第4話【澄凪の人魚姫】4


 季節は春。

 桜は少し前に枯れてしまったが、どうやら暖かくなるのはもう少し先のようで、制服だけでは少し肌寒く、制服プラス一枚着込むのが丁度良い四月のある日のこと。


 俺は目の前を歩く汐海を視界に捉えながら学校へ向かっていた。


「本当に圭介は鞠奈が好きだねぇ。そんなに見てて飽きないの?」


「はぁ? 飽きるわけねーだろ」


 一体陸斗は何を言ってるんだ。

 飽きる? そんなのあるわけがない。


 制服にパーカー。俺好みの服装をあの汐海がしてるんだぞ?

 できることなら写真を撮って永久保存したいくらいだ。 


「あんまり見てると不審者がいるって通報されるよ?」


「大丈夫。たとえ警察が来ても、まだ盗撮はしてないから証拠がない」


「まだ……ね。本当に気を付けてね。流石に友達が警察沙汰になるなんてごめんだよ」


 なんて会話をしながら学校へ続く道を歩く。


 俺の住む学生寮からは徒歩十五分ほどの距離。

 陸斗と合流……もとい同じ地区に住んでいる汐海と接触する機会を伺うために少し遠回りして合計三十分の道のりだ。


「次はいつ告白するつもりなの?」


 ふと、そんなことを聞いてくる陸斗。

 俺と汐海の関係を面白がっているのは誰の目から見ても明らかだった。


 でも……告白かぁ。

 

「告白……告白ねぇ……」


「あれ? 何か心境の変化が?」


「んなわけねーだろ。変わらず大好きだ! 大好きだけど……」


 脳裏に浮かぶのは、好きという言葉は安易に言うべきじゃないという汐海の言葉。

 そして、澄凪の星浮かしの時に見た汐海の真剣な表情だった。


 あの雰囲気、そして表情を見てしまったら、そう簡単に行動することなんてできない。


「好きって言い過ぎるのは良くないかなって。それに……陸斗、お前って澄凪の星浮かしの話……知ってる?」


「星浮かしの話? 織姫と彦星の?」


「そっちじゃなくて……」


「ああ、汐海家の人が失踪したやってやつかな」


 そう言った陸斗は何故か興味深そうに俺を見る。

 急になんだ? もしかして聞いちゃいけない話だったか?


「そう。もしかしてこの島のタブー的なやつだったり……する?」


「いや、そうじゃないんだけど、鞠奈から聞いたの?」


「そうだけど……お前、ちょっと怖いぞ」


 ニヤリとした笑みを浮かべている陸斗に恐怖を覚える。

 いつもと雰囲気が違うし、なにより目が笑ってない。


「ごめん、ごめん。でも鞠奈がね……。もしかして星浮かしの日に会った時に?」


「ああ、うん。それで……なんで汐海が一度きりの恋愛にこだわっているのかを聞いたんだけど……」


「なるほど。まぁ、汐海の家は”先祖代々、一度きりの恋愛で結婚してる”からね。圭介が告白を重く考えちゃう気持ちは分かるよ」


「……ん?」


 なんだか知らない爆弾発言があった気がする。


 センゾダイダイ? およよ? 先祖代々、一度きりの恋愛で結婚してる?

 そんな話は……知らない。


「え!? どうしたの!? 大丈夫?」


「いや、少し立ち眩みが……。そっか、先祖代々。そうなんだなぁ~」


 あまりの重大な事実に倒れそうになった。

 

「もしかして、そこまで聞いてなかった?」


「俺が聞いたのは、先祖に失踪した人がいるってことと、それが発端で一度の恋愛で結婚する人が増えたってことだけだな」


「そっか。まぁ、これは僕の口から言っていいのか迷うけど……汐海の家は伝統的に一度しか恋しない一族なんだよ」


 ああ、また立ち眩みが。

 まさか汐海個人の話ではなく、家の伝統でそうだったとは思いもしなかった。


「なんで教えてくれないんだよ」


「それは……教えない方が面白そうだし、それに僕がそれを教えたところで、圭介は行動を変えたかな?」


「……多分変えてないと思う」


「だよね。だから僕が言おうが言うまいが関係無かったんじゃない? 鞠奈が一度しか恋しないっていうのは変わらないんだし」


「それは……確かにそうだ」


 こればっかりは陸斗の言う通りだ。

 俺は以前から汐海が一度しか恋愛をしないというのは知っていた。


 それが個人の問題から家の伝統? に変わっただけで、そこにある事実は変わっていない。


「でも、どうして汐海は先祖のことを教えてくれたんだろうな。今までそんな話したこと無かったけど」


「いい加減しつこいって思ったんじゃない?」


「……しつこい?」


「うん。告白されるのは五回目だよ? さっさと付き合わない理由を言って諦めて欲しかったんじゃないかな」


 ……なんだかそれが理由な気がしてきた。

 ああ、本格的に体調が悪くなってきたぞ。


 でも……そうだよなぁ。

 一番ありえそうだ。


「はぁ……俺のこと、好きになってくれねぇーかな。この際、勘違いでも、催眠術でもなんでもなんでもいいからさ」


「なりふり構わずって感じだ」


「そりゃね。俺、汐海のこと好きだし」


 汐海にとって俺は運命の人では無いかもしれない。

 そして悲しいことだけど、理想の相手ということもないだろう。


 もしそうなら既に両想いになっているだろうし、冷たくあしらわれることも、一年で五度もフられることも無いと思うから。


 でも……だからと言って諦めるつもりもなければ、諦める方法を俺は知らない。

 俺の気持ちは変わらないし、運命なんてものより強い気持ちがそこにはある……と思う。


 ようは気持ちの持ちようだ。


 俺は前を歩く汐海を見る。

 そしてこう思うのだった。


 あ゛ぁぁぁ、やっぱり好きだぁぁぁ!

 ――と。

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