ご都合主義とワカメサラダ

第7話【ご都合主義とワカメサラダ】1


 人と人との縁というのはとても不思議だと思う。

 全てはタイミングで、全ては偶然だった。


 徹夜して海外サッカーのビックマッチを観なければ……。

 熱狂が冷めず、ご機嫌に喫茶店のモーニングに行かなければ……。

 そして、そこにいた女の子の忘れ物に気付かなければ……。


 きっとこの出会いはなかっただろう。

 

「先程はありがとうございました」


 場所は爽やかな朝の日差しが差し込んでいる、人がまだらな商店街。

 そこで俺に頭を下げる女の子――白鳥悠しらとりゆうさん。


 話しを聞く感じ、同じ高校の後輩のようだけど、可愛らしい見た目に反して、その口調と佇まいは、自然とコチラの背筋が伸びるようだった。


「別に何かしたってわけじゃないから、気にしないで」


「いえ、本当に助かりました。このしおり、祖母から貰ったもので……忘れたままだったらヤバかったです」


 そう言いながら白鳥さんはニコっと小さく微笑む。

 一見、良家の娘さんといった感じだが、笑うと年相応といった感じだ。


 まとう雰囲気こそ大人っぽいが、二つにくくっている髪と、同世代と比べて低い身長がその印象を強くしているように思える。


「それは良かったよ」


「はい。助かりました」


 ……うん。気まずい。


 思えば澄凪島すみなぎじまに来てから、汐海しおみ以外の女子とまともに会話した記憶がない。

 俺ってこんなにコミュニケーションが苦手だったっけ?


「えっと、呼び方は……八木先輩で良いですか?」


「あ、ああ。それで良いよ。俺は……白鳥さんって呼べばいいかな?」


「白鳥で良いですよ。同じ学校の先輩なんですし」


「そう? それじゃあ白鳥って呼ばせてもらうね」


「はい!」


「…………」


 そんでもってまた訪れる無言の空間。

 んー、異性との会話って難しい。


「八木先輩はあの喫茶店にはよく行くんですか?」


「え? ああ、今日が初めて……かな」


「道理で。私は結構行くんですけど、初めてお会いしたなって」


「あんなお洒落なところは、何か特別なことでもないと行けないよ」


「そうですか? 居心地良いですし、お値段も良心的ですよ?」


 首をコテンと傾げる白鳥。

 汐海が綺麗系だとすれば、白鳥は可愛い系と言えばいいのだろうか。

 とにかく汐海とは違うタイプの女子で……だからだろうか、どう接すればいいのか分からない。


「俺には敷居が高いよ」


「そんなことないと思いますけど……でも、今日は来たってことは、何か良いことがあったんですか?」


「うん。今日の深夜、いや朝方って言った方がいいな。海外のサッカーがやっててさ。それでテンションが上がったって言うか……とにかく凄くて」


 話している途中で気付いた。

 果たしてこの話を白鳥のような女子にしていいものか……ということを。


 女子相手に一方的に自分の話をする男は嫌われる。

 なんていうのは有名な話だ。


 特に白鳥みたいな女子はサッカーなんて興味無さそうだし……。

 

 俺はチラリと白鳥を見る。

 つまらなそうな表情をしていたらアウト。

 しかし、俺の心配を他所に白鳥の反応は意外なものだった。

 

「先輩も見てたんですか!? 凄かったですよね!」


「ほぇ?」


 嬉しそうにピョンピョンと跳ねる白鳥。

 変な声が出た。

 まさか同じ試合を見てたのか?


