやすみなさい」と囁くように言うと、手をヒラヒラして返してくれた。


その姿を俺は、後ろ姿が見えなくまで見送った。

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大事にしていた彼女を男に寝取られ、フラれた俺を慰めてくれたのは、それはそれは美人なおじさんでした。 @yk0707

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