「なるほど、確かにあの試合を見た後だと寝れないですよね!」


「お、おう」


「……? どうしたんですか?」


 心底不思議そうな表情。

 いや、それは俺が出すべき表情だろう。


「白鳥が夜中の……それも海外のサッカーを見てたのが意外で……」


「ああ、それで。私、弟がいるんですけど、弟がサッカー好きなんですよ。それで一緒に見るようになって気付けば……弟よりもサッカーが好きになってました」


 顔を俯かせ、恥ずかしそうにそう言う。


 確かにそれなら納得。

 勧められた人が勧めた人よりも入り込んでしまうのはよくある話だ。


「先輩はサッカー、やってるんですか?」


「ああ、うん。とは言っても中学で辞めちゃったけどね」


「残念。もし先輩が今でもサッカーやってたら応援とか行けたのに……」


 肩を落とし、しょぼくれ顔の白鳥。

 それがなんと言うか……可愛い。

 素直にそう思った。


 言ってることもそうだけど、なんというか空気が……女の子と話してるって感じがしたのだ。


「弟の試合は応援とか行くの?」


「はい! でも、最近はあんまりですね。小学生の試合ですし、迫力が物足りないと言うか……何より弟が来て欲しくないみたいで、行くと嫌な顔されます」


「嫌な顔? 家族には見られたくない的な?」


 俺が小学生の頃は既に親がいなかったから分からないけど、小学生の男の子だと反抗期だろうか。

 頑張ってるところとか見られたくなかったのかな?

 

「…………指示をされるのが嫌みたいで」


「指示?」


「実は私、試合で気になったところとか、ハーフタイム中に修正したくなっちゃう悪癖があるんですよ。プレスが甘いだの、もう少し幅を取れだの……子供相手に何言ってるんだって感じですよね」


 ……違った。

 こればっかりは白鳥が原因だ。

 年頃の小学生に身内である姉が出しゃばってくる。


 普通の男の子なら、嫌がるのも当然だろう。


 というか、これは……俺の想像以上に白鳥のサッカー愛は強いっぽいな。

 俺はサッカーを辞めた身だし、試合観戦だって趣味程度のものだ。


 でも、白鳥の場合は……ガチ。

 本格的な戦略とか語り出すかもしれない。


「本当にサッカーが好きなんだな」


「はい! 最初はゴールでワーって盛り上がる程度だったんですけど、見ていくうちにその過程に魅了されて、気付けば動画とか本を読み漁るようになってました」


 そう言った白鳥は鞄から一冊の本を取り出して俺に見せてくる。


【キーパーから繋ぐ効率の良いビルドアップ】


 うん。弟は正しい。

 というか、監督もやりづらいだろうなぁ……。


 それにしても意外の一言だ。


 まさか白鳥みたいな文学少女っぽい雰囲気を持っている女の子が大のサッカー好きだったなんて。

 話してみないと分からないものだ。


「先輩はこの後、予定とかありますか?」


「ん? 別に。帰って寝るだけかな。徹夜しちゃってるし」


「寝るだけ……ですか。ちなみに残り体力は?」


「残り体力? まぁ、そこそこって感じ……だけど」


「そうですか! それなら、オススメのお店があるんですけど……一緒に行きませんか?」


 恥ずかしそうに顔を俯かせる白鳥。

 何というか……青春を感じられるような会話だ。


 もしも、白鳥のことを何も知らない状況ならドキドキしていただろう。


 しかし、俺は知っている。


 俯いた顔に隠されている獲物を見つけてキラキラと輝いている目があることを。

 そして、これは青春なんかではなく同志を見つけて、もっと話したい。

 という思惑があることを……。


「……別に良いけど」


 まぁ、チキンな俺は雰囲気に呑まれて断ることができないんだけどね。

 後輩女子の期待を孕んだ雰囲気の前では無力だ。


「やった!」


 それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべる白鳥。


 この後の展開は容易に想像できる。

 まずは今日の試合の話、次にどこのチームが好きなのか、そして好きな選手は誰だという話に続いて、最後はどんなスタイルのサッカーが好きなのか……と言ったところだろう。


 可愛いんだけどなぁ……。

 まさか中身がサッカー大好き少女だったとは。


 しかし不思議なものだ。

 こんなに可愛い後輩と話しているのに一切心が動かない。


 見た目も申し分なくて、共通の趣味もある女の子。

 多分だけど気も合うだろう。


 ……でも、違う。

 違うんだよな。


 本当に分からない。

 人を好きになるって……どういうことなんだろう。


 俺は白鳥の隣を歩きながら、漠然とそんなことを考えるのだった。

